黒川検事長の賭け麻雀 3つの問題点
渦中の人、黒川弘務東京高検検事長の賭け麻雀疑惑という衝撃ニュースが報じられました。
文春オンライン:黒川弘務東京高検検事長 ステイホーム週間中に記者宅で“3密”「接待賭けマージャン」
週刊文春(5月28日号)によると、黒川検事長は、5月1日夜、知り合いの新聞記者3名とそのうちの1名の自宅マンションで6時間半にわたって「賭け麻雀」を行い、記者が用意したハイヤーで帰宅し、13日にも同じ行動が繰り返されたということです。
検察官の定年延長を規定する検察庁法改正法案が審議され、しかも東京都はいわゆる三密を避け不要不急の行動を自粛するように要請している中での行動だけに、国民の厳しい目が向けられています。
直近のニュースでは、黒川検事長は、21日夕刻に安倍首相に対して辞表を提出し(22日の閣議で承認予定)、〈訓告処分〉を受けたとのことです。
毎日新聞:黒川検事長が首相に辞表提出 訓告処分、賭けマージャン問題
さて、この事件の政治的影響はともかく、以下では、法的観点から黒川検事長の行動をどのように判断すべきなのかについて確認しておきたいと思います。というのも、黒川検事長については、次の3点について議論すべき問題があるからです。
- 相手が接待麻雀でワザと負けるつもりであったならば、それは〈賭け〉ではなく、そもそも(常習)賭博罪が成立するのか。
- 黒川検事長の定年延長については、そもそも法的に根拠がなく無効であるという意見が強く、そうであるならば黒川検事長の〈公務員〉としての地位も否定されるのではないか、その結果、彼は民間人だから収賄罪は成立しないのではないか。
- 訓告処分は国家公務員法上の懲戒処分ではなく、文書や口頭による(将来を戒めるための)注意であり、懲戒処分である〈戒告〉よりもさらに軽い処分であるが、これは妥当なのか。
以下、順番に見ていきます。
■賭け麻雀と賭博罪について
賭博とは、偶然の事情によって財物の得喪を争うことです。偶然とは、当事者においてその結果を確実に予想できないとか、自由に結果を支配できないような状態をいいます。
(注)賭博罪の基本的な内容については、拙稿「賭博罪についての簡単な注釈 ー勝手な思い込みは大ケガのもとー」を参照してください。
黒川検事長についても、普通に賭け麻雀をしたならば、偶然によって財物の得喪を争ったといえ、賭博罪(刑法185条、最高で50万円の罰金)が成立します。ただし、刑法185条は、「一時の娯楽に供する物を賭けたにとどまるときは」処罰しないとしています。「一時の娯楽に供する物」とは、価格が低く、その場ですぐに消費されるようなもの、たとえば簡単な食事とか飲み物といったようなものです。金銭については、これに当たらないとする見解もありますが、その場の食事代やコーヒー代のようにそれほど多額ではない場合には、これに当たると思われます。
黒川検事長の場合は、報道によると何万というお金がやり取りされているようですし、事実ならば賭博の成立を否定することは難しいでしょう。また、賭けた金額や賭博行為が反復して行われているような場合には、より重い常習賭博罪(刑法186条、最高で3年の懲役刑)が成立します。
ところで、麻雀はもちろんのこと、囲碁や将棋などのように、当事者の力量、能力の差が大きく、それが結果に大きな影響を及ぼす場合は、偶然を賭したとはいえません(いわゆる賭け碁については、拙稿「賭け碁のこと」を参照のこと)。
そして、一方が他方を故意に勝たせるような接待麻雀の場合には、勝敗について偶然性のない者が存在していますので、「賭博をした」とはいえないことになり、もしも黒川検事長の相手方がワザと負けて、黒川検事長にお金を渡していたとすれば、それは賭博ではなく、相手から供応接待を受けたということで、次の収賄罪が問題になってきます。
■贈収賄の可能性
収賄罪(刑法197条)とは、公務員がその職務に関して賄賂を受け取る犯罪です(送った側は贈賄罪)。単純な収賄ならば5年以下の懲役ですが、賄賂を受け取る際に具体的な依頼(請託)があれば、7年以下の懲役と重くなります。
(注)賄賂罪の全体像については、拙稿「10分で分かる賄賂(わいろ)罪」を参照してください。
黒川検事長の場合、賭け麻雀が賭博として成立しないかどうかは微妙ですが、報道によると、少なくとも麻雀の際のハイヤー代金は記者側が会社のチケットで支払っているということです。これが年間にして100万円ほどになるということですから、これは明らかに金額の点からは問題となる便宜供与だといえます(相手方は贈賄罪)。
また、賄賂は公務員の職務に対する〈対価〉であることが必要ですが、黒川検事長の場合は、記者の取材に便宜をはかるとか、捜査情報を提供するなどの見返りであった可能性がありますので、もしもそうならば賄賂性も否定できないことになります。
ただ、問題は、黒川検事長の公務員としての地位に問題があることです。
ご承知のように、本来ならば本年2月上旬で黒川検事長は検察官を定年退官していたところ、無理な法解釈で定年が半年延ばされています。これについては、法解釈として無理だという意見も強く、延長そのものが無効である可能性もあります。
(注)黒川検事長の定年延長問題については、拙稿「検事長定年延長問題は、なぜこんなにも紛糾しているのか」を参照してください。
そして、もしも定年延長が無効ならば、黒川検事長は現在は「公務員」ではなく「民間人」だということになり、収賄罪の前提そのものが否定されることになってきます。
たとえば、議員として選挙されたが、後に訴訟で当該選挙が無効とされた場合に、それ以前の職務に関してその者が賄賂を受け取っていたような場合にも同じ問題が生じます。
つまり、一般化していいますと、公務員の任命や選任がその手続において違法であって、その選任行為が後から法律上無効とされるとき、その者に収賄罪が成立するかという問題です(「取消し」ならば将来に向かって効力を失いますが、「無効」の場合は、当初にさかのぼってなかったことになります)。
この問題については、昭和31年10月23日の仙台高等裁判所の判決が参考になります。これは任用手続きに問題があった村役場臨時雇いに収賄罪が成立するかが問題になった事案で、仙台高裁は、〈たまたま任用手続きに法令違反があり無効であっても、外部から見てだれも被告人が公務員であることに疑いをもたないような場合は、その任用に無効の措置が取られるまでは、国民の公務に対する信頼は保護される〉として、有罪としました。妥当だと思います。
黒川検事長の場合も、現在まで〈東京高検検事長〉としての職務を事実上行っていたわけですから、将来訴訟が起こされ定年延長が無効とされるかどうかにかかわらず、収賄罪における「公務員」と考えるべきであり、もしも賄賂を受け取っていたならば収賄罪が成立すると思います。
■訓告という処分は軽すぎないか
私の手元に、東京高等検察庁非違行為防止対策地域委員会が作成した『品位と誇りを胸に(三訂版)』(平成25年9月)という小冊子があります。これは、人事院の「懲戒処分の指針について」をさらに具体化したもので、東京高検が東京高検や管内の職員に対して、職業倫理に反する行為や違法行為の防止のために作成し配布したものです。具体的には、収賄などの汚職、麻雀等の常習賭博が、国家公務員の信用失墜行為(国公法99条)の典型例として説明されています。
そして、制裁としては、国公法82条1項による〈懲戒処分〉と法務大臣訓令により上級職員が行う〈監督上の措置〉の2種類が予定されています。懲戒処分には、〈免職〉〈停職〉〈減給〉〈戒告〉があり、監督上の措置には、〈訓告〉〈厳重注意〉〈注意〉があります。懲戒処分の場合、免職ならば退職金は支給されませんし、年金額が減額されることもありますが、監督上の措置ならば、昇格や昇給、勤勉手当などで不利益が生じるにとどまります。そして、上記人事院の指針によれば、常習賭博ならば最高で〈停職〉が、また収賄ならば、最高で〈免職〉の処分が可能です。
黒川検事長の場合、賭け麻雀で得た金額やその際に提供を受けたハイヤーの利用代金が多額であること、また、1回や2回のことではなく、かなりの回数に及んでいることなどから、今回指摘されている行動はかなり悪質だといえます。そしてなによりも、東京高検検事長という検察官としての立場を考えると、〈訓告〉という処分はいくらなんでも軽すぎる処分ではないかと思われます(これがもしも私ならば問題なく懲戒解雇になっているでしょう)。
もちろん、任命権者である内閣の責任には少々のことでは消すことができない大きなものがありますし、現職の検察高官が犯罪を犯した疑いがあるわけですから、厳正かつ真摯に捜査を尽くして事実を明らかにし、刑事処分を検討してほしいと国民は願っているでしょうが、それは上の処分とは別に当然のことです。(了)
【参考】