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10分で分かる賄賂(わいろ)罪

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
(写真:アフロ)

はじめに

すでに別の記事で述べましたように、今の刑法ができた明治40年当時の賄賂罪は、実に単純なもので、(1)単に賄賂を要求したり、受け取ったりする単純収賄罪と、(2)その結果、不当な職務行為があった場合の枉法(おうほう)収賄罪を規制する刑法197条、それに(3)賄賂を贈る贈賄行為を処罰する刑法198条だけでした。その後、昭和16年と昭和33年に大きな改正があり、現在では、賄賂罪はかなり複雑な様相を呈していますので、分かりやすく解説したいと思います。

なお、賄賂とは、〈公務員の職務行為に対する対価〉としての不正な利益のことです。ふつうは金銭ですが、それに限らず、およそ人の欲望を満たすものが賄賂となります。債務の肩代わり、金銭の貸付、酒食の接待、就職のあっせん、試験の採点、性的サービスなども賄賂になります。

1.賄賂罪の基本型〈単純収賄罪〉

賄賂罪の基本型は、単純収賄(しゅうわい)罪(刑法197条1項前段)です。公務員が、その職務に関して賄賂を収受・要求・約束する罪です(法定刑は5年以下の懲役)。

単純収賄罪の特徴は2点です。

第1は、公務員の職務に関して金品などを渡したり、申し込みをしたり、あるいは贈る約束をしても、その公務員の職務に関係するものでなければ収賄にはなりません。つまり、その金品などが具体的に不正な職務の見返りとしての性質(対価性)をもっていなければなりません。たとえば、(倫理的な問題は別ですが)公立病院の小児科医が、勤務時間外に入院中の子どもの勉強を見れくれたので、そのお礼をしたという場合には賄賂性はないでしょう。なお、「中元」「歳暮」という社交儀礼に名をかりた贈り物であっても、公務員等の職務行為に対する「対価」としての意味を持つときは賄賂となります。

第2に、単純収賄罪においては、公務員に対して一定の職務行為を依頼すること(請託[せいたく])も、実際に不正行為がなされたことも必要ではありません。これらがなされると加重されます。

2.請託を受けて賄賂を受け取る〈受託収賄罪〉

単純収賄が請託を前提に行われる場合は、受託収賄(じゅたくしゅうわい)罪(刑法197条1項後段)として重く処罰されます(法定刑は7年以下の懲役)。これは、請託があることによって、具体的な職務行為との対価性が明確になり、国民の信頼をいっそう強く裏切ることになるからです。

「請託」とは、公務員がその職務に関する具体的な事項に関する依頼のことですが、それが不正な行為の依頼であっても、正当な職務行為の依頼であってもかまいません。

【例】国立大学の教授が、試験の採点に手心を加えてもらう趣旨で受講生が渡した現金を受け取ったといったような場合

3.単純収賄罪を時間的要素で修正した類型

単純収賄罪に時間的要素を加えて修正された類型として、(1)事前収賄罪と(2)事後収賄罪があります。

(1) 事前収賄罪(刑法197条2項)

公務員になろうとする者(たとえば議員の候補者)が、将来担当することになる職務に関して、請託を受けて賄賂を収受・要求・約束する犯罪です(法定刑は5年以下の懲役)。実際に公務員になった場合に処罰されます。

請託によって将来の職務との対価性が明らかになりますので、まだ公務員になっていない段階での賄賂の収受等について、事後に公務員となったことを条件に処罰されるのです。

【例】市長選挙に立候補した者が、当選すれば自分を市役所の職員に採用してほしいとの後援者の依頼を受けて承諾し、その謝礼として現金を受け取り、選挙に当選したような場合

(2) 事後収賄罪(刑法197条の3第3項)

公務員であった者が、その在職中に請託を受けて、職務上不正の行為をしたこと、または正しい行為をしなかったことに関し、退職してから賄賂を収受・要求・約束することによって成立する犯罪です。在職中に「請託を受けること」と「職務違反行為をしたこと」が要件です。

【例】公立病院の医師が、患者から会社に提出する診断書に虚偽の事項を書くように依頼されて虚偽の診断書を書き、その病院を退職後に虚偽診断書作成の謝礼として現金を受け取ったような場合

4.間接的に賄賂を受け取る類型〈第三者供賄罪〉

不正を行った公務員みずからが賄賂を受け取るのがふつうですが、賄賂の動きに着目して、第三者を介して間接的に賄賂を受け取る場合を処罰するのが第三者供賄(きょうわい)罪(刑法197条の2)です。

公務員が、その職務に関し、請託を受けて、第三者に賄賂を供与させ、またはその供与の要求もしくは約束をしたときに成立します。第三者が受け取りを拒否した場合は、供与の「約束」に当たります。

【例】A町の町長が、地元の有力者Bが職員の採用試験で自分の息子を優遇してくれれば町の福祉事業に多額の寄付をするとの申し出を受け、試験で不正を行い、A町が寄付を受け取ったような場合(この場合、町長個人は利益を受けていませんが、裁判所は本罪の成立を認めています)

5.不正行為が実際にあった場合の加重類型〈加重収賄罪〉

単純収賄、受託収賄、事前収賄、第三者供賄の行為があり、さらに実際に不正行為がなされた場合には、刑がたいへん重くなります。法定刑は、1年以上20年以下の懲役です。これが加重収賄罪です(以前は枉法収賄罪と呼ばれていました)。

公務員が賄賂を受け取るだけでも重い犯罪なのに、さらに不正行為が実際に行われたという点で、公務の公正さに対する国民の信頼が決定的に傷つくということが加重の根拠です。

加重収賄罪は、賄賂の収受等の時点によって2つに分類されます。

第1は、賄賂を収受等した後に不正行為を行った場合で、公務員が、単純収賄罪・受託収賄罪・事前収賄罪・第三者供賄罪を犯して不正の行為をし、または正しい行為をしなかったときに成立します(刑法197条の3第1項)。

【例】国立大学の教授に試験の採点に手心を加えてもらう趣旨で現金を渡し、教授が不合格答案に合格点をつけたような場合

第2は、不正行為を行った後に賄賂を収受等した場合で、公務員がその職務上不正な行為をしたことまたは正しい行為をしなかったことに関し、賄賂を収受・要求・約束をし、または第三者に賄賂を供与・供与の要求・供与の約束をしたときに成立します(刑法197条の3第2項)。

【例】国立大学の教授が、試験のできが悪かったゼミ生の答案に合格点を付けて、「私のおかげで卒業できたんだ」と後からそのゼミ生の親に現金を要求したような場合

6.あっせん型の賄賂罪〈あっせん収賄罪〉+〈あっせん利得罪〉

公務員が職務行為の対価として賄賂を収受等するのが通常の収賄罪ですが、公務員が業者などからの請託を受けて、他の権限ある公務員に働きかけて不正な行為をあっせん(口利き)することの対価として賄賂を収受したりする場合が、あっせん収賄罪(刑法197条の4)です。

【例】警察官Xが、違法な風俗営業を営むAの依頼に応じて、Aの店を管轄する別の警察署の友人である警察官Yに対して、Aの店の摘発を見逃すようにあっせんし、その報酬としてAから現金を受け取ったような場合

なお、政治家が公務員に対して不当な口利きを行い報酬を得た場合には、刑法以外の特別法であるあっせん利得処罰法における〈あっせん利得罪〉が成立します。あっせん利得は、国会議員、地方議会の議員、地方自治体の首長のほか国会議員の秘書が、公共工事の入札や物品の購入の場合など官が締結する契約に関して、または補助金の交付決定や許可など特定のものに対する行政庁の処分に関して、請託を受けて、政治家の権限に基づく影響力を行使して公務員の職務上の行為をさせるように、またはさせないようにあっせんすること、またはしたことについて、その報酬として財産上の利益を受ける行為を処罰するもので、法定刑は3年以下の懲役となっています。

あっせん利得罪については、拙稿の次の記事を参照してください。

亡国の犯罪 ―甘利疑惑で問題の〈あっせん利得罪〉とはどのような犯罪なのか―

7.賄賂を贈る側の処罰〈贈賄罪〉

以上は賄賂を受け取る側の処罰ですが、もちろん贈る側も処罰されます。これを贈賄(ぞうわい)といいます(刑法198条)。法定刑は、3年以下の懲役または250万円以下の罰金です。(了)

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ーーー賄賂罪に関する刑法の規定ーーー

第197条(収賄、受託収賄及び事前収賄)

公務員が、その職務に関し、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、5年以下の懲役に処する。この場合において、請託を受けたときは、7年以下の懲役に処する。

2 公務員になろうとする者が、その担当すべき職務に関し、請託を受けて、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、公務員となった場合において、5年以下の懲役に処する。

第197条の2(第三者供賄)

公務員が、その職務に関し、請託を受けて、第三者に賄賂を供与させ、又はその供与の要求若しくは約束をしたときは、5年以下の懲役に処する。

第197条の3(加重収賄及び事後収賄)

公務員が前2条の罪を犯し、よって不正な行為をし、又は相当の行為をしなかったときは、1年以上の有期懲役(注:20年以下)に処する。

2 公務員が、その職務上不正な行為をしたこと又は相当の行為をしなかったことに関し、賄賂を収受し、若しくはその要求若しくは約束をし、又は第三者にこれを供与させ、若しくはその供与の要求若しくは約束をしたときも、前項と同様とする。

3 公務員であった者が、その在職中に請託を受けて職務上不正な行為をしたこと又は相当の行為をしなかったことに関し、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、5年以下の懲役に処する。

第197条の4(あっせん収賄)

公務員が請託を受け、他の公務員に職務上不正な行為をさせるように、又は相当の行為をさせないようにあっせんをすること又はしたことの報酬として、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、5年以下の懲役に処する。

第197条の5(没収及び追徴)

犯人又は情を知った第三者が収受した賄賂は、没収する。その全部又は一部を没収することができないときは、その価額を追徴する。

第198条(贈賄)

第197条から第197条の4までに規定する賄賂を供与し、又はその申込み若しくは約束をした者は、3年以下の懲役又は250万円以下の罰金に処する。

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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