物価高に実質賃金下落で生活が苦しい! 本当はストライキなど「闘ってもいい」根拠と手順を紹介
コロナ禍中から明けにかけて世界中でインフレ傾向が強まり、物価高に苦しんでいます。他方で実質賃金は減少。本当は会社が物価上昇分ぐらい給料を上げてくれれば助かるも、得てして渋るのが経営者の習い。そこで「勤労者」(主に企業・団体で雇われている者)の権利として組合を結成して交渉できるよう憲法および法律で保障されているのです。
最近の出来事としては全米自動車労働組合がストライキを断行して25%の賃上げを勝ち取ったほか、イギリスでも鉄道から郵便、運転手、医療職さらには教員などが連帯してスト突入。全国レベルのデモからストへ発展していくのが国柄ですらあるフランスも変わらず盛んに行われています。
ひるがえって「失われた30年」の停滞を経験した日本の労働運動もまた「失われた30年」でした。しかし今年は百貨店大手「そごう・西武」がストへ踏み切るなど変化のきざしも。
そこで今回は不当と感じた賃金など労働条件改善のための闘い方や「闘ってもいい」根拠などを順に示していきます。
労働基準法と最低賃金法違反はズバリ違法で労働基準監督署へ通報
いわゆる「労働3法」のうち労働基準法は雇用する側が絶対に守らなければいけない最低限のルールを定めていて「労働時間は原則1日8時間、週40時間以内」「残業などの賃金割増」「給与の支払い」などです。また最低賃金法は「それ以下で働かせてはならない」金額が定められているものです。
これらが守られていなければ話し合いも何もありません。ズバリ違法で経営者が刑事訴追される可能性すらあります。
おかしいと思ったら給与明細やタイムカードなどの記録といった証拠をそろえた上で労働基準監督署へ通報するといいでしょう。署には守秘義務があるので身バレはしません。状況に応じて会社への立ち入り調査や指導、「こうしなさい」という勧告を出し、なお従わなければ逮捕権も行使できます。
2人以上から作れるし個人単位で入れる組合もある
違法とまでいえなくても労働条件の維持(クビにされないなど)や改善、賃上げ要求などを合法的に行うのに適しているのが労働組合です。
勤め先に既に存在すればいいのですけど、ないケースも非常に多い。その際には作れます(団結権)。労働者2人以上から可能で会社が異なっても構わないし正規・非正規も問わないのです。
規約など書類を作成しなければならないとはいえ今はネット上から簡単にテンプレートが拾えるし、日本労働組合総連合会(連合)の地方組織に相談すれば手助けしてくれます。地方組織は「連合○○」(「○○」に身寄りの都道府県名を入れる)で容易に検索可能です。連合自身が設けている窓口電話(0120-154-052)を利用する手もあります。
組合なぞ作ったら会社ににらまれるというのも考えすぎ。まあにらむぐらいはされても不利な扱いやクビなどの行為はむしろ避けられるでしょう。不当労働行為に該当するので。
自身で創設する負担が重い方は個人単位で入れる組合へ加入するのがお勧めです。「○○ユニオン」とか合同労組などと一般的に名乗っています。
最も効果的なのが「団体交渉」を可能にする点
労働組合に入ったり作ったりして最も効果的なのが「団体交渉」を可能にする点。例えば「給料を上げろ」という要求を組合(=団体)として申し入れたら経営側は拒否も無視もできません。
組合側は代表者または「委任を受けた者」が、経営側は賃金への決定権のある者が出席します。代表取締役であれば文句なしですが、権限を持っていれば他でも構いません。交渉中「私には決めかねます。社長に聞かないと……」では文字通り話にならないから。
人数・人選・日時などはお互いに話し合って決めるのが通例です。
1回で折り合えなかったら2度3度と繰り返します。使用者側がゼロ回答するのは許されても「ダメなものはダメ」はダメで説得力のある根拠を付して誠実に対応しなければなりません。
なかなか進捗せずに行き詰まった場合は労使いずれかから都道府県労働委員会へ「あっせん」を申請できる仕組みです。労働委員会は組合推薦の労働者委員、使用者推薦の使用者委員および労働者委員と使用者委員の2者が同意して任命される公益委員の3者で構成されます。この辺で歩み寄れれば解決です。
ストに至る過程と手順
なおも決裂したら、いよいよ団体行動権を行使すべきか否かの段階に至ります。その代表がストライキで「働かない」という手段を武器に使用者へ譲歩を迫るのです。
ストを打つ際の関係法が労働関係調整法で争議が起きても労働委員会が調整を続けて解決させようとします。「あっせん」以外にも調停・仲裁など。すなわちストに突入しても団体交渉もまた並行して進め、労働委員会が介在するのです。
言い換えるとストは団体交渉で話し合ったテーマの行き詰まりを打破する最終手段で、その過程を踏んでいなかったり、別のテーマで発したりはできません。手順を踏まずに「ストだ!」と会社に行かなかったら単なる無断欠勤となります。あくまでも組合の判断です。
いよいよ「やるか、やらないか」の判断を労働組合が決める時に踏む手はずが「スト権確立」。原則として組合員が、直接無記名投票の過半数を得て「やる」との決議をします。
「大企業男性正社員による企業別組合」が勝手に労働者代表を振る舞う現状
「失われた30年」でストが激減した要因の1つは日本の組合の多くが「大企業男性正社員による企業別組合」であったところに求められそうです。会社の売り上げが伸びて快進撃していた頃は企業別でも案外気楽に賃上げ要求できたのを低成長が続いて会社の浮沈に関わるや終身雇用の正社員にとって雇用そのものや年功序列賃金の維持の方が相対的に重要となって闘わなくなっていったのです。
また企業別組合だと労使といえども「同じ釜の飯を食った仲間」には違いなく、同じ産業の他の組合は同時にライバルで「自社さえ無事ならばいい」という発想になりがちでした。その集合体が「連合」。雇用者比率で3割に過ぎない大企業が勝手に労働者代表のように振る舞っている現状を苦々しく思っている残り7割が取り残されてきたのです。
たった1人のパート女性が勝ち取った賃上げ
ただ状況は変化してきました。この30年で最大の変化が非正規雇用の増加で現在約4割を占めています。女性の社会進出も進み「大企業男性正社員の企業別組合」の思惑と大きなずれを生じているのです。
正規(正社員)と非正規の違いは雇用期間の定めがあるかないか。定年まで「ない」のが正規で「ある」のが非正規。正社員中心組合には心配ない「雇止め」や年功序列賃金でないため低い賃金でずっと同じという状態が生じ、既存の企業別組合はおおむね冷淡でした。
今年、大きなニュースとなった靴小売り大手「ABCマート」のパート女性の賃上げは新たな局面の先駆けかもしれません。きっかけは1000円強の時給が20円減らされると聞いて憤ったところから。企業別組合もなかったため上記のユニオンに1人で加入。ユニオン側は賃下げの撤回はいうまでもなく10%の賃上げ要求を女性へ提案したのです。交渉で賃下げは取り消されるも上げる方はNO。
ついに女性はたった1人のストライキを敢行します。といっても15分の早帰りという穏当な手段です。すると並行して行っていた2度目の団体交渉で使用者側が5%と回答するも納得せず。2回目のストを予告した前日の団体交渉で+1%(計6%)の妥結案を示されたのです。女性は受け入れてまとまりました。
最大の利点はSNSなどで公然と社会に理不尽さを訴えられる点
労働者がストを打つ最大の利点は、密室の団体交渉と違って公然と社会に理不尽さを訴えられる点でしょう。先のケースではユニオンが積極的にSNSを駆使して女性の訴えを広めました。
ネット社会での影響力は侮りがたく、「たった1人の15分スト」で企業イメージを大きく損なう恐れもあって、それが賃上げとして結実した可能性大です。アメリカ公民権運動の大きなきっかけとなったローザ・パークスのバス・ボイコット事件を彷彿とさせます。
連合は味方ではあっても闘いとなると頼りない。一応、来年の春季労使交渉(春闘)で5%以上の賃上げ目標を掲げたとはいえ、他方で芳野友子会長が官邸を訪れて岸田文雄首相と面会し、ともに賃上げを目指す認識も共有したとか。労使で決めるのが原則の賃金なのに政府頼りです。
生活苦に思想の左右は関係ない
賃上げ要求は昨今の物価高では当然だし、死活問題ですらあります。「正当な金額をよこせ。生活が苦しいぞ」との訴えに思想の左右は関係ない。日本最大の産業別単位組合であるUAゼンセンは保守的とみなされがちながら中小企業や非正規も積極的に取り込んでいてストを実行した「そごう・西武」は傘下。
定期大会で本体が消極的であったとの批判を受けて松浦昭彦会長が釈明したと報道されました。合わせて今後は「(ストライキなども)視野に入れて闘い方を検討する」と発言。UAゼンセンは連合の最大組織でもあるため今後の動向が注目されます。