「斎藤元彦知事」で図らずも脚光を浴びた都道府県知事の権限と限界を改めて検証
出直し知事選で勝利したと思ったら今度は公職選挙法違反疑惑で注目を浴びる斎藤元彦兵庫県知事。選挙運動中に「調べてみたら素晴らしい知事だった」「実行力があった」などと1期目の実績を評価する声が主にネット上にあふれました。失職まで批判的だった「オールドメディア」が敗北したとかネット時代の幕開けとかの議論が巻き起こるなか、さて肝心の斎藤県政の実績がどうであったかの検証がさほど進んでいないように感じます。
そこで一連の騒動から図らずも脚光を浴びた「知事」の役割を改めて見直してみました。内容は中学校で習う社会科「公民」レベル。浮き上がって来るのは斎藤氏であろうがなかろうが、またどこの自治体でも「改革」など無理な財政上の制約でした。
市町村は「基礎」で都道府県は「包括」
まずは市町村との関係。日本の住所表記は「○○県○○市」となるため都道府県の方が上と解釈されがちですが法的には対等です。市町村は住民生活や福祉に直結する基礎的な業務を担い基礎自治体と呼ばれます。都道府県は「市町村を包括する広域の地方公共団体」で市町村単独では難しかったり非効率な業務を引き受けるのです。
例えば市町村は消防、住民登録や戸籍、上水道、一般廃棄物、介護保険、公立小中学校、ごみ処理(一般廃棄物)など。都道府県は警察、保健所、公立高校、治山事業など。
本来は市町村の業務であっても都道府県が「包括」するケースも。生活保護は市の福祉事務所が担当するも町村が設置していなければ都道府県の役割だし、下水道のうち2つ以上の市町村から生じる下水を保全する必要があれば都道府県。都市計画や職業紹介も同じです。国民健康保険のように市町村から都道府県も主体となる変更もみられます。
お金の流れも複雑
お金の流れもなかなか複雑。上記の通り公立小中学校は市町村でも教職員給与は都道府県が負担し、その3分の1を国が支出するなど。
ザックリいうと都道府県がやるべき業務と市町村単独では難しい状況を包括する役割を合わせ持っているといえましょう。
知事と議会議員の関係
次に知事と議会議員の関係。地方自治はどちらも別の選挙で選びます。知事は都道府県庁という行政サービスを執行する組織の長で1年間の歳出(支出)と歳入(収入)を予算案としてまとめ、それにのっとって教育・福祉、産業振興、公共事業、徴税を仕切ります。自治体独自の「法律」である条例案(※注2)も策定できるのです。
議会は知事が出してきた予算案や条例案を議決・制定するか否かの権限を持ちます。条例は議会自ら策定するのも可能。
議会の4分の3以上の賛成があれば知事を不信任できます。その際、知事は辞職ないしは失職か議会の解散かを選択できるのです。でも滅多に起きません。なぜならば議会の多数派を占める自民・公明推薦で当選した知事が圧倒的多数だから。
47都道府県議会議員合計で自民が約半数、保守系無所属と公明を合わせれば6割を占めます。自公が野党になっているのは維新が過半数を持つ大阪を除くと岩手、山形、東京、静岡、奈良ぐらい。青森は今のところ是々非々です。
前職の「継承」型と「改革」型と
ただ時折起きる「自民支持層vs自民支持層」の保守分裂となれば微妙なバランスに。おおむね自民が支えた前職の「継承」型と「改革」型にわかれて「継続」型だとスムーズに移行しやすい半面で「改革」型だとしこりが残りやすい。上記の青森がそうで初当選時の斎藤知事も該当します。
5期20年を務めた井戸敏三兵庫県前知事は「維新嫌い」でした。彼の「継承」候補を破って維新推薦を得ていた斎藤氏が当選したので当然、井戸県政を否定する方向となります。ここが不信任に至る遠因でした。
収入増は住民を増やすか所得を上げるか会社にもうけてもらうか
知事の力の源泉は予算案編成権と条例案策定権。ここで独自性を出してアピールしたいものの実際には容易ではありません。
歳入(収入)を増やせば手柄です。自治体が自由に使える財源は地方税と地方交付税。うち後者は国が機械的に算出するから知事裁量の余地なし。地方税の内訳で2割を占める固定資産税(土地家屋)および類似する都市計画税は市町村財源。地方消費税は10%のうち2.2%。こちらは元が国家レベルで景気に左右されず一定傾向を示すので自治体の努力で何とかなりはしない。
個人住民税(所得の10%)は4(道府県)対6(市長村)に配分され、地方法人2税(法人住民税と法人事業税)も両者で分けます。ここを増やそうとしたら住民税だと住民を増やすか所得を上げるか。地方法人税は赤字だと納付されない部分もあるので地場産業にもうけてもらうか、もうかっている会社に来ていただくか。
将来の収入増が見込めても当座は支出増
斎藤県政が打ち出した県立大学の授業料等無償化は肝いりの「若者・Z世代応援パッケージ」の一貫。狙いは若い住民を増やす、または逃がさないで個人住民税増に結びつけようとしたのでしょう。将来の収入増が見込めたとしても当座の無償化自体は支出増となります。そこで歳入増とコインの裏表になる歳出削減へと向かいました。
意外と狙い目な税外収入
収入増で意外と狙い目なのが税外収入。ただ多くが支出と抱き合わせで純増が難しい分野です。例えば保育料は保育所を運営してこそだし、住民票証明手数料なども事務を担う人件費がかかります。比較的純増が見込めるのが「ふるさと納税寄付金」と命名権(ネーミングライツ)。斎藤知事は「井戸(前)知事のときは慎重だった」と「改革」型らしくふるさと納税へ積極的姿勢を示し、命名権も県有施設などで募集する意向を示したのです。
斎藤県政の「身を切る」は格好良くてもさほどの金額にはならない
歳出削減も妥当であれば手柄。知事が一番手がけやすいのが自身の身を切ること。井戸県政で問題視された高級知事公用車の変更や自身の給与・退職金カットが典型。もっともこれらは格好良くてもさほどの金額にはなりません。
井戸県政時代に出ていた県庁舎建て替え案の見直しは約1千億と巨額なようで兵庫県の歳出総額の2%程度に過ぎず、しかも1回切りです。
井戸県政時に作られた「ひょうご地域創生交付金」約10億円を当初廃止するというのもある種のパフォーマンス。市町村への「都道府県補助金」といわれる分類に該当するお金で、結局廃止には至りませんでした。
「3割自治」である以上は大胆な削減など無理な相談
計4兆円の予算総額から大胆な歳出削減ができたかというと無理な相談です。これは斎藤氏云々でなく誰にもできないでしょう。
そもそも自由に使える地方税と地方交付税が占める割合は自治体平均で5割弱。地方税に限れば3~4割。いわゆる「3割自治」です。他の収入である国庫支出金は国から使い道を指定されているし、県債は借金で特定施設や道路建設に用いるのが原則の上に返済に当たる公債費を歳出に充てなければならない代物で工夫の余地がありません。
兵庫県の一般歳出上位を占める商工費は産業振興で減らしたら住民税と法人税がダブルで減少する恐れあり。教育費は増やすのが斎藤県政だから削減はない。だからといって社会・児童福祉予算を削れるかというと難しい。
このように、そもそも自由に使える歳入が多く期待できない地方財政でガッツリ歳出削減などできはしないのが実情です。
※注1:記事は基本的に47都道府県を対象とするも東京都は23特別区という特殊な自治体が含まれるため時折除いているのをご容赦下さい。
※注2:厳密な意味での法律は国会でしか制定できない。条例は法律の範囲内および法律のない範囲で作られる。