【体操】田中佑典 最後にまくって勝つ、美的ジムナスト
■世界でも稀。2種目で16点台を狙える田中
倒立ひとつで万人の目を引きつける体操選手がいる。田中佑典(コナミスポーツクラブ)である。
その際立つ美しさが存分に生きるのが、平行棒と鉄棒だ。
4月の全日本個人総合選手権決勝。6種目の合計点で競う大会で、全選手中ただ1人、2種目で16点台を出したのが田中だった。(平行棒16・050、鉄棒16・000)
15点台が世界レベルの目安と言われる体操競技において、16点台は五輪や世界選手権の種目別金メダルに相当する。
全日本個人総合と5月のNHK杯を合わせても、田中以外で16点台を出したのはゆかの白井健三(日体大)、鉄棒の内村航平(コナミスポーツクラブ)、同じく鉄棒の齊藤優佑(徳洲会)だけだった。
2種目で世界トップレベルにいる田中は、代表に入れば間違いなく体操ニッポンの力になる選手だ。
リオ五輪で団体金メダルを目指す男子はすでに内村と加藤凌平(コナミスポーツクラブ)の2名が代表に決定。残り3枠が、6月4、5日に東京・代々木第一体育館で行なわれる全日本種目別選手権兼リオデジャネイロ五輪代表最終選考会で決まる。
兄の和仁、姉の理恵とともに3きょうだいでロンドン五輪に出場してから4年。26歳になった田中は、全日本種目別選手権でリオ五輪代表入りを目指す。
■「五輪に人生を懸けてきた」
「演技のポイントは、平行棒なら倒立の姿勢。鉄棒ではひねりのしなやかな動き。そういう自分の取り柄を見せていけたらと思っている」。6月2日に行なわれた会見では、リオ五輪に対する並々ならぬ意気込みを前面に出し、精神的に一回りたくましくなった印象を与えた。
「僕にとっての五輪とは、そこに人生を懸けてきたところです。21年間、体操をやってきて、そこに人生を懸けてきたという気持ちが本当に強い。リオ五輪は、これまでの体操人生すべてをまとめられるような演技をしたいと思える場所です」
田中は最終選考会を前に、「ワクワクしている」とも言った。
思い返すのは昨年の世界選手権団体決勝だ。田中は平行棒と鉄棒でまさかの落下をしてしまった。
日本は、白井をはじめとするゆかや、萱和磨(順大)のあん馬など前半種目で稼いだ貯金にものを言わせてそのまま逃げ切ったが、37年ぶり金メダルに沸く日本チームにおいて、1人だけ、ふがいなさに涙を流していたのが田中だった。
この日の会見ではそのときのことを思い出したのだろう。「去年は、もう(自分は)ダメだなと思った時期があった。けれども今は、そこから這い上がって来られた自分がいる。希望を持てる自分もいる。オリンピックを想像してワクワクしている」
■最後にまくるのが佑典スタイル
前述の通り、田中の得意とする種目は平行棒と鉄棒である。これは「正ローテーション」と呼ばれる種目順で演技する場合、5番目と6番目の種目に相当する。
リオ五輪で日本がアテネ五輪以来となる団体金メダルに向けて描くであろう青写真は、金メダルを獲得した昨年の世界選手権と同様に、まずは予選を1位で通過して、決勝を「正ローテーション」で廻ること。
代表5人の顔ぶれにもよるが、決勝では1種目めのゆかでロケットスタートを切り、あん馬で安定して点を稼ぐ。3種目めのつり輪で中国に差を縮められても、その後の跳馬、平行棒、鉄棒で逃げ切るというパターンを想定することが濃厚だ。
最後の2種目でいずれも16点台に迫る演技構成を持つ田中が日本チームにいることは、中国をはじめとするライバル国に大きなプレッシャーを与えることにつながる。
今回の最終選考会で田中に求められるのは、単に代表入りするだけではなく、重圧に打ち勝ち、隙のない演技を見せることである。田中はそれだけの能力を持つジムナストだ。
5月のNHK杯では加藤に0・1点差で敗れ、代表入りを決められなかったが、記憶をたどれば4年前のロンドン五輪も、最後の最後に鉄棒のポイントで代表の座をつかみとっている。
今回も田中には前回と同じような状況が用意されたが、プレッシャーを受ける中で最後に『まくって勝つ』ことは、リオ五輪のシミュレーションにもなる。
実力に疑いはない。実施の美しさにも疑いはない。ラスト2種目で誰よりも輝けるジムナストは、最終選考の場で真の強さを示してリオへ向かうつもりだ。
田中佑典