隠れ名古屋めし?冬こそおいしい「湯つききしめん」。「釜揚げ」とも「ころ」とも違う魅力とは?
昔ながらの定番も、現在は地元でも知る人ぞ知る一品
名古屋めしの代表的一品、きしめん。発祥は江戸時代で、「名古屋めし」なんて言葉が生まれるはるか以前から親しまれてきた名古屋の郷土料理です。
近年は冷たいつゆで食べる「きしころ」がきしめん人気を押し上げていますが、寒い季節にこそよりおいしく食べられるのが「湯つききしめん」です。…と聞いても地元の人もあまりピンと来ないかも。古くからの麺類食堂(=いわゆる「うどん屋」)ではしばしば見られる“隠れ名古屋めし”的メニューなのです。
「名古屋に来てうどん屋めぐりを始めた頃、『湯つき』という品書きを見て、“何だろう?”と思ったんです」というのは「星が丘製麵所」共同代表の衣笠太門さん。衣笠さんはうどんの本場・讃岐(四国・香川県)で修業をし、東京暮らしの経験もありますが、「湯つき」というメニュー名は見たことも聞いたこともなかったといいます。
しかし、運ばれてきたきしめんを見て、そして食べて納得。「讃岐でいうところの『湯だめ』なんです。でも、『湯つき』という呼び方は他では聞いたことがありません」(衣笠さん)
「釜揚げ」とも「ころ」とも異なる「湯つき」ならではの魅力
見た目は「釜揚げ」とよく似ていますが、「湯だめ」「湯つき」はそれとは異なります。「釜揚げはゆでた麺を釜のお湯と一緒に丼に移して熱々のまま食べてもらう。『湯だめ』『湯つき』はゆでた麺をいったん冷水でしめて、提供する前にあらためて湯通しするんです」(衣笠さん)
名古屋の昔ながらの麺類食堂では定番だった「湯つき」。ですが、最近はメニューにうたう店は少数派になりつつあります。そこで気鋭の人気店「星が丘製麵所」では、この冬の推しニューとして湯つききしめんを売り出すことに。その魅力を衣笠さんはこう語ります。
「『湯つき』はあらかじめ麺をゆでておくので手早く提供できる。もちろん味わいの点でも特有の魅力があります。ゆでた後に水でしめるので麺のぬめりが取れてつるつるした舌ざわりになる。しめた後で湯せんすることでよりコシが出る。また冷たいきしころはキュッとしまった食感に一番の魅力を感じられますが、温かい湯つきは小麦の甘みやうまみがより引き立つんです」
筆者も早速実食。麺はピンとしまっていて、なおかつ小麦の風味もしっかり感じられます。同店のきしめんは独特の幅広麺なので、麺が舌にふれる面積が大きく、そのなめらかな食感を口の中全体で体感できるのです。
つゆはたまり醤油ベースでダシはムロアジ、宗田ガツオ、サバ。材料はかけのつゆと同様ですが、たまり醤油の濃度を濃く仕上げています。これらの材料は名古屋のうどん、きしめん特有のもので、ご当地の伝統的な味わいが守られています。何よりつゆにつけて食べるシンプルな料理なので、きしめんそのものの風味や食感をダイレクトに味わえるのが大きな魅力です。
湯つききしめんが美味しい! 名古屋の麺類食堂
「湯つき」は、名古屋の古くからの麺類食堂でなら高確率で出会えます。おいしく食べられるお店を紹介しましょう。
【長命うどん 本店】(名古屋市中村区)
「長命うどん」は1913(大正2)年創業。名古屋、愛知を中心にのれん分けを含めておよそ10店舗があります(東京・恵比寿にも1店舗)。
「ゆつきはずっと以前からあります。創業の頃からあったんじゃないでしょうか」と店長の志水正子さん。麺は手打ちうどんに加えてきしめん、中華そば、そばがあり、お好みでミックスできるのも特色です。「うちゅう」(うどん+中華そば)、「うそ」(うどん+そば)、「うそちゅう」(うどん+そば+中華そば)、「きそ」(きしめん+そば)など、常連はMy定番の組み合わせがあるそう。食べ方はかけ、ゆつき、ぬる、ころ、冷やしの五通り。天ぷらのトッピングと合わせて自分好みにカスタマイズするのがツウの楽しみ方です。
【うどんのいなや 自由が丘店】(名古屋市千種区)
1957(昭和32)年に市内の公設市場内で開業したのが始まり。「湯つきはその当時から出しているはず。市場で始めたうどん屋にはどこもあったようです」とご主人の中村裕さん。
湯つききしめんは釜でゆでたらすぐに冷水でしめ、再度お湯で温めて手早く提供します。丼に張る湯は、ゆで汁をそのまま使うと麺から抜けた塩分でしょっぱくなってしまうため、麺をゆでる前のお湯と混ぜて使用。つゆはかけ用のものに湯つき専用のかえしを加えてやや辛口に。湯つきのための工程や材料もあり、手がかかっています。「冷水でしめてコシが出る上にもう一度湯に通すことでもっちり感も出る。絶対においしいきしめんの食べ方です!」(中村さん)
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「湯つき」はもちろんうどんでもでき、その場合は讃岐の「湯だめうどん」と同様ですが、「湯つききしめん」であれば名古屋ならではの一品となります。釜揚げとも、きしころやざるきしめんとも異なる、麺の風味を堪能できるつけめん料理であり、名古屋でしか食べられない「名古屋めし」のひとつといえます。
きしめんの個性をストレートに体感できる「湯つき」。名古屋伝統のご当地麺の醍醐味、そしてまだまだ知られざる一品が隠れている名古屋めしの奥深さをお楽しみください。
(写真撮影/すべて筆者)