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「三代に負けた直後はやめる方向でした…」 元世界王者・伊藤雅雪の揺れる胸中

杉浦大介スポーツライター
Photo By Naoki Fukuda 福田直樹

12月26日 東京都 墨田区総合体育館

ライト級10回戦

OPBF東洋太平洋スーパーフェザー級王者

三代大訓(ワタナベ/26歳/10勝(3KO)1分)

10ラウンド判定(96-94, 96-94, 95-95)

前WBO世界スーパーフェザー級王者

伊藤雅雪(横浜光/29歳(試合当時)/26勝(14KO)3敗1分)

敗因はジャブへの対処法

ーー三代戦が終わって約1ヶ月ですが、今、あの試合をどう振り返りますか?

伊藤雅雪(以下、MI) : 準備不足だったとも思っていないですし、それよりも気持ちのところで負けたかなというのを感じています。三代選手のジャブが良かったのは事実です。ただ、この試合でどう戦えば良いのかをしっかり考えていなかったわけではないですが、まあ何とかなるだろうといった感じで準備していた部分が大きかったのかもしれません。

ーー具体的な戦術面でいうと、敗因としてやはりジャブへの対応が真っ先に挙がりますか?

MI : それがすべてだと思います。わかっていたはずなのに、ジャブに反応して、避けようとしすぎたかなという感じです。ジャブでは打ち負ける可能性が高いのはわかっていたはずなんですけど、そのジャブに反応し、外して打とうとして、余計に悪いパターンにはまったかなという感じはします。

ーーそれではどう対処すべきだったのでしょうか?

MI :(世界王座を奪われたジャメル・ヘリング戦と)負けパターンは一緒です。入っていくことにこだわり過ぎて、いいポジションで打てなくなってしまう。相手が下がるところを、踏み込もうとして、くっついたらクリンチ。右と左の違いはありますが、ヘリング戦と同じ展開でやられてしまいました。村田(諒太)さんと(ロブ・)ブラントの2戦目じゃないですけど、もらいながらでもガードでしっかりと止めて、もう半歩入ってから打てていたら変わったかもしれません。相手に怖さは感じなかったですが、ジャブをもらって徐々に消耗させられ、作戦にはまったということだと思います。つまり相手が僕より上手だったということになると思います。

Photo By Naoki Fukuda 福田直樹
Photo By Naoki Fukuda 福田直樹

ーー接戦ではありましたが、判定に関しては納得していますか?

MI : 不満はないですね。微妙な差かもしれないですが、あんなもんかなと感じました。大差ではないとは思いましたけど、前半取られ過ぎていたし、1、2ポイントあっちにいったかなと。最後の10ラウンドを取れていれば違ったかなと思いますけど、僕の方も消耗し、疲れてしまっていたので攻め切れませんでした。

ーー故障、盲腸などで久々の試合になりましたが、コンディションは問題なかったんでしょうか?

MI : (影響は)もちろんゼロではないですけど、みんな何かしら抱えて試合しています。言い訳にはできないくらいの準備はさせてもらったと思っています。

新たな挑戦の難しさ

ーー試合終わった直後、三代選手は伊藤選手から「フィジカル強かったよ」と声をかけられたと話していました。

MI : 正直、何を言ったかあまり覚えていないんですよ。三代選手は素直に強かったと思ったので、それを伝えたかったんでしょう。相手の成長度合いは想定内でしたが、実際に感じたのは身体的なものより、左ジャブを軸にした戦術を徹底してやり切るという気持ちの方です。相手の策にはまってしまっているとわかってはいても、抜け出せなくなってしまった。そういった作戦をやり切る気持ちの強さみたいなものが三代選手にありました。たぶん僕がクリストファー・ディアス(プエルトリコ)とやって世界タイトルを取った時と同じようなメンタルを感じました。

ーー試合前、「脚本、監督、主演は自分だ」と仰っていて、実際に今回の興行は盛り上がりました。それが結果に結びつかなかったことに悔しさは感じますか?

MI : 今回、新しいチャレンジという意味で、興行を作っていくことにも携わっていきました。K-1やRIZINみたいな感じで、ボクシングでも1つのエンターテイメントを国内で成功させたいと考えていました。それにチャレンジするというのがこの試合に対するモチベーションであり、そこに後悔はないです。ただ、すごく難しいものだなとは思いました。勝負に徹している選手と、試合前まで全体を見てお金の計算もしていた選手。その差は出たかなとも感じました。

ーー準備不足ではなかったというお話ですが、試合直前まで興行面にも気を配っていたということでしょうか。

MI : スポンサーからの入金を確認したり、興行の形を整えたりだとか、あとは試合をやるだけになったのが興行の4〜5日前ですかね。その時点である種の終わった感はありました。一仕事を終えて、あとは試合をするだけでいいんだって感じたんです。この挑戦にモチベーションを見出したのは自分自身です。ただ、そういうことをしている時点で、試合だけに集中し、絶対に勝つっていう気持ちではなかったのかなと思います。

ーー興行のセルフ・プロデュースに取り組むボクサーはアメリカにはいますが、日本では珍しいのかなと思います。

MI : そういう意味で、新しい形で盛り上げられたのかなとは思います。ただ、勝利という形でそれを完結させることができなかった。興行に携わるのが大変だったのは事実ですが、それでもしっかり勝つという想定でやっていたので、それができなかったのは僕の力不足だと思います。

ーー新しい挑戦の上で、勝てば得るものは余計に大きかったと思いますが、負けると失うものも大きく、批判もされます。試合後、周囲の反応はいかがですか?

MI : 僕が試合後に喋ったのは、スポンサーの方だったり、友人だったり、所属ジムの関係者だったり。そういう人たちからは、激励の言葉をもらっています。ただ、客観的に見たら、いろいろ言って、やって、負けたなと思う人はいるでしょう。「伊藤は終わったな」と思っている人がいるのもわかっています。

Photo By Naoki Fukuda 福田直樹
Photo By Naoki Fukuda 福田直樹

ボクシングを続けるべきか

ーー三代戦が終わって約1ヶ月ですが、練習は再開されていますか?

MI : まだ始めてないです。試合直後の時点では、とりあえずやめる方向で考えていました。ライト級で世界戦線に出ていくのが難しいことだというのはもうわかっています。三代選手との試合に勝っていれば、その後に吉野(修一郎)選手と対戦して、道は開けていたのかもしれません。ただ、ここで負けてしまっては、という思いがありました。今はまだどうするべきか迷うところもあり、多くの人の話を聞き、今後について考えているところです。

ーーあれで終わりたくないという気持ちも湧いてきているんでしょうか?

MI : 試合後はいろいろな人と食事して、家族とも時間を過ごし、リラックスしています。ここでやめたら楽にはなりますし、遅かれ早かれ次のことをやらなければいけません。その一方で、ダメージを負ったわけではないですし、あの負け方で終わりたくないという気持ちはあります。ただ楽になりたいから逃げるのはダメかな、ここで逃げたら一生逃げっぱなしになるのかなという思いもあります。また、ボクシング関係者や周囲の人たちからも、「あれでやめたらダメだよ」と多くの言葉をかけて頂いています。

ーーまだ迷っているということで、すべて仮定の話になると思いますが、復帰するとしたらどういう方向性を考えているんでしょうか?

MI : 今まで通りではダメですよね。まずはどう練習していくかから考えなければいけないと思います。今、環境がいいんですよ。応援してくれる方にも恵まれて、家族もいて、特に何かに困ることもなくて。だから、もし続けるとしたら、環境を変えて、一人でもがく時間が必要かなとも考えています。海外に行ければいいですが、この状況では難しいので、国内でもこれまでとは違う場所にいくとか、そういうことも考慮しなければいけないと思います。

ーー先月の試合前、三代選手は伊藤選手のことを「ハングリー精神を失った満腹の虎だ」と話していました。振り返ってみて、間違った指摘ではないと思いますか?

MI : 僕としてはそんな気はなかったですが、もしかしたらそこが足りなかったのかなとは考えます。相手の方がハングリーだから負けたというより、接戦の中でそこがギリギリの差を生み出し、持っていかれたのかなと。自分が満腹かどうかはわからないですが、もっと自分に向き合いながらやっていく必要があるのかなとは思っています。

●プロフィール

伊藤雅雪(いとうまさゆき)。1991年1月19日生まれ(30歳)、東京都江東区出身。アマ経験なしでプロ入りし、全日本フェザー級新人王、WBC世界ライト級ユース王座、OPBF東洋太平洋スーパーフェザー級王者などを獲得。2018年7月28日、アメリカのフロリダ州キシミーでクリストファー・ディアス(プエルトリコ)に3-0判定勝ちし、WBO世界スーパーフェザー級王座を獲得した。同タイトルは1度防衛後、2019年5月25日にジャメル・ヘリング(アメリカ)に敗れて王座陥落した。プロ戦績は26勝(14KO)3敗1分。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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