慶應義塾大学の藤代一成教授に聞く、法科学や医療にもCGが活用される時代について
前回は、11年ぶりに改訂された書籍『コンピュータグラフィックス』の編集委員長を務めた、慶應義塾大学の藤代一成教授に改訂時の裏話を聞きました。
>>「コンピュータグラフィックス」の編集委員長に聞く、CGクリエイターが考えるべきこと【連載:五十嵐悠紀】
その際に、コンピュータグラフィックス界の今後の方向性についてもインタビューさせていただいたので、ご紹介したいと思います。
『Kinect』の登場に、CG研究者の注目が集まる
2015年7月11日から映画『ターミネーター:新起動/ジェニシス』が公開されますね。
『ターミネーター2』が公開されていた1991年ごろは、3次元グラフィックスで曲面を表現する手法の一つである「メタボール」全盛の時代。液体金属T-1000型がまさにメタボールで表現されていました。
あれから20年以上が流れた今、「メタボール」ではなく、従来のレンダリング技術では再現が難しかった、事物をシミュレートするために使われる「パーティクル・システム」で形状を表現するのが流行っています。今夏に公開される新型のターミネーターは「パーティクル・システム」で表現されています。
パーティクル・システムそのものは古くから存在しており、一部映画制作にも利用されてきていましたが、最近のCG処理の高速性を反映して,より迫真的な映像表現が可能になったのでしょう。
藤代教授は「CG技術の進展はシナリオにも大きな影響を与える」と語った上で、CGはまだまだ過渡期であると考えているそうです。
「『コンピュータグラフィクスは進んだ』と言われていても、私はまだまだ過渡期だと思っています。個人的に、この10年で一番大きく変わったのは入出力だと思っています。3次元ファブリケーションはその代表例だと言ってもいいかもしれません。
その点では、五十嵐さんのぬいぐるみやビーズのモデリングを見てみると分かりやすいかもしれません。
今までは、コンピュータグラフィックスの出力はピクセルの集まりでしたよね? つまり、2次元だった。2次元では飽き足らない人たちが、投影面をいくつか増やして立体視をしたりとか、3次元として意識させようとしていた。しかし、2次元の域を出てはいなかったんです」( 藤代教授)
入力に関しても、画像処理を2次元で入力しているものがほとんど。例えば、Webカメラを使って、モニタリングし、不審者が映っているかどうか割り出す、そんな技術でも入力は2次元です。
「最近の入力で一番分かりやすいのは『Kinect(キネクト)』でしょうか? 深度付カメラといいます。RGBDカメラとも言いますよね? RGBにDepth(奥行き)の『D』が付いたもの。
そうした類いのデバイスは昔からありましたが、一台、数百万円もしました。しかし、『Kinect』が登場し、非常に安価で買える時代になりました。もともとゲームの入力デバイスとして設計されたものですが、CGの研究者が飛び付きましたよね。
しかし残念ながら、まだ処理自体は3次元を2次元にして、2次元で処理した後に、また3次元に戻す。という流れのままです。そういう意味でも、まだCG技術は過渡期だと考えます。これから10年、20年、もっと時間が必要かもしれませんが、いずれ『All3D』になるのではないでしょうか」(藤代教授)
こうした話題は、ACM SIGGRAPHやEurographicsなどコンピュータグラフィックス業界の最高峰レベルの学会でもよく議論されていることを私自身目にしていました。
「CPUに加えて、GPU(グラフィックス プロセッシング ユニット)が台頭してきたことも、3次元処理の方向性を示唆していると感じています。3次元で処理をするためには処理能力がとても高くないといけない。そのためには従来CPUで計算していたものをもっと並列に計算する必要がある。
3次元の形をつかさどっている基本単位をいっぺんに計算するために出てきたものが、今のGPUだと言っても過言ではないと思うんですよ。
しかし、すべてがそうではないとも言えます。相変わらずピクセルをベースにしているGPUもあったりするためです。まだまだ乱立状態な気がします。ひょっとしたら今後一本化されるのかもしれないですね」(藤代教授)
コンピューテーショナル・フォトグラフィからこれからを考える
藤代教授は自身の研究を通じ、新しい可能性に気付きがあったそうです。
「近ごろ、『computational・なになに』というものが世の中にいっぱい出てきました。例えば、「コンピューテーショナル・フォトグラフィ(計算写真学)」というものがありますよね?
従来のカメラだと、アングルや照明、焦点距離、絞りなど、さまざまなファクターで、素人の方には撮りこぼしがあったりするわけですよね。
撮りこぼしがあったら、被写体は止まっていないので、同じ風景は2度と撮影できません。コンピューテーショナル・フォトグラフィはこの問題を打破しようとしました。一度にたくさんの写真を撮り、後でフォーカスを変えることも、色を変えることも、向きさえも変えることができるようにしよう、というものです。つまり、取り損なうことをなくすことに成功したわけです」(藤代教授)
そして、『コンピューテーショナル・なになに』というのは、単にコンピュータを使っているということではない」とのことです。
「computeという動詞はconsiderと同じ意味を持っています。つまり、『考える』という意味です。『計算する』という四則演算ではありません。四則演算はcalculateといいます。つまり、computeするっていうことは人間と同じ、『熟考する』ということなんですよ」(藤代教授)
そのため、『コンピューテーショナル・なになに』というのは、人間が行っているすごく高度な知的活動に対するリスペクトがあるそうです。
後世に伝えたい一部を逃さず残すことを実現したのが、コンピューテーショナル・フォトグラフィ」 。同様に、「コンピューテーショナル・ジャーナリズム」もあります。ジャーナリズムの本質を追求する学問を指します。
「ジャーナリズムの本質は説明責任(accountability)だと思っています。実際にそこで起こったことを、誰かに忠実に伝えること。究極的には、何一つ漏らさず記憶し、そこに起きている事象を100%記述できて、ジャーナリズムは成立するわけですね。
人間の記憶はすごく曖昧な上に、1人1人の受け取り方が異なります。そこに面白味があるのですが、完全な再現ができなかったり、誤解が生じたりするわけです」(藤代教授)
そこに、コンピュータやネットワークを持ち込むことによってできあがる、新しいジャーナリズムのことが、「コンピューテーショナル・ジャーナリズム(計算報道学)」だそうです。
また、慶應義塾大学には『学問のすゝめ』というWebサイトがあります。
そこには、従来の報道ではできなかったご自身の研究例が紹介されています。
“遺体の損傷係数”、“殺意係数”が世界を変える?
そして今、藤代先生が新たに取り組んでいるのは、「コンピューテーショナル・フォレンジクス(計算法科学)」という領域です。
山梨大学医学部の法医学教室の先生方と一緒に仕事をしているとのことです。
「法科学がやらなければけないことの1つに、『犯された罪の重大さを適正に判断すること』があります。遺体の損傷度が数値化でき、さらに捜査結果も加味して、”殺意係数”のような事案の定量化を行った後、過去の判例と照合して量刑を決められる、将来そういう方向に向かうのではないかと私たちは考えています」(藤代教授)
これぞ、「コンピュータ・フォレンジクス」究極の姿の1つなのかもしれません。
「『コンピューテーショナル・なになに』というのは、グラフィックスを核にして、いわゆるコンピュータやネットワークのリソースをうまく使うことによって、従来のメディアの呪縛から解き放たれて、本来人間がやりたいと思っている知的活動を実現することだと思っています。
CGを単なる便利な道具として使うのではなく、既存のCGの枠を越えて実現できる可能性を、これからもたくさん見つけていきたいですね」(藤代教授)
(この記事はエンジニアtype 『五十嵐悠紀のほのぼの研究生活』からの転載です。)