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佐藤天彦九段、振り飛車4連投で4連勝! 藤井聡太名人への挑戦権争うA級順位戦で単独トップ

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 10月25日。東京・将棋会館において第83期順位戦A級4回戦▲増田康宏八段(26歳)-△佐藤天彦九段(36歳)戦がおこなわれました。


 10時に始まった対局は22時57分に終局。結果は103手で佐藤九段の勝ちとなりました。


 リーグ成績は、佐藤九段は4勝0敗。4回戦を終えて、ただ一人無敗で走っています。増田八段は2勝2敗となりました。

振り飛車ロード

 もともとは居飛車党でありながら、最近は振り飛車党にシフトチェンジした佐藤九段。今期A級順位戦でもずっと振り飛車を指しています。大師匠(師匠・中田功八段の師匠)である大山康晴15世名人は居飛車で頂点に立ったあと、キャリア半ばから振り飛車党に転じています。佐藤九段もそうした道を歩みつつあるのかもしれません。

 今期A級1回戦の永瀬拓矢九段戦。佐藤九段は後手番でダイレクト向かい飛車を採用しました。途中ではかなり苦しい状況でしたが、粘り強く指しているうちに逆転。120手で勝利をあげました。

 竜王戦七番勝負第3局では、ほとんど居飛車しか指してこなかった佐々木勇気八段が、ダイレクト向かい飛車で藤井聡太竜王(七冠)に挑んでいます。佐々木八段も、もしかしたら佐藤九段の影響を受けているのかもしれません。

 2回戦、佐藤九段は千田翔太八段と対戦。先手番で四間飛車に振ったあと、3八に金を上がる趣向を見せています。

 大山全盛時代も含め、振り飛車の囲いは3八に銀を上がる美濃囲いが主流でした。しかし近年では振り飛車側がさまざまな工夫を見せ、旧来の価値観にとらわれない囲いが見られるようになりました。

 互いに金銀4枚で玉を固めたあと、中盤の本格的な戦いに。佐藤九段は次第にペースをにぎっていき、最後は千田玉を詰ませて、109手で終局となりました。

 3回戦は豊島将之九段。両者は2019年の名人戦七番勝負で対戦し、豊島挑戦者が4連勝し、名人位を獲得しています。

 その星も含めて、佐藤九段は豊島九段に長い間負かされ続けてきました。しかし今年度に入って王位戦リーグで勝ち、連敗を15で止めています。

 今期A級の佐藤-豊島戦は佐藤先手。3手目に角を中段に上がったあと向かい飛車に振る新趣向「天彦流向かい飛車」が話題となりました。

 以下は穴熊に組んだあと、戦いに。中盤で華々しい攻防が繰り広げられたあと、佐藤九段が優位に立ちます。

 終盤も豊島九段に粘る余地を与えず、99手で快勝となりました。佐藤九段はこれでリーグ3連勝。対して前期名人挑戦者の豊島九段は3連敗と対照的な成績となりました。


 また両者の対戦では、佐藤九段は15連敗のあと、今年度に入って2連勝を返したことになります。

佐藤九段、快走4連勝

 A級4回戦▲増田八段-△佐藤九段戦。佐藤九段はまず四間飛車に振りました。それから6二に金を立っています。これもまた珍しい陣立てでした。

佐藤「四間飛車から相手の穴熊をするような。そういう構想であることは(2回戦の)千田戦と変わりないんですけれども。やっぱり具体的な形を模索する中で、この△6二金型を採用してみようというところだったんですけれども。元々先手番で室岡先生(克彦八段)が昔やられていたようなイメージの形で。そのときは振り飛車側が突き越している形であったりとか。だいぶ本局とは違うところもあって。そういう先手番での構想を、後手番で応用してというか、転用してというか。それで一つの作戦にならないかなというところでした」

 増田八段はエルモ囲いに組んだあと、攻めの銀を中段に上がって速攻を含みにします。対して佐藤九段は玉から遠い金を3二に上がって備えます。玉から近い金は、手損をいとわず6二から7二に寄せ「金美濃」に組み替えました。

佐藤「基本的に△3二金上がる格好で。ちょっと重たい形というか、その上でさらに金銀の形を直してる分、手損にもなってますし。こちらとしては、相手の攻めに対応する展開になったというか」

 増田八段は飛車を四段目に浮いたあと、37手目、3筋から歩を突っかけ、仕掛けていきます。

佐藤「ただあのあたりは、うまく浮き飛車から動かれた印象というか。こちらが元気のない展開ではありながら、先手も具体的な動き方、組み合わせ方って難しいのかなというところでもあったんですけど。やっぱりそこは、うまく3筋と5筋をからめて動かれたというか。はっきり突破されてるっていうわけではないんですけど。こちらにとって、厚みを作りづらい」

 増田八段が盤上中央に銀を進めたのに対して、佐藤九段は振り飛車らしく、争点になっている筋に飛車を寄せて迎え撃ちます。

佐藤「(銀取りに)△5四歩と打てば、銀を引いてもらえる格好なんですけど。どうしても、そのあとやっぱり、駒が重たくなってしまうので。そういう微妙な兼ね合いを見せられながら、うまく指し回されているのかな、という感じでした」

 夕食休憩明けから局面は大きく動き、増田八段の銀が前に進み、佐藤玉近くにまで迫ってきました。対して58手目、佐藤九段は51分考えて、増田玉近くに歩を打ち、反撃に出ます。

佐藤「▲6四銀出られたときに(攻めで)△6六歩を打つか(受けで)△6三歩と先に打つかとか。そのあたりの比較がかなり難しくて。角交換したあとに、相手陣をどう攻略するかとか。あとは(飛車取りに)▲5二歩を叩かれてどうかとか。けっこうその辺(へん)、かなり考えはしたんですけど、不透明なところが多くて。それだったら△6六歩で、ちょっとでも(相手の)王様を薄める感じにできないかなというところで。やっぱり50分考えても、しっかり読みがまとめられたわけではなかったんですけど。より実戦的な方でどうかなという感じでしたね」

 増田玉は三段目に露出する怖い形に。佐藤九段は増田陣に角を打ち込み、その角を成って馬を作り、次第にペースをつかんでいきます。進んで佐藤九段は馬を切り、増田玉を守る銀と刺し違え、佐藤陣に生じたスキに桂を打ち込んで金を取り、その金を上部から打って押さえる形を得て、はっきり優位に立ちました。

佐藤「(84手目)△6六馬切って(94手目)△6五金でどうかな、というところで、決断できたのがよかったかなという感じですかね」

 102手目。佐藤九段は銀を守りにつけながら上がり、5筋下段の飛車筋を通します。これほど感触のよい手は、そうはないかもしれません。

佐藤「最後に△6三銀を指す組み立てがこちらにとってわかりやすい、実戦的な組み立てだったかなという気がしたので。実際そうですね、本譜、先手の受けが難しくなったとは思うので」

 増田八段はここで潔く投了。順位戦の長い対局が終わりました。

 佐藤九段はこれで今期A級、振り飛車で4連勝となりました。

佐藤「本局もそうなんですけど、かなり、どうしても序中盤、受け止める展開になりやすくて。今回も後手番ではありましたし。星取りはいいスタートを切れたかなとは思うんですけど。内容としてはやっぱり・・・。『振り飛車なので』っていう言い方も変ですけど。受身になる展開が多いので。気持ちよく勝ててるかというと、やっぱり粘る中でなにかを見出している感じの展開なのかなと思うので」

 佐藤現九段は2015年度、初参加のA級で5連勝スタート。最終的には8勝1敗で名人挑戦権を獲得しました。今期はそれ以来の4連勝スタートとなります。

佐藤「近年なかなか、こういうスタートは切れていなかったので。そこは素直にうれしいですし。まだまだこれからとはいえ、いままで残留争いがやっぱり多かった中で、早めに4勝できているっていうのは、ひとつの、精神的にはいい材料ではあると思うので。これからまた、まだまだなにも決まってないわけですけど、ひとつ4勝ってのは節目なのかなというふうに思うので。これからは上を見ると戦いにしていけたらという感じですね」

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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