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「イノウエをKOする」とドヘニー。オッズ50-1不利をものともしない必勝作戦とは

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
岩佐戦勝利のドヘニー。右がベルムデス氏(写真:Aflo/Rex/Shutter)

ボストンで決戦に備える

 9月3日、東京・有明アリーナでスーパーバンタム級4団体統一チャンピオン井上尚弥(大橋)に挑むTJ・ドヘニー(アイルランド)は試合に備えて米国マサチューセッツ州ボストンでトレーニングキャンプを行っている。来日は8月第3週というから来週。キャンプが佳境に入ったドヘニー。モンスター相手に絶対不利の状況の中、果たして彼はどんな境地で調整を敢行しているのだろうか。

 ドヘニー(26勝20KO4敗=37歳)はボストンでヘクター・ベルムデス・トレーナーが運営するジムで決戦に備えている。同トレーナーとコンビを組むのは東京・後楽園ホールで岩佐亮佑(セレス)を攻略してIBF世界スーパーバンタム級王者に就いて以来6年ぶりとなる。アイルランドから豪州へ移住しシドニーに居を構えるドヘニーは妻と4人の子供を残して単身赴任。岩佐戦で結果を出したことでゲンをかついだといえそうだが、逆風は容赦なく彼に吹き荒れる。

 スーパーバンタム級ランカー、1階級上のフェザー級王者たちの誰もが井上との対戦を熱望する中、ダークホースと見られたドヘニーが金的を射止めた理由にはサム・グッドマン(豪州=IBF&WBOスーパーバンタム級1位)が挑戦を見送った背景がある。昨年3月、グッドマンに10回戦で判定負けしたドヘニーは4団体統一王者に挑戦するには力不足だと指摘する向きもある。しかしその後いずれも日本で行った試合で中嶋一輝(大橋)、ジャフェスリー・ラミド(米)、ブリル・バヨゴス(フィリピン)に連続ストップ勝ち。復活したベテランサウスポーが一躍、挑戦者に抜てきされた。

試合日の増量幅は大きいと予測されるドヘニー(写真:BoxingScene.com)
試合日の増量幅は大きいと予測されるドヘニー(写真:BoxingScene.com)

モンスターも同じ人間だ

 千載一遇のチャンスを手にしたドヘニーだが、幸運の女神が微笑むにはくぐり抜けなけねばならない関門が多すぎる。いや、一個所の関門で夢がついえる可能性も高い。周到な準備を行っても無双の強さを誇る井上の前に試合は長引かないという意見が多い。それでも前回5月のルイス・ネリ(メキシコ)の初回にノックダウンを喫した井上の姿に一縷の望みを託す。

 当日、計量不合格などネリの不測の事態に備えてスーパーサブの役目を担ったドヘニーは自身の試合(バヨゴス戦)の後、井上vs.ネリをリングサイドで観戦。感想を聞かれると「私が引き出した結論は彼も人間だということ。完ぺきな者はいないし、誰でも倒れる。彼(井上)がそうしたいと同様に当然、私もノックアウトを狙う。ただし無暗に攻めてはいかない。知的に実行しなければならない。スウィングを振り回して幸運に頼ってはダメ。今、実行していることはそんな戦法ではない」と打ち明ける。

 同じく「ザ・リング」のインタビューでドヘニーは「最近のイノウエの相手と私は異なるアプローチをして臨む」と明かす。最近の相手とはネリとマーロン・タパレス(フィリピン)を指す。彼は「彼らのレコードを見直すと2人ともバンタム級でほとんどのキャリアを送っている。でも私はスーパーバンタム級がナチュラルウエートだ。私が大柄な事実は隠せない。イノウエに対して私は体の強靭さを持っているし誰もが知っているようにパンチにパワーがある。その特長をリングで披露する」とアピール。「準備段階でベストなフィジカルコンディションをつくり上げ、それを試合で活かすことに努める」と意気込む。

試合当日の増量も味方にする?

 ネリはバンタム級からスーパーバンタム級へ転向しWBC王者に就いているし、タパレスも岩佐とIBFスーパーバンタム級暫定王座を争い、勅使河原弘晶(三迫)と同級挑戦者決定戦を行っている。だから「彼らはバンタム級」というドヘニーの発言にはツッコミが入るが、それだけ自身のフィジカルアドバンテージを強調したいのだろう。

 ちなみにラミド戦の時、ドヘニーは試合当日の体重を計量時よりも10キロ以上増やしてリングに登場したと明かした。ウェルター級の体重である。井上も計量後増量するが、そこまでは増やさない。それがドヘニーの“ベストコンディション”なら井上といえども脅威になるのではないだろうか。

TJ・ドヘニーvs.ジャフェスリー・ラミド

 長年ドヘニーのマネジャーを務めるマイク・アルタムラ氏は「我々が自信を持っている領域は2人のハードパンチャーが顔を合わせることだ。私はTJがリングの上でイノウエよりもストロングになると信じている」と豪語。これくらいのハッタリを効かさないとマネジャーは務まらないらしい。

陣営が明かす井上の弱点

 ブックメーカー「bet365」が出しているオッズは50-1で井上有利、ドヘニーの勝利は18倍となっている(8月9日現在)。もっと差が大きい試合もあるが、34年前に東京ドームでマイク・タイソンが世紀の番狂わせでバスター・ダグラスに敗れた時のオッズが42-1でタイソン有利だったから、どれだけドヘニーが劣勢か分かるというものだ。

 それでもドヘニー陣営はひるまない。アルタムラ氏は「イノウエはすごくダイナミックな攻撃力を持っているし、ものすごくスピードがあり脚も速い。だけど頭の動きに難点がある。私はTJがカウンターを決めるチャンスが出てくると思う。だが逆にカウンターを食らう危険がある。その時こそ作戦のスイッチに迫られる」と話す。

 だが井上と対峙してそんな余裕があるものだろうか。フィジカルで押し通そうとしても結果は見えているのではないか。「隠れたもっとも優れたトレーナーの一人」といわれるベルムデス氏の手腕に注目が集まる。とはいえ“マジック”に頼る部分が多いことが井上優位を不動のものにする。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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