天皇杯 Jクラブへの挑戦権をめぐって【5回戦】Honda FC vs 筑波大学
■《卒業したらうち来ない?》という横断幕
12月20日、天皇杯JFA第100回全日本サッカー選手権大会(以下、天皇杯)の5回戦2試合が開催された。広島で13時にキックオフとなった福山シティFC vs 福井ユナイテッドFCは、福山が3-0で勝利してJクラブとの対戦の権利を得た。コロナ禍でレギュレーションが大きく変更されたとはいえ、広島県1部(J1から数えて6部)のクラブが、ここまで勝ち上がるのは異例中の異例。準々決勝では、J3王者のブラウブリッツ相手に、どこまで戦えるのか楽しみだ。
一方、この日はJ2とJ3の最終節が行われ、J2で優勝した徳島ヴォルティスの天皇杯出場が決まった。徳島と準々決勝で対戦するのは、静岡県のエコパスタジアムで行われる、5回戦のもう1試合の勝者。対戦カードは、Honda FC vs 筑波大学である。今回は迷った末、18時キックオフのこちらのカードを選ぶことにした。JFL勢と大学勢の勝ち残り同士による、Jクラブへの挑戦権を懸けた戦いである。
キックオフ前、5万889人収容のエコパのスタンドを見渡してみる。やはり地元の浜松に近いとあって、Hondaのサポーターによる横断幕で埋め尽くされていた。しかも、ひとりひとりの選手名へのサポーター愛が半端ない。今大会は感染防止の観点から、声を出しての応援が禁止されているだけに、横断幕の数は選手を鼓舞する上で例年以上に重要となっている。そんな中、明らかに筑波大に向けられたメッセージに、思わず見入ってしまった。
《卒業したらうち来ない?》
周知のとおり筑波大蹴球部は、これまで幾多の人材を輩出してきた。「今年の話題の人」で言えば、川崎フロンターレの三笘薫、浦和レッズの大槻毅監督、そしてJFAの田嶋幸三会長もOBだ。一方、Hondaの選手の前所属の欄を見ると、筑波大出身者はゼロ。それゆえの「うちに来ない?」なのだろうが、Hondaで働きながらサッカーを続けるのも、悪くない選択肢だと個人的には思う。少なくともJクラブに負けないくらい、サポーターから大切にしてもらえるのは間違いない。
■ディフェンスの枚数をめぐる駆け引き
企業チームと大学チームという違いはありながら、Hondaと筑波大にはいくつか共通点があった。どちらも3バックと4バックを併用し、しっかりパスをつなぐサッカーを志向していることだ。この試合のHondaは3バック。対する筑波大は、当初は4バックが予想されたが、相手に合わせるかのように3バックを選択した。
前半はHondaが多くの時間帯でボールを握るも、筑波大の的確なプレスとブロックに阻まれ、なかなかゴールを奪うことができない。逆に先制したのは筑波大。22分、小林幹が右サイドでのプレッシングからインターセプトに成功し、こぼれたボールを和田育が折り返すと、スタメン最年少19歳の瀬良俊太が右足ダイレクトでネットを突き刺す。筑波大は、初シュートが先制ゴールとなった。
1点ビハインドで迎えたハーフタイム、Hondaは中盤の2枚替えを決断する。山藤健太と大町将梧を下げて、佐々木俊輝と石田和希を投入。単に人を替えるのではなく、システムを3バックから4バックに変更するための交代であった。この意図について、Hondaの井幡博康監督は「1対1で相手に主導権を握られていたので、相手とのミスマッチを作るため」としている。
指揮官の狙いどおり、後半が始まると5バック気味に守る筑波大との間に、次第にギャップが生じるようになる。そして64分、ペナルティーエリア右角付近でFKのチャンスを得ると、途中出場の石田が短い助走から左足を振り抜き、弾道はGKの逆を突いてゴールのニアサイドにすっぽりと収まる。ついにHondaが、同点に追いついた瞬間であった。
その後もHondaはチャンスを作り続けるも、筑波大の粘りもあって追加点が奪えない。そして延長戦を覚悟した90+1分、相手のクリアを堀内颯人が押し込んでボールがつながり、最後は巧みな反転から佐々木が右足で相手DFの股間を抜くゴールを決める。これが決勝点となり、Jクラブへの挑戦権はHondaが得ることとなった。
■Hondaが本気で「優勝」を目指す根拠とは?
試合後、筑波大の先制ゴールを決めた1年生の瀬良に話を聞いた。「相手のほうが上手かったですね。点は取れましたけど、内容的にはぜんぜんダメでした」と、まずは反省の弁。その上で「ここまで来られたのは、正直(自分たちの)実力だとは思っていないです。偶然の勝利を得るために、ひとりひとりのアクションが結果に結びついたのかなと」。その上で「これからは残りのリーグ戦を頑張りたいと思います」と締めくくった。
思えば今大会の筑波大は、ミラクルの連続だった。東京武蔵野シティFCとの3回戦では、終了間際と延長前半に2度追いつき、120+1分で勝ち越しに成功。続く4回戦の高知ユナイテッドSC戦も、1−2の状態から90+6分で追いつき、108分に逆転に成功している。Hondaを相手に3度目のミラクルとはならなかったものの、ベスト8で唯一の大学チームとして、好勝負を演じながら存在感を発揮してくれた。その健闘ぶりには、心からの拍手を送りたい。
一方、勝利したHondaの井幡監督。終了間際で決勝ゴールが決まったことについては「あれほど決定機を作っておきながらね(苦笑)。今季のリーグ戦で苦しんだ理由もそこにあったと思います」としながらも、「交代で入った選手たちが点を取ってくれたのは良かった」と評価。今後の戦いについては「ようやくスタートラインに立てたという感じ。ここからが(本当の意味での)天皇杯だと思っています」と、安堵感を滲ませながら語っていた。
JFLで無類の強さを誇るHondaにとり、天皇杯でJクラブを倒すことは最大のモチベーションとなっている。前回大会は、3つのJクラブに勝利して準々決勝に進出しており、その中には3日後に対戦する徳島も含まれている。また90年と91年には、2大会連続でベスト4進出。今大会のHondaは「優勝」を目標に掲げているが、ここから先の戦いは決して未体験ゾーンではない。元日の国立のピッチに、Hondaの選手たちが立っている可能性は、十分に現実味のある話だ。
かくして天皇杯は5回戦を終えて、アマチュア48チームのうち福山とHondaが、Jクラブへの挑戦権を得ることとなった。準々決勝と準決勝は、今大会の台風の目となっている福山の冒険を追いかけながら、Hondaには決勝の舞台での再会を楽しみに待つこととしたい。
<この稿、了。写真はすべて筆者撮影>