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サウジアラビアの対カタール断交:イラン包囲網の「本気度」

六辻彰二国際政治学者
カタール・ドーハの官公庁街(資料)(写真:ロイター/アフロ)

6月5日、サウジアラビアはペルシャ湾岸のカタールとの国交断絶を発表。これにあわせて、エジプト、アラブ首長国連邦(UAE)、イエメンなど、6月7日までにイスラーム圏8ヵ国がカタールとの国交を断絶しました。

これによって、既にイスラーム諸国ではカタール航空の乗り入れが規制されるなど、ヒト、モノ、カネの移動が制限され始めています。日本が2014年に輸入した石油の9.6パーセント、天然ガスの18.5パーセントはカタール産。突然のように表面化したイスラーム諸国間の亀裂は、日本にとっても小さくないインパクトをもちます。そして、サウジなどによるカタールへの「制裁」は、この後に続くであろう宗派間対立の激化に向けた前哨戦ともいえます

カタールに対する「制裁」

サウジアラビアは世界屈指の産油国。その豊富な石油の生産量を調整することで、世界の原油価格を左右できることから、「スウィング・プロデューサー」と呼ばれます。

その一方で、サウジアラビアはメッカとメディナというイスラームの二大聖地を擁していることから、イスラーム、特にスンニ派の盟主としての地位を占めます。ワッハーブ派と呼ばれるスンニ派の一派が国教で、政教一致の厳格なイスラーム支配が貫徹した国です。

そのサウジにとって、原油埋蔵量が豊富で、君主制、スンニ派のイスラーム支配などの点で共通するペルシャ湾岸の6ヵ国(クウェート、UAE、カタール、バーレーン、オマーン)は「足場」でもあります。

このうち、カタールは一人当たりGDPで8万ドルを超えており、湾岸諸国で最も富裕な国です。豊富な資金力を背景に、衛星テレビ局アル・ジャズィーラを開設したり、2022年のサッカーワールドカップが開催されることが予定されるなど、開放的な一面をもちます。

今回、サウジ政府は、大きく二つの理由をあげて、「足場」の一国であるカタールと国交断絶に踏み切りました。第一に、カタールが「ムスリム同胞団や(パレスチナの)ハマスなどのイスラーム過激派を支援していること」、第二にカタールが「イランと良好な関係にあること」です。

ムスリム同胞団への支援

20世紀初頭にエジプトで結成されたムスリム同胞団は、世界最古のイスラーム主義組織であり、救貧活動などを通じて貧困層に支持を広げてきました。各地に支部があり、このうちパレスチナ支部から枝分かれしたのが、パレスチナ解放を目指してイスラエルと対決し続けてきたハマスです。

2011年、中東一帯を覆った政変「アラブの春」のなか、エジプトで30年に渡って権力を握っていたムバラク大統領が失脚。同国で初となる民主的な選挙を経て、2012年にはムスリム同胞団系のモルシ政権が誕生しました。ところが、翌2013年、軍のクーデタでモルシ政権は崩壊。これを機に、ムスリム同胞団は各国で抑圧の対象となりました。

ムスリム同胞団もハマスもイスラーム主義組織ですが、やはり厳格なイスラーム支配のもとにあるサウジなどとは、必ずしも相性がよくありません。特に、ムスリム同胞団は国境を越えたムスリムとしての連帯や結束を強調しますが、これは現状の国境線に基づいて権力を握っている各国政府、とりわけサウジなどの専制君主にとっては、脅威ですらあります

そのうえ、ハマスはパレスチナ問題をめぐってイスラエルとの対決姿勢を隠しませんが、これもサウジなど各国政府にしてみれば「イスラエルとの対決に引きずり込もうとする」迷惑な存在と映りがちです。そのため、欧米諸国と同様、これらの各国は、ムスリム同胞団やハマスを「テロ組織」として取り締まってきたのです。

しかし、なかにはムスリム同胞団を支援し続けている国もあり、その代表格がトルコとカタールです。これら両国は、大衆運動としてのムスリム同胞団への支援を通じて、イスラーム世界における勢力の拡大を図ってきたといえます。その結果、これまでにも、例えばリビア内戦でムスリム同胞団が参加する反政府組織と政府のいずれを支援するかで、カタールとムスリム同胞団を敵視する各国政府とりわけエジプトなどとの不和は指摘されてきました

サウジとイランの歴史的確執

つまり、サウジからみて、ワッハーブ派の君主国でありながら、(西側メディアばりの「報道の自由」を掲げるアル・ジャズィーラの創設を含めて)カタールは「改革派」であり過ぎるという意味で、目につく存在だったといえます。ただし、それはいわば周知の事柄であったため、それだけを理由に、このタイミングでサウジ政府がカタールへの「制裁」に乗り出したとはいえません

したがって、第二の理由、「イランとの良好な関係」の方が、むしろ今回のカタール「制裁」の決定的な理由といえます

もともと、スンニ派の盟主サウジアラビアと、シーア派の中心地イランとの間には、歴史的な確執がありました。近年では、イランがシリアのアサド政権や、イエメンのシーア派反政府勢力「フーシ派」を支援。これに対して、サウジは他の湾岸諸国とともに、スンニ派民兵などへの支援を強化。その結果、これら各国では、サウジとイランの代理戦争の様相を呈してきました

一方、サウジは1970年代から経済、安全保障の両面で米国と協力関係にありますが、オバマ政権はイランとの関係改善を模索。2015年12月、イランと欧米諸国やロシアの間で、イランの原子力開発を認める一方で兵器利用を禁じる内容の合意が結ばれたことは、サウジの危機感を強めました。その結果、2016年1月には、サウジはイランとの国交を断絶するに至っています

トランプ外交の余波

サウジがイランと断交したことは、米国に対して「どちらにつくか」の踏み絵を差し出すものだったといえます。これに対して、オバマ政権はイランとの関係改善を前提にしていましたが、トランプ政権の誕生で状況は一変しました。イランを敵視し、その核・ミサイル開発に批判的なトランプ政権は、スンニ派の湾岸諸国との伝統的な同盟関係に大きくシフトしたのです。

5月、大統領に就任後、初の外遊で中東を歴訪したトランプ氏は、サウジアラビアでアラブ諸国首脳を前に「テロの撲滅」とともに「イラン包囲網」の強化を呼びかけました。そのうえで、1100億ドル相当の武器を米国がサウジアラビアに売却することを含め、両国の間に4000億ドル相当の商談が成立しました。

このなかには、トランプ氏が大統領選挙中に公約していた、米国内の公共事業のためのインフラ投資ファンドにサウジの公共投資基金が400億ドル出資することも含まれます。つまり、トランプ政権にとって、サウジの豊富な資金力は国内政治上も重要な意味を持つに至っているのです。

ロシアとの歴史的な接近

この背景のもと、イランに敵対的なトランプ政権の誕生は、サウジにとっても、いわばイラン包囲網を強化する「追い風」になったといえます。カタールとの国交断絶に先立つ6月1日、サウジはロシアとの間で、原油価格の安定化にむけた協議を実施

冷戦期、専制君主国家サウジアラビアと共産主義国家ソ連との間には、イデオロギー的な対立がありました。冷戦後も、プーチン大統領はチェチェンなどロシア国内のイスラーム過激派をサウジが支援していると度々批判してきました。そのうえ、2000年代以降、ロシア派天然ガスの大輸出国として台頭するなかで、サウジの前に巨大な商売敵としても立ち塞がることになったのです。

そのロシアと直接的に協議の場をもったことは、サウジにとって、原油価格の安定だけでない意味がありました。

冷戦期以来、ロシアは中東において、イラン、シリアなどと良好な関係にあります。シリア内戦においても、ロシアはアサド政権の強力な後ろ盾として影響力を保ってきました。そのロシアと直接交渉の糸口をつかんだことは、現在のサウジにとって優先順位の高い「イラン包囲網」を形成するなかで、重要なステップとなり得ます。これも、サウジの「イラン包囲網」に対する本気度を示すものだったといえるでしょう。

カタールの独立と孤立

ところが、スンニ派の盟主サウジアラビアの方針とは裏腹に、カタールはイランと独自の関係を築きつつありました。カタールはイランから食料を輸入している他、最近では両国間で地下でつながっているガス田開発での連携を強化

先述のように、サウジアラビアのあまりに大きな影響力のもと、湾岸諸国の「改革派」として、カタールは独自の外交方針を模索してきました。しかし、イラン包囲網を強化しつつあるサウジ政府からみれば、カタールの独自路線は見過ごせないレベルに達していたといえます。

そんななか、5月24日には国営カタール通信に対するハッカー攻撃が発生。カタールのタミム首長が「アラブ諸国によるイラン敵視には根拠がない」と発言したというフェイクニュースが流出しました(とカタール政府は説明している)。これにより、サウジ政府の態度は一気に硬化し、カタール「制裁」に傾いたとみられます。それは裏を返せば、それだけ「イラン包囲網」の形成に向けたサウジの意思の固さを示しているといえるでしょう。

国交断絶はいつまで続くか

今回の国交断交の結果、カタールには砂糖など必要な物資の流入が制限され始めています。事態が長期化すれば、ヒト、モノ、カネの移動が制限されることは、カタールだけでなく、周辺国にとっても経済機会の喪失を意味し、双方ともに大きな経済的損失を被ることは避けられません。のみならず、それは石油・天然ガスの価格として、国際市場に影響を及ぼし得ます。

それでは、事態は早期に収束に向かうのでしょうか。トルコやクウェートが既に仲介に名乗りをあげており、カタール政府は「対抗措置をとらない」で、対話の用意があると明言しています。

その一方で、「タミム首長の退任」が事態解決の最も手早い手段というロイター通信の論説は、あまりに帝国主義的、植民地主義的であるとしても、サウジ政府が納得するためには、カタール政府が何らかの措置をとる必要があります。そこで焦点になるのは、カタールがイランとの関係を見直すか、にあるとみられます。

既に述べたように、サウジなどにとって、カタールとムスリム同胞団やハマスとの関係は、面白くないとしても、自らにとって死活的な問題とはいえません。その一方で、現状のサウジアラビアにとって「イラン包囲網」の形成は、極めて優先順位の高い課題です。この点でカタール政府が譲歩すれば、サウジにとっても「諸刃の剣」である経済制裁を長期化させるリスクを回避できます。

ただし、カタールがイランとの関係を見直す場合、「アラブ対イラン」の対立はこれまで以上に激しくなることも予想されます。その意味で、今回のカタール断交は、きたるべき宗派間対立の激化の前哨戦とみることができるでしょう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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