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なぜ今、ロシアはシリア空爆に踏み切ったか-米国世論から読み解く

六辻彰二国際政治学者
(写真:ロイター/アフロ)

9月30日、ロシアがシリアでの空爆を開始しました。ロシア政府は、その目的が「テロ組織と戦うシリア政府の支援」であり、その攻撃対象は「ISなど過激派」と強調しています。

しかし、米国政府だけでなく欧米の研究者やNGOの間でも、多くの民間人が犠牲になっているうえ、その標的にはISやアルカイダ系の「ヌスラ戦線」だけでなく、欧米諸国、湾岸諸国、トルコなどが支援する反政府勢力も含まれているとみています。そのため、10月2日には、米国や英国だけでなく、サウジアラビア、カタール、トルコなどを含む7ヵ国がロシアを非難し、「シリア反体制派と民間人への空爆を直ちに停止すること」を求めました。これに対して、ロシア政府は空爆をむしろ強化する方針を打ち出しており、米国政府に対してシリア国内で反体制派を支援している米軍関係者を撤収させるように要求するなど、強硬な態度をみせています。

チェチェンやウクライナでみられたように、ロシアによる軍事活動は、欧米諸国のそれと比較して、国際的な評価などへの顧慮は薄いものになりがちです。それは、民間人を巻き込まないようにすることより、とにかく軍事的な成果を優先させるものとなりやすく、その意味では効果があがりやすいといえるでしょう。

ただし、苛烈な軍事攻撃が新たな憎悪と報復の連鎖を生むことは、チェチェンの歴史が示しています。したがって、「敵」とみなす勢力を長期的にも力ずくで抑え込まざるを得ない道を辿りやすいという意味で、ロシアのアプローチが効果的か否かは簡単に評価できないところがあります。

いずれにせよ、ロシアが軍事活動に踏み切ったことで、シリア情勢がより複雑化したことは確かです。それでは、なぜこのタイミングでロシアはシリアでの軍事行動を開始したのでしょうか。

ロシアによる介入を可能にした背景

既に多くのウォッチャーが指摘しているように、ロシアによる介入は、主に以下の5つの条件が重なって生まれたといえます。

  1. ロシア政府はソ連の時代からシリアのアサド政権と密接な関係にあり、「アラブの春」の最中の2011年2月に本格化したシリア内戦では、一貫して同政権を支持してきた。これは、反アサドを掲げる世俗派中心の反体制派連合体「自由シリア軍」(FSA)や、その政治部門「シリア国民連合」、さらにこれらを支持する欧米諸国との対立を呼んでいた。
  2. シリアから離れても、昨年のクリミア半島併合に代表されるように、欧米諸国とロシアが対立するシーンは増えている。
  3. 一方で、例えば軍拡をともなう海上進出だけでなく、経済成長をテコに「アジアインフラ投資銀行」を設立して金融部門でも米国の牙城の切り崩しを図るなど、全方位的にワシントンとの対抗を図る北京と異なり、ロシアの場合は天然ガス輸出と軍事力以外の分野で欧米諸国と対抗することが困難。しかも、昨年来の原油価格下落により、ますますロシアの選択肢は狭まっている。その状況はかえって、ロシアが国際的な存在感を示そうとするとき、より軍事的なオプションを採りやすくもしている。
  4. さらにその一方で、米国主導の有志連合による反体制派の支援とIS攻撃は、必ずしも大きな成果をあげていない。欧米諸国や湾岸諸国はシリアにおける友好的な現地勢力への補給などが困難なため、FSAの一部は欧米人を誘拐して過激派に売り飛ばすなど、野盗と変わらない存在になり果て始めている。なにより、9月16日の米国議会公聴会で、米軍が訓練したシリア反体制派のうち戦闘に参加している者が4~5人だけと発覚したことは、その対シリア政策の行き詰まりを象徴する。それは翻って、これまでアサド政権を外交的に支持しながらも直接的な支援を控えていたロシアに、シリアに割り込むチャンスを与える「敵失」になっている。
  5. 最後に、40万人以上のシリア難民がEUに流入したことは、ロシアにとってシリアへの直接介入を容易にする要素となった。欧米諸国は当初、(以前から敵対していた)アサド政権の退陣こそがシリア危機打開の道と強調していたが、シリア内戦が長期化し、これがISの台頭を促すなど国際的に大きな影響を及ぼしながらも、有志連合が目立った成果をあげられないなか、ヨーロッパ中小国からは既にアサド政権との関係を見直すべきという声があがっていた。これに反対していたのは米英仏などであったが、このうちフランスは難民の大量流入を契機に、その問題の根にある危機克服のために、それまで「アサド政権を利する」として控えていたシリア空爆に9月に踏み切るなど、その方針にシフトが生まれている。米国などを除き、欧米諸国の多くが「アサド容認」に傾き始め、一方で繰り返しになるが欧米諸国による介入が大きな成果をあげられないなか、チェチェンなどでもみられたロシア軍特有の「断固たる」介入により、ISを含む反政府勢力を迅速に掃討できれば、それは将来的なアサド政権存続のための「既成事実」を作り出すことになる。精緻な論理より「既成事実」が有無をいわせぬ力をもつことは、昨年のクリミア半島併合でもみられたことで、国際関係において珍しいものではない。

これらの背景のもと、ロシアは9月初頭から先遣隊を送り、シリアへの軍事介入に向けた準備を進めてきました。9月13日にはロシア軍がシリアのラタキア県の軍事施設に滑走路を建設し、数百人の軍事顧問や技術者が派遣されました。ここには、9月21日の時点で、28機の戦闘機や爆撃機が配備されていたとみられます。そして、冒頭に述べたように、9月30日からロシア軍による空爆が始まったのです。

米国民はイラク、シリアをどうみているか

ただし、以上の5点に加えて、米国内の世論もまた、ロシア政府の判断を可能にした要素として無視できません

10月2日、オバマ大統領はロシアのシリア空爆がIS対策としては「逆効果」であると非難したうえで、「シリアでの代理戦争はしない」とも明言しました。

米国とロシアが一つの国で「正式に」軍事活動を行うのは、第二次世界大戦以来のことです。冷戦時代、朝鮮戦争、ヴェトナム戦争、アフガニスタン内戦、アンゴラ内戦など、数多くの米ソ代理戦争がありました。しかし、これらの場合、米ソいずれかの軍隊が当該国政府を支援して駐留・活動した場合、相手側は反政府勢力への援助を行いながらも、その国のなかで直接的な活動を行うことは基本的にありませんでした。核戦争に発展することを最も恐れた両者は、相手の「縄張り」には過度に関わらないことで、直接対決のリスクを軽減させていたといえます。これと比べると、現代のシリア情勢は異常ともいえる状況です。

ただし、米ロが直接対決の回避を大前提にしていることは、現代でも基本的に同じとみてよいでしょう。だとすると、ロシア側にはシリアで強硬策をとっても、米国が現状以上に関与する可能性は低く、自らのペースでコトを進められる目算があったとみられます。この観点からみるとき、重要なのは米国内の世論です。

米国のシンクタンク、ピュー・リサーチ・センターが7月22日に公表した調査結果によると、「イラクとシリアでの軍事活動がうまくいっているか」という問いに対して、「とても」、「ある程度」うまくいっているという回答が合計30パーセントだったのに対して、「全く」、「あまり」うまくいっていないという回答は合計62パーセントにのぼりました。今年2月の調査結果(「うまくいっている」が合計36パーセント、「うまくいっていない」が合計58パーセント)と比べると、米国民の間でイラクやシリアでの軍事活動の成果への懐疑的な態度が広がっていることがうかがえます。

そのうえで注目すべきは、「イラクとシリアに対する『過度の関与』と『不十分な関与』のうち、より大きな懸念はどちらか」という質問に対する回答です。回答全体でみると、「過度の関与」つまり「イラクやシリアの情勢に深入りして米国の負担や犠牲が大きくなること」をより大きな懸念と答えたのが43パーセントだったのに対して、「不十分な関与」つまり「イラクやシリアの情勢への関わりを控えて混乱が続くこと」をより大きな懸念と答えたのは48パーセントでした。ここからみると、ほぼ拮抗しているものの、わずかながらイラクやシリアへの関与を増やすことに肯定的な回答者が多いことが分かります。

ただし、細かい内訳をみると、回答全体の平均的な傾向とは異なる側面がうかがえます。支持党派別でみると、民主党支持者のうち、「より大きな懸念」として「過度の関与」をあげたのは57パーセントでしたが、「不十分な関与」をあげたのは35パーセントでした。これに対して、共和党支持者のうち、「過度の関与」をあげたのは23パーセントにとどまりましたが、「不十分な関与」をあげたのは69パーセントにのぼりました。ここからは、オバマ大統領の所属する民主党の支持者に、イラクやシリアの情勢に現状以上に関与することへの否定的な態度が、共和党支持者に肯定的な態度が、それぞれ顕著なことがうかがえます。

同様のことは、「イラクやシリアに地上部隊を送ることの賛否」に対する回答からも見て取れます。この質問に対して、民主党支持者のうち地上部隊の派遣に賛成したのは31パーセントにとどまりましたが、これに反対したのは63パーセントにのぼりました。これに対して、共和党支持者のうち「賛成」は63パーセント、「反対」は32パーセントと、ほぼ対照的な結果になっています。

米国政府のアキレス腱-国内政治

良くも悪くも、米国は民主的な国です。しかし、その一方で、民主的であることは、必ずしも多数派の意見が通ることを保障するものではありません。どんな国の政府であれ、自らの支持基盤とそれ以外の声を同列に扱うことはありません。つまり、平均的には、僅かながらもイラクやシリアへの関与を増やすことに肯定的な意見が多数派であったとしても、オバマ政権の支持基盤である民主党支持者に「過度の関与」への懸念が強いことは、米国政府をして地上部隊の派遣を含むより積極的な関わりを控えさせるといえるでしょう。この世論が、モスクワに一つのゴーサインとなったことは、想像に難くありません。

のみならず、イラクやシリアに空爆以上の関与をもつことは、オバマ大統領自身のスタンスからいっても困難です。ドイツ、フランスを含む多くの国から反対されながら、イラクにまで戦線を広げた前任者ジョージ・ブッシュ大統領(当時)が対テロ戦争の泥沼に陥り、米国に対する信頼を低下させたなかで登場したオバマ大統領は「国際協調」を基調とし、イラク駐留米軍の撤退を自らの成果としてきました。それにともない、オバマ政権の安全保障は中国を念頭にアジアシフトをみせてきました。そのオバマ大統領にとって、再び中東に部隊を進めることは、自らの成果を否定することにも繋がりかねません。

そのオバマ大統領の任期は2017年1月に切れるため、最近では大統領選挙に向けた民主党、共和党の予備選挙が米国民の関心を集めています。そのなかで、民主党ではヒラリー・クリントン元国務長官の立候補が内外から注目を集めていますが、これに対する共和党陣営は混迷の度合いを深めています。

大統領候補を選ぶ共和党予備選挙では当初、不動産王ドナルド・トランプ候補が、その歯に衣きせぬパフォーマンスで注目され、支持率でトップを独走していました。そのあまりの人気ぶりに、当初は討論会で他の候補がトランプ批判を控えたほどでした。しかし、その「舌禍」ともいうべきパフォーマンス過多により、徐々に支持率は低下。他方、著名な小児神経外科医で福音派のベン・カーソン候補が、キリスト教保守派を中心に支持を伸ばし始めています。これら「政治家以外」の候補が支持を集めるなか、当初は有力視されていたジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事は、9月半ばの段階で3位につけるなど苦戦を強いられています。いずれにせよ、トランプ旋風がひと段落したことで、共和党予備選挙は「ふりだしに戻った」ともいわれます。

米国大統領選挙は、各党の予備選挙を含めると2年に及ぶ長丁場です。そのため、その結果を軽々に予測することはできませんが、公的なメールアドレスを私的に使った件で批判され、一時の勢いを失った感はあるものの、その知名度などからクリントン氏が有利なレース状況であることは変わらないように思われます。

仮に「クリントン勝利」のオッズが高いとするなら、それはポスト・オバマの外交・安全保障が、基本的にオバマ路線を継承するものになることを予測させます。先述のように、民主党支持者の多くはイラク、シリアへの深入りを警戒しています。この傾向は、大統領が交代しても、大きく変化しにくいとみられます。そのうえ、クリントン氏の中国嫌いは有名で、これはアジアシフト路線を定着させる一因になり得ます。つまり、「米大統領選挙でクリントン勝利」とみるなら、それはロシアにとって、「米国が中期的に中東に対してこれまで以上の関与をしない」という目算につながるといえます。

米ロのパワーバランスのゆくえ

このように米国政府の足元をみて、シリアに関して強硬な態度をとる一方、ロシア政府は米国との対立一辺倒に向かっているともいえません。

ロシア軍がシリア空爆を開始した直後の10月3日、ウクライナの親ロシア派が2月のミンスク合意(ミンスクII)にしたがって、同国東部の緩衝地帯から戦車を撤収させ始めました。その前日、パリで開かれたウクライナ、ロシア、ドイツ、フランスの四者協議では、「翌日の戦車部隊撤収」が発表されていました。その発表通りに実現した親ロシア派の戦車部隊撤収により、ウクライナ危機はこれまでになく和平に向けて前進したと評価されます。

「第二次世界大戦後のヨーロッパにおける最大の危機」とも呼ばれたウクライナ危機は、米ロ間の一つの大きな対立軸でした。この方面において、しかし仏独の仲介を踏まえて、ロシアは欧米諸国との緊張関係を和らげる意思を明確にしたといえます。もっとも、ミンスクII自体がロシアにとって有利な内容が多いため、ウクライナをめぐる情勢が「引き分け」になったとはいえません。とはいえ、何を優先するかは、それぞれの立場で異なります。多くのヨーロッパ諸国にしてみれば、身近なところでロシアとの軍事的緊張が続く状態を解消することに、高い優先順位が置かれたとしても、不思議ではありません

いずれにせよ、これによってウクライナ危機が最大の山場を越えたとするならば、そしてそれがロシア側の「譲歩」によって実現したとするなら、それはロシアからみて欧米諸国への「貸し」になります。この観点からすれば、シリアをめぐる、一見したところ「頑迷な介入主義者」と映るロシアの強硬な態度は、絶好のタイミングに裏付けられたものといえます。そして、これに対する米国の反応は、今後の国際政治のゆくえを少なからず左右するインパクトをもつとみられるのです。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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