『ビリー・エリオット』は、なぜ人々の涙を誘うのか
ミュージカル『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』は、映画好きなら誰もが知る『リトル・ダンサー』(2000年)をもとに作られたミュージカル作品です。脚本家、リー・ホールの体験が元になったオリジナルストーリーで、映画に感動したエルトン・ジョンが舞台化を提案し音楽を手掛け実現しました。トニー賞を始めローレンス・オリヴィエ賞受賞など、世界中で大ヒット。しかも英米トリプルキャストのビリー役・少年全員が主演男優賞を同時受賞したことは、ミュージカル界でも初の快挙!名実ともに愛される作品となりました。日本初演は2017年。菊田一夫演劇大賞、読売演劇賞選考委員特別賞などを受賞し、高い評価を得ています。コロナ禍の2020年を経て、2024年は3度目の上演です。
「気がつけば涙がこぼれていた」「ビリー役4人全員を観たい」など、観劇した方からはいずれも感動のコメントが綴られ、現役ミュージカルスターもお薦めの作品に挙げていたり、何かと話題に上ります。なぜ『ビリー・エリオット』は人々に愛され涙を誘うのでしょうか。
―夢をかなえる少年たちの輝き
『ビリー・エリオット』でタイトルロールを演じるのは子どもです。バレエダンサーを目指す少年の物語ですが、バレエを踊っていたと思えば華麗にタップを踏み、ジャズのエッセンスが入るダンスがあれば、椅子の上を側転する器械体操の要素まで。バック転に縄跳び…フライングはかなりスピーディで思った以上に飛び回ります。どこまでできなければいけないのかと、観ているこちらが困惑するほどの難しさ。加えて歌もあり、バレエに惹かれていく様子、親に言えない秘密を持ってしまう、やりたいことが自分の中ではっきり分かり主張していく強さなど、揺れる心情を細かく演じなければいけない。大人顔負けの能力が要求されます。出ずっぱりのため、かなりのレベルに達しないと観客が満足できるものになりません。しかもバレエがベースにありながらミュージカルであり、ストレートプレイを観ている感覚にもしてくれます。
しかもこの作品は、海外のクリエイティブチームが来日してオリジナルと同じように作られるので、感覚も考えも日本と違う外国人スタッフが英語で進行する現場にも対応するという大変さがあります。
―1375名の応募者から4名が選ばれた
1375名の応募者から1年以上にわたるレッスン形式のオーディションで、ビリー役には最終的に4名(浅田良舞/石黒瑛土/井上宇一郎/春山嘉夢一)が選ばれました。これはご覧いただく方には分かりますが、とてつもない体力が必要であり、舞台上での立ち位置、動き、覚えることは永遠に出てきて、リアルな少年たちの成長物語でもあります。バレエダンサーを目指すビリーと、ビリー役を目指す少年たちの、夢をあきらめない姿は現実と舞台が交差しながら、心に刺さります。1幕の最後(「Angry Dance」)はダンスで爆発!ビリーの魂が発光してエネルギーを拡散しているのが目に見えるようで体が熱くなり、この情熱に涙があふれます。
―厳しい時代背景
1980年代、イングランド北部の炭鉱町を舞台に、母を亡くし、炭鉱で働くお父さん(益岡徹/鶴見辰吾)、兄・トニー(西川大貴/吉田広大)、おばあちゃん(根岸季衣/阿知波悟美)と暮らすビリー少年が“バレエ”と出合い、自分らしさを手に入れて新たな人生を切り開いていきます。少年の成長だけでなく、炭鉱作業員たちが労働問題・ストライキ・政治と闘う姿が背景にあります。周囲の大人たちが抱える事情が相まって、内容に奥行きが出てくるのです。労働者たちの誇り、家庭での出来事、家族の関係などを丁寧に描いたことで物語の理解が進み、我がことに置き換えて観ることができます。状況が分かるからこそ泣けてきます。
―未来に向けて突き進むビリーと、未来が見えなくなる大人たちの対比
バレエをやりたい気持ちがはっきりして夢を追い求めるビリーと、廃坑寸前でこれまで積み上げてきたものが崩れる、家族を養ってきたのは自分だと胸を張っていた仕事がなくなってしまう状況に、荒れる一方の大人たち。
登場人物は皆血気盛んで熱い人ばかり。炭鉱があった九州の言葉で演じられているのもよりリアルに感じられます。男は男らしく、女は女らしく、とバレエをやめさせようとする炭鉱作業員のお父さんでしたが、時代が変わり炭鉱の仕事はなくなり閉山へと追い込まれます。多くの労働者が職を失いましたが、時代によって仕事がなくなるのは現代にも通じる話です。
―殺伐とした空気の中のオアシス
ビリーの親友・マイケルが登場すると一気に雰囲気が明るくなり、笑いに包まれます。笑いの中にもマイノリティーに光が当たり、ここにもまた別の課題が見えてきます。
言動に不安がある祖母の存在も、日常の中で大切なこと。おばあちゃんの強さが皆を下支えしています。
ビリーにバレエを教えてくれるウィルキンソン先生(安蘭けい/濱田めぐみ)はぶっきらぼうだけど愛情深く、ビリーの夢をかなえるために欠かせない人。
炭鉱作業員たちの闘争とビリーの夢の他にも多くの話が交わり、より現実的に厚みのある物語へとなっていきます。
―老若男女誰もが共感できるポイント
家族が本気でぶつかり合う光景は昔に比べて大分減ったのではないでしょうか。誰もが物分かりが良くなり、あきらめて我慢したり折れたりしながら、争うことはせずに解決する。ところがこの話に出てくる人たちは激しく主張をぶつけ合い、自分のやりたいこと、思いがとてもはっきりしています。だからこそ相手を心から納得させるように努力したり、納得したからこそ応援したり。ビリーがあきらめずにやりたいことを見つけ夢中になっていく姿から、町も変わっていきます。
最後、ビリーの存在には「感心」の言葉しか出てきません。最後の最後までセンターに立ち、皆を背負おうとするその小さな姿を観ているだけで涙が止まりません。そして、子どもたちの頑張りを成長を間近で見守ってきた大人キャストたちが役を超えて本物だから、支える大人たちの存在にも心を奪われるのだと思います。夢をあきらめないビリーに自分を投影し、家族・仕事・友情・愛情、誰もが抱える普遍的なテーマを自分に置き換えて観るからこそ、人は惹かれるのではないでしょうか。
ちなみに、ビリーが英国ロイヤル・バレエ・スクールのオーディションを受ける際、審査員が質問する場面があるのですが、綾瀬はるかさんが演じていた(声のみの出演)のは終演後に知りました。宇宙から投げかけられているような、でもはっきりとした口調の素敵な声でした。一口メモです。
■ミュージカル『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』
東京公演:東京建物Brillia HALLにて上演中(10月26日まで)
大阪公演:SkyシアターMBSにて11月9日~24日上演予定