30歳になった歌舞伎俳優・中村隼人、みなぎる充実感で新境地へ!
古典や新作にと数多く出演し、今年はスーパー歌舞伎『ヤマトタケル』で主演を勤め、注目を浴びた中村隼人さん。「松竹大歌舞伎」では10年ぶりの全国巡業公演を控え、さらには映像でも活躍を続けているため、幅広いファン層が特徴です。ところが貴公子の雰囲気を漂わせた隼人さんからは、意外なコンプレックスが語られます。立役開眼、中村隼人の歩む道とは…。
―30代になって、変化はありますか?
やりたいことが増えたというよりは、やりたかったことをやらせていただける機会が増えました。今年2月に開幕して今月は8日から上演中の『ヤマトタケル』(博多座)、31日からの「松竹大歌舞伎」全国巡業公演で主演を勤める自分の姿は10年前には想像できませんでした。いつかはやってみたいと思っていた役ですので、機会をいただけてうれしいです。こうしてお仕事をいただけているのは、過去の自分が頑張ったからだと思うようにしています。
―これまでの隼人さんはどう頑張ってこられましたか
何が良くて悪いか、何がプラスでマイナスかは分からずにがむしゃらにやってきました。順風満帆ではありませんでしたから、とても悩みました。同世代は歌舞伎座以外の劇場で主演を任されたりしていましたが、僕は24歳ぐらいまで、1日正座2時間半、胡坐1時間半など座っている役だけ。学校の文化祭も体育祭も出ずに、年間12ヶ月12公演出ても、セリフをもらえる役は2ヶ月しかありませんでした。それが勉強なのですが、当時は腐っていたこともありましたね。
僕は生まれが女方を演じる家系なので、継承すべき立役の芸も多くはありませんでした。僕自身、背が高い、顔の骨格が男っぽい、高音が出ない、と女方としてやっていくには三重苦です。立役より小さくなくてはいけないわけではないですが、小柄な方がいいし、音程も高音が出た方がいいし、化粧も可愛くキレイに見えた方がいいという中で、僕には全部なかったのです(笑)。
―3つ目の「キレイ」は、いけそうな気がしますが?
これが不思議なもので、僕はフランス人形みたいだと言われました。顔の彫りが深くて、着物が似合わないと。顔はパレットなので、歌舞伎には凹凸をなくすための化粧法がありますが、皆自分の顔のコンプレックスを克服する、また、得意分野を生かすためにしていることで、僕は化粧にとても苦労をしました。
ところが、立役より女方を多くやっていた時に(坂東)玉三郎のお兄さんから「別に女方でなくてもいいんだよ。あなたは立役の方がいい」と言われてハッとして、そこから体重も20キロぐらい増やして、立役をやるようになりました。
―素顔のキレイなイメージが強かったので、なぜ立役が多いのかと思っていました
僕が女方として継がなくてはいけない状況でしたらやっていたのかもしれませんが、伯父である(中村)萬寿が長男で家のものを継いでいて、僕の父(中村錦之助)は次男。そんな父の長男として生まれたので、僕は比較的自由でした。
―今まででうれしかった言葉は?
印象に残っているのが、初めて歌舞伎を観た方からいただいたお手紙です。「父は認知症で、どこに連れて行っても前日のことは覚えていません。初めて『ワンピース』歌舞伎を観に行き、歌舞伎を観たことは覚えていないけど、水の舞台が楽しかったと言ったんです」という内容でした。
その水のシーンは、僕が出演していた場面です。歌舞伎は病気の壁を越えられるんだという思いにあふれ、その時から、僕たちは毎日やっているけど、歌舞伎を今日しか観ない、もしかしたら人生で1回しか観ない人がいるということを念頭に置いて、誰かの人生を少しでも変えられるかもしれないという思いでやっています。
―今年は主演公演(「松竹大歌舞伎」)で全国を巡りますね
この10年で僕のことを知ってくださった方も増えたということで、10年ぶりに父と全国巡業公演をさせていただくことになりました。一つこだわったのは“ご挨拶”です。通常は演目の真ん中に「口上」と言って、白塗りした役者が出て「ご当地初お目見えでございます」のような形式のご挨拶があったりしますが、今回は冒頭に素顔でお客様と対話するような雰囲気を考えています。これはなかなかないですよ。
―お支度はどれくらいの時間がかかるのでしょう
本来は、化粧は約30分、衣裳・かつらをつけて、全部で40分ぐらいは必要です。ご挨拶から舞台まで10~15分しかありませんから、せめて化粧はしようかと思ったのですが、お客様がNHK「大富豪同心」をご覧になっている方が多いということで、歌舞伎の白塗りより素顔の方がご存じの顔なのかと思い、やることにしました。
「大富豪同心」は僕の初めての主演ドラマで“令和の見たことない時代劇”です。主演が立ち回りせずに気絶するなんてびっくりしました(笑)。今度パート4(スペシャル)が放送されることになり(12月)、自分の座組が持てた気がしてすごく楽しいです。
公演の演目の一つは『身替座禅』で、世間によくいる浮気男の話です(笑)。京都の上流階級の男が自分より身分の高い女性と結婚、他の人に目移りしたのがバレて奥方に怒られますが、皆様に楽しくご覧いただける、比較的大らかな内容になっています。舞踊でありコメディー、言葉も分かるので見やすいと思います。
実はこういう浮気夫役は初めてです。僕はどちらかというと真面目で硬い性格の人間で、演じる役も柔らかいものより硬い武士みたいな役が多いので、今回は新境地です。
―隼人さんは真面目な方ですか?
神経質です。セリフは一言一句きっちり入っていないと気持ちが悪いし、全部完璧にという気持ちが強いです。ルーティンもあって着物の時は、足袋は絶対に右から履きます。化粧は、まず目は右から作って、口…眉毛は最後で、左から描きます。絶対変えないです。意識的に変えて何か失敗すると、その後結構考えてしまうのです。
演目によって違いますが、例えば『仮名手本忠臣蔵』ではこのようなルールがあります。僕が大星由良之助の息子役で、主君役が切腹に使う腹切り刀を、その方の楽屋から目を合わせず、入ったことも分からないように持って出てこなくてはいけないのです。しかもその楽屋から自分の楽屋まで帰る間は、誰とも喋ってはいけない。すれ違った人から「おはよう」とあいさつされれば返す人もいますが、僕はルールを守ります。そういうことは大事にしていきたいです。
―今年2月から始まった『ヤマトタケル』は博多座で集大成ですね
気持ちを丁寧に表していて、哲学的な話もスペクタクル感、きらびやかさなどで観やすく作っている作品だと思います。観て難しいのではなく、演じて難しい作品ですね。約3時間半の上演時間で、ほぼ出ずっぱり喋りっぱなし。スーパー歌舞伎は演出が派手だからこそ、役者の芝居が演出に飲み込まれそうな感じがあるのです。
―交互出演の市川團子さんとはどんな話をしますか?
「この作品をどうしたいの?古典にしたいの?」とか(笑)。ヤマトタケルを演じてきたのは三代目・猿之助のおじさま(現・市川猿翁)、右近(現・市川右團次)さん、段治郎(現・喜多村緑郎)さん、四代目・猿之助さん、團子くんなど、全員澤瀉屋(当時)です。傲慢な気持ちはないのですが、違う家、萬屋の僕がヤマトタケルを演じることで違う家の人もできるようになると、『ヤマトタケル』が澤瀉屋の作品から古典になっていくと思うのです。團子くんは「考えたことなかったです」と言っていましたが(笑)。彼は猪突猛進、純粋無垢で真っすぐな役者です。
澤瀉屋の方たちにはパワーがあります。演出に負けない芝居ができるからこそ、一子相伝のようにやってきた演目で、僕はスーパー歌舞伎に出させていただくようになってから、感情を大きく動かす、様式、心情など多くのことを意識するようになりました。こうしてお仕事をいただけていることに感謝し、踏ん張っていきたいです。
―将来どんな俳優でいたいですか?
歌舞伎界から必要とされる人間になりたいですね。これは絶対に変わらないです。歌舞伎役者は舞台上で魅力を放たなくてはいけない。素敵な先輩方がたくさんいらっしゃるので、追い付け追い越せで頑張りたいです。
■編集後記
間近で拝見する隼人さんはどの角度からも美しく、このお顔の彫りの深さが悩みの種になるとは驚くばかりです。他の俳優さんをキラキラした目で「素晴らしい」とおっしゃる素直さ、自分の弱点を冷静に見る目をお持ちで、生き方に真っすぐさを感じました。舞台に映像に大忙しになりそうな30代、要注目です!
■中村隼人(なかむら・はやと)
1993年11月30日生まれ、東京都出身。二代目中村錦之助の長男。祖父は四代目中村時蔵。大叔父に萬屋錦之助。2002年、歌舞伎座『寺子屋』の松王丸一子小太郎で初代中村隼人を名のり初舞台。スーパー歌舞伎II『ワンピース』、新作歌舞伎『NARUTO』、スーパー歌舞伎II『オグリ』や近年の古典では、『女殺油地獄』河内屋与兵衛、『源氏店』切られ与三郎などに取り組む一方、歌舞伎以外の舞台・映像作品にも数多く出演し活躍している。「松竹大歌舞伎」は10/31~11/25まで全国巡業公演。スーパー歌舞伎『ヤマトタケル』は、10/8~22まで、福岡県・博多座で上演。NHK『大富豪同心スペシャル』(主演・八巻卯之吉役)は、12月、大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』(長谷川平蔵役)は、2025年1月~放送予定。
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