マイクロソフトによる「故人を再現するチャットボット」特許とIBMによる先行特許について
「故人の再現も?--マイクロソフトによる対話型チャットボットの特許が話題」という記事を読みました。「画像、音声のデータ、ソーシャルメディアの投稿、電子メッセージなどが、”特定の人物の人格を主題とする特別なインデックスを作成または修正"に利用される可能性があると説明されている」と書いてありますが、これだけではよくわかりませんね。
この特許は結構話題になっているようで他にもいくつか記事が出ています。「マイクロソフトが亡くなった人の声をまねるチャットボットを作る特許を申請」といった記事もありますが、「声をまねる」とはどこにも書いてない(原文記事の該当箇所は"mimic")なので一応指摘しておきます。
さて、この特許の特許番号はUS10853717、発明の名称は”Creating a conversational chat bot of a specific person”(特定の人物のチャットボットの作成)、登録日は2020年12月1日、出願日は2017年4月11日です。
発明のポイントは、特定の人物に関するネット上の様々な情報、特にソーシャルネットワークでのやり取りに基づいて、いかにもその人ぽい受け答えをするチャットボットを作成することです。なお対象の人物が故人に限定されているわけではなく、故人をチャットボット化することが例として挙げられているだけです。特許公報には具体的なチャットのイメージがほとんど記載されていないのですが、たとえば、西村ひろゆき氏を再現したチャットボットであれば、何か意見を言うと「それってあなたの感想ですよね?」と返答するという感じでしょうか?
しかし、実際問題として、ネタとして亡くなった有名人ぽい受け答えをするチャットボットを作るくらいはできても、シリアスな用途に使えるとは思えません(将来的に自然言語処理技術がさらに発展すればどうなるかはわかりませんが)。また、「AI美空ひばり」でも議論があったように、コンピューターによる故人の再現には倫理的な観点も重要ですが別論とします。
このアイデア、既視感もあり、とっくの昔に誰かが思いついているであろうと思いましたが、やはり上記の基本アイデア部分は新規性を否定され、マイクロソフトは、実装に近い限定を加えることで権利化に持ち込んでいます。ここで、注目すべきは、その新規性を否定する根拠となった先行特許文献で、何とIBMを権利者とする「サイバーパーソナリティ」に関する特許です。
この先行特許の元々の出願人はRelevanceNowというオーストラリアの企業で、同社が2007年にMyCyberTwinという、自分のパーソナリティに合わせて自動チャットしてくれるサービスを始めた時に取得した特許と思われます。このサービス、私はまったく記憶になく、ネット上の痕跡もほとんど残っていないですが、発表当時の報道記事がまだ見られます。ビジネスとしてうまく行かなかったのでIBMに特許ごと買収されたのではと思いますが詳細は不明です。
なお、細かい話を言うと、マイクロソフトの審査で引用された公開公報(US20090055197A1)に相当する特許(US8160869)はIBMの年金未納により権利消滅しており、同ファミリーでほぼ同内容の特許(US9213940)が権利存続しています。おそらくダブルパテントのような状態になったので無駄を省いたのだと思います。
では、マイクロソフトとIBMの両特許の権利範囲を見ていきましょう(言うまでもなく、先行するIBMの特許の方がかなり範囲が広いです)。
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