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なし崩し的に移民受け入れにならないか「外国人単純労働者受け入れ方針」

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
(写真:ロイター/アフロ)

・外国人単純労働者を受け入れへ

 5月29日に、政府が検討している外国人労働者受け入れ策の原案がマスコミで報道された。原案では新たな外国人労働者受け入れ策として、大幅な人手不足が問題となっている農業や建設業など5分野において、単純労働者の受け入れを打ち出している。2025年頃までに、受け入れ総数は50万人を超すと想定しており、今まで受け入れてこなかった単純労働分野での本格受け入れに踏み込むことになる。

 今回は、特に地域経済への波及効果も大きいことから、地方の企業経営者や自治体の首長などが、外国人単純労働者の導入に積極的な提言を行ったことも大きく影響しているだろう。

・「単純労働者」は存在しないという建前の破たん

 日本では今まで、「単純労働者」の受け入れはしてこなかった。しかし、それは建前であり、実際には100万人を超す外国人が日本で働いており、そのうち40万人を超すのが技能実習生や留学生だ。そして、彼らが従事する仕事の大半は、低賃金の実質的には「単純労働」だ。

 1981年に外国人研修制度が創設され、さらに1993年に技能実習制度として拡充されてきた。日本での就労を希望する外国人から多額の手数料などを取るブローカーの存在や、劣悪な労働環境、パワハラやセクハラなどの問題が頻発し、内外から制度に対する批判が多く出て来た。しかし、政府は、制度そのものの見直しは行わず、研修生の受け入れ期間を3年間から5年間への延長やブローカーが違法な契約金を徴収することの禁止などを打ち出し、さらに2017年には制度の管理を強化する目的で外国人技能実習機構などを新設した。政府は外国人「労働者」としては認めず、あくまで「研修生」として継続する姿勢を見せてきたのだ。

 この結果、現実には不足し続けてきた単純労働者を「外国人」によって補充してきたにも関わらず、「外国人単純労働者」は存在しないことになっているという奇妙な状態が続いてきたのだ。こうした「建前論」は、従来からも内外から批判を浴びてきたが、日本人の人口減少を止めることができず、激しい労働力不足に背に腹は代えられない状態に陥ったと言える。

・お手本シンガポールの厳密な管理

 自社や自宅で家政婦や従業員として雇用している外国人労働者がいるとしよう。仮にその女性が妊娠したことを、雇用者であるあなたに告げたとしたら、どうだろう。

 外国人労働者の受け入れに関して、しばしば事例として取り上げられるシンガポールでは、それを知った段階で雇用者は当局に申し出なくてはいけない。しなければ、罰則が用意されている。そして、義務付けらえている健康診断で妊娠が発覚した労働者は堕胎するか、出国するかのいずれかを選択するしかない。シンガポールでの結婚や出産は原則認められない。

 以前にシンガポール国立大学の教員と話した際に、「外国人労働者は就労することが目的で入国しているのであり、それ以外のことは認められない。仮に結婚や出産を認めることになれば、それは移民を認めることになる。それは契約であり、人権問題とは別次元だ。」と解説してくれた。

 さらに「シンガポールにとって、外国人労働者は国内の労働市場のバッファー(緩衝材)であり、労働市場を絶えずオーバーフローさせておくことで景気が悪化した場合にも自国民の雇用を確保するようになっている」と指摘した。そのため、産業別に定められた外国人雇用上限率や、外国人雇用税などが設けられ、その割合は景況によって見直されるようになっている。さらに、外国人労働者の入国にあたっては、雇用者がシンガポール労働力省に保証金を預託する必要がある。この保証金は、賃金未払いの場合や外国人労働者が行方不明になった場合などには没収されることになっている。

 このように非常に厳しい管理が行われる一方で、雇用者側への管理も厳密である。賃金の未払いや劣悪な動労環境で就労させた場合には、罰金などを科せられる。家政婦などにパワハラやセクハラなどをした雇用者が逮捕された上で、シンガポールの新聞に顔写真入りで糾弾される場合も少なくない。さらに、多民族国家として、政府は人種間の融和を訴え、ヘイト的な言動や行動は厳しく取り締りが行われている。

華やかに見えるシンガポールだが、外国人労働者の増加に反発する国民も多い(画像・筆者撮影)
華やかに見えるシンガポールだが、外国人労働者の増加に反発する国民も多い(画像・筆者撮影)

・政府の管理力の強さ

 シンガポールの場合、ある意味、非常にシンプルである。外国人単純労働者は、契約によってシンガポールで就労する。その契約に違反した場合は、国外退去や罰金を科せられる。また、シンガポール側の都合、つまりは景況などで細かく調整が行われる。さらに面積が東京23区とほぼ同じ島国のため、治安管理が容易であるという点もある。

 シンガポールでは、外国人単純労働者が「移民」にはならないよう厳格に管理されているのだ。果たして日本でこうした管理が可能かどうかについては、様々な問題が存在する。

 シンガポールでは、2014年までには外国人労働者の割合が40%を超し、その結果、不動産価格の上昇、地下鉄などの混雑、社会状況の不安定化などが顕在化し、国民の不満が拡大した。そのため、政府は「シンガポール・コア」政策を打ち出し、外国人労働者受け入れの制限を強めている。この制限強化は、単純労働者だけではなく、高技能労働者にも適用されているため、外資系企業などで駐在員を引き上げる必要がでるなど問題が起きているが、シンガポール政府は2018年にも継続することを発表している。

・30年間の忌避

 日本の外国人労働者政策を見ると、従来も「なし崩し的」な側面を否定しえない。1980年代のバブル景気時期から、いわゆる3K労働(きつい・汚い・危険)での労働力不足が深刻になり、外国人単純労働者の導入が産業界から提起されたが、当時は国民の反発を恐れ、「研修生」という形で導入し、その後も「外国人単純労働者」は存在しないということで継続してきた。また、同時に「日系人」という形で、実際には「外国人」である南米諸国からの労働者を導入した。

 こうした「建前論」によって、結果的に30年間も労働力不足と外国人労働者の受け入れに関しての議論や対策は忌避されてきた。しかし、激しい労働力不足を止めることができず、政府も外国人単純労働者の導入に踏み込むことになった訳だ。もう「外国人研修生」などという他の先進国でも見ることのない制度に終止符を打ち、政府として「労働者」として受け入れることになったのは、一つの進歩だと言える。

日本の製造業の現場では外国人労働者は不可欠な存在になっている。(画像・筆者撮影)
日本の製造業の現場では外国人労働者は不可欠な存在になっている。(画像・筆者撮影)

・「労働者」がなし崩し的に「移民」にならないか

 ここ数年で団塊の世代が70歳を越し、労働市場からの本格的な引退が進む。急激な労働力不足は、すでに止めることができない。残念ながら現在の段階でも、外国人の労働力に依存している体制になっている。今後、さらに厳しい状況が予想され、本格的な外国人労働者の導入は避けれられない。

 しかし、ここで国民的な議論と精密な制度設計が必要になっている。シンガポールのように、就労を目的として入国する「外国人単純労働者」として導入するのであるのか、それとも人口減少対策に対応する「移民」政策の一環として導入するのかである。

 もっとも問題なのは、議論も制度設計もないままに、なし崩し的に「外国人単純労働者」が「移民」となることである。現在も、すでに留学生制度や研修生制度が、なし崩し的に「移民」受け入れになってはいないか。もし、このまま、様々な点が曖昧なまま、なし崩し的に「外国人単純労働者」の大量導入が進めば、国民の反発や混乱が外国人排斥や差別に繋がり、大きな問題になるだろう。

 現状でも、ヘイトスピーチや行動が問題化している日本で、大量の外国人単純労働者をこのまま導入し、取り扱いを誤れば、大きな人種対立や騒乱などを引き起こす可能性があることは、諸外国を見ても明らかである。

 そうした不幸を生まないためにも、「外国人単純労働者」の本格導入にあたっては、活発な議論と検討、そして制度設計が求められる。繰り返しになるが、外国人単純労働者の導入は不回避である。しかし、同時にこの問題は、この国の、そして地域社会の今後の在り方を大きく左右する大きなことである。これを機会に「外国人労働者」導入についての国民的な議論が求められる。

神戸国際大学経済学部教授

1964年生。上智大学卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、京都府の公設試の在り方検討委員会委員、東京都北区産業活性化ビジョン策定委員会委員、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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