「ザッカーバーグがトランプ大統領再選支持」フェイスブックがフェイク広告を削除しない理由
「ザッカーバーグがトランプ大統領再選支持」――。
10月10日からこんな広告が米フェイスブックで配信されている。その内容は全くのフェイクニュースだが、フェイスブックは削除する気配がない。
その発信者は、民主党の大統領候補指名争いでトップ争いを繰り広げる上院議員、エリザベス・ウォーレン氏だ。
フェイスブックはこれまで、広告ポリシーによって、虚偽内容を含む広告の配信を禁止していた。だが最近になってポリシーを変更し、政治家については、この禁止条項から除外していたのだ。
そしてフェイスブックのポリシー変更のきっかけは、「ウクライナ疑惑」で下院による弾劾調査の対象となったトランプ大統領による「フェイク広告」だった。
フェイスブックとフェイクニュース、2020年の米大統領選、さらに「ウクライナ疑惑」…。
「ザッカーバーグがトランプ支持」のフェイク広告は、これらが複雑に絡み合った米国の現状を浮かび上がらせる。
●政治家によるフェイク広告
速報:マーク・ザッカーバーグ氏とフェイスブックがドナルド・トランプ氏の再選を支持。
ウォーレン氏が10月10日からフェイスブックに配信した広告は、ザッカーバーグ氏とトランプ氏が握手するツーショットのサムネイル写真とともに、こう述べている。
だが、それに続いてこんな種明かしをしている。
あなたはおそらくショックを受け、こう考えているのではないか、「まさかそんなこと」。
その通り、これは事実ではない(失礼)。むしろ問題は、ザッカーバーグ氏が実際に“やってしまったこと”だ。ドナルド・トランプ氏にフェイスブック上で嘘をつかせる自由を与えたのだ――そして、フェイスブックに大金を支払って、その嘘を米国の有権者に拡散させる自由を与えたのだ。
広告は、ウォーレン氏の公約である、巨大IT企業の分割を訴える署名ページにリンクしている。
ウォーレン氏が言う、「嘘をつかせる自由」とは、フェイスブックのポリシー変更を指している。
●政治家は対象外
ジャーナリストのジャド・レガム氏は、自身が主宰するニュースレター「ポピュラー・インフォメーション」で、このフェイスブックによる広告ポリシーの変更を検証している。
今年9月以前には広告ポリシーの第4章「禁止コンテンツ」の13条は「誤解を招く、あるいは虚偽のコンテンツ」と題して、このような表記になっていた。
広告、ランディングページ、ビジネス手法は、ユーザーを欺くような主張やオファー、手法などの、詐欺的、虚偽、あるいは誤解を招くコンテンツを含むものであってはならない。
それが、10月に確認すると、内容もタイトルも大きく変更されていたという。
「禁止コンテンツ」の13条のタイトルは「誤情報」となり、内容もこう変更されていた。
フェイスブックは、サードパーティーのファクトチェッカーによって誤りが立証された主張や、また場合によっては、特定の専門性を持つ機関によって誤りが立証された主張を含む広告を禁止する。虚偽であるとみなされた広告を繰り返し配信する広告主は、フェイスブックへの広告出稿を制限される可能性がある。
条文には、「フェイスブックにおけるファクトチェックの詳細はこちら」とリンクが張られ、ファクトチェックに関するQ&Aのページに飛ぶ。
その中の、ファクトチェックの「対象外」の項目では、このように述べている。
このコンテンツには、検証できない主張、作成時点では正確であった主張、主に政治家の意見や政策を示す目的で作成されたウェブサイトやページからの主張のいずれかが含まれています。
つまり、この二つの規定を合わせて読むと、政治家によるフェイスブック広告は、その真偽が問われることなく配信される、ということになる。
そもそも、政治家によるコンテンツがファクトチェックの対象にならない、という点については、元英国副首相でフェイスブックの国際問題・コミュニケーション担当副社長のニック・クレッグ氏が、9月24日に行ったスピーチの中でも明言していた。
我々は政治家によるスピーチをファクトチェッカーに送ることはない。そして通常なら我々のコンテンツルールに違反する内容であったとしても、フェイスブックへの掲載は容認している。
ファクトチェックが政治家を含めない、という運用は2018年の中間選挙前に導入されたものだというが、この規定と結び付けて広告ポリシーを変更したのは、レガム氏が指摘するように、ごく最近のことのようだ。
●トランプ大統領のフェイスブック広告
フェイスブックの広告ポリシー変更が注目を集めたのは、トランプ大統領が9月末から配信を始めたフェイスブック広告がきっかけだ。
ジョー・バイデン氏はウクライナに対し、彼の息子の会社を捜査していた検事総長を罷免すれば10億ドルを支払う、と約束した。
しかし、トランプ大統領がウクライナに汚職捜査をするよう依頼したところ、民主党は弾劾調査を要求した。民主党は腐敗している。
広告にはそんな文言があり、バイデン氏の映像に「もし検事総長が罷免されなければ、金は手に入らないぞ」などのセリフとテロップがかぶせられた動画が埋め込まれていた。
トランプ米大統領がウクライナの大統領に対し、バイデン氏と息子について調べるよう圧力をかけたとされる「ウクライナ疑惑」。
この疑惑をめぐっては、米下院のナンシー・ペロシ議長は9月24日、トランプ氏に対する弾劾調査の開始を表明している。
この「ウクライナ疑惑」の発端となる、トランプ氏のそもそもの主張こそが、フェイスブック広告で述べているバイデン氏に関する“疑惑”だった。
●ファクトチェックで繰り返し否定された“疑惑”
トランプ氏が主張するバイデン氏の“疑惑”については、ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポスト、ポリティファクト、ファクトチェック・オルグなど各メディアがファクトチェックを実施し、繰り返し否定されている。
バイデン氏の息子がウクライナのガス会社の役員を務めており、欧米諸国などが進めたウクライナの汚職対策の中で、バイデン氏が同国の検事総長解任を求めたことは、事実とされている。
だがトランプ氏が主張するような、バイデン氏による「裏工作」を示す証拠はない、という点で各メディアの結論は一致している。
ところが、トランプ氏はフェイスブック広告による攻撃姿勢を強める。
ワシントン・ポストなどによれば、トランプ陣営は10月第1週だけで110万ドルのフェイスブック広告を出稿。そのうちのほぼ3分の2は「ウクライナ疑惑」の弾劾調査に関するものだった。
ファクトチェックによって否定された、トランプ氏による根拠のないバイデン氏攻撃。それがフェイスブック広告として配信されていった背景には、政治家による広告については内容の真偽は問わない、という広告ポリシーの変更があった、ということだ。
●メディアとしてのフェイスブック
フェイスブックは、世界で20億人を超すユーザーを抱える巨大メディアとして、そのコンテンツを管理をめぐる責任を問われ続けてきた。
特にトランプ大統領が誕生した2016年の米大統領選でのフェイクニュース氾濫の舞台として、批判が集中。
フェイクニュース対策として、ファクトチェックの国際連携組織「国際ファクトチェッキング・ネットワーク(IFCN)」と提携し、フェイクニュース排除の取り組みを続けてきた。
だがその一方で、トランプ政権はこの動きを「保守派言論の弾圧」と位置づけ、「表現の自由を守れ」と主張してきた。
※参照:AIによる有害コンテンツ排除の難しさをフェイスブックCTOが涙目で語る(05/18/2019 新聞紙学的)
フェイクニュース排除を求める民主党勢力と、これを「弾圧」とするトランプ政権のはざまで、「判断はユーザーに委ねる」という立場を表明していく。
※参照:フェイスブックはザッカーバーグ氏のフェイク動画を削除できない(06/12/2019 新聞紙学的)
そして今回、「ウクライナ疑惑」によるトランプ氏への弾劾調査、そして2020年の大統領選を控えたタイミングの渦中で、フェイスブックは政治コンテンツには触らない、という姿勢を明確にしたわけだ。
ウォーレン氏のフェイク広告掲載に対して、フェイスブックのメディア向け公式ツイッターアカウントは、こうツイートしている。
ウォーレン様、全米の放送局は、(トランプ氏による)この広告を1,000回近く放送しているようです。これは法律がそう規定しているのです。FCC(連邦通信委員会)は放送局が候補者のスピーチを検閲することを求めてはいません。我々も、判断は企業ではなく、有権者に委ねるのがよいと考えています。
つまり、フェイスブックはテレビ局と同じようなメディアの位置付けにあることを自ら宣言し、政治に「中立」の立場をとる、と述べているのだ。
ただこれは、フェイスブックだけのことではない。
トランプ氏から攻撃の矛先を向けられたバイデン氏は、フェイスブックに加えて、ツイッター、グーグルに対しても、トランプ氏による攻撃広告の削除を要請している。
だが、いずれも「ポリシー違反ではない」として削除要請を拒否した、という。
一方で、トランプ氏の攻撃広告の放送を拒否したメディアもある。
CNNは、弾劾調査について「クーデター以外のなにものでもない」などとしたトランプ陣営のCMについて、「不正確な内容」であることを理由に、放送を拒否している。
●左右両派の広告を「別の理由」で削除
とは言え、フェイスブックが政治家の広告に全く手をつけていない、というわけでもないようだ。
米バズフィードによると、フェイスブックはフェイクニュースとは別の理由で、トランプ氏だけでなく、バイデン氏、ウォーレン氏の広告に対しても、削除を行っているのだという。
バズフィードの集計によると、10月に入って、トランプ氏やバイデン氏らの広告、合わせて160件以上を削除しているという。
10月14日までの集計で、削除件数が最も多かったのは、皮肉にもバイデン氏によるもので117件。トランプ氏に対する弾劾調査に関連するものだった。次いで、ウォーレン氏のクリーンエネルギー推進の広告など28件。
バイデン氏を攻撃するトランプ氏の広告は21件が削除され、うち1件はバイデン氏についての虚偽内容を述べた動画を含むものだった。
これらの広告を削除した理由は、「虚偽内容」ではなく、クリックを呼び込む「偽の動画再生ボタン表示」や「口ぎたない表現」など、別のポリシー違反だった、という。
政治的なハレーションの焦点となっている「フェイクニュース」の論点を外しながら、絡め手でコンテンツ管理の手綱は握る――そんな戦略にも見える。
二枚腰、三枚腰の構えで左右の政治的圧力からバランスを取っている、ということなのだろうか。
米大統領選とフェイクニュースをめぐる構造は、選挙の本番に向けて、複雑さの度合いを増しているようだ。
(※2019年10月15日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)