PFPランキング井上尚弥2位の理由 リング誌選定委員が明かす選考過程
“モンスターの天下”はひとまず終焉
すでに日本でも報道されている通り、8月20日付のリングマガジンのパウンド・フォー・パウンド・ランキングでWBAスーパー、WBC、IBF世界バンタム級王者・井上尚弥(大橋)は1位から2位に後退した。
6月上旬から続いたモンスターの天下は約2ヶ月半で終焉。8月20日、前王者アンソニー・ジョシュア(イギリス)を2-1ながら明白な判定で下したWBA、IBF、WBO世界ヘビー級王者オレクサンデル・ウシク(ウクライナ)がトップに返り咲く形になった。
井上がウシクを抜いた際、同誌のPFPランキング選定委員(パネリスト)の意見が綺麗に割れる大激戦の末、ダグラス・フィッシャー編集長が井上に1票を投じ、5-4で決着した。今回は井上を支持する選者もいたものの、最終的には7-3という差がついている。2019年秋以来、伝統ある同誌のPFPパネリストを務める私もウシクに票を投じたひとりである。
リングマガジンのPFPは各国ジャーナリストによって形成されたパネリストの投票による単なるポイント計算ではなく、オンライン上で議論がなされた上で決定される。チェーンメールによる意見交換の中で、私はこう記した。
「ウシクが1位でいい。私は依然として井上こそが世界最高の選手だと思っているが、(レジュメが重視されるPFPで順位付けした際の)差はごくわずかであり、ジョシュア戦で猛反撃を受けた後の10回、11回に見せたウシクの頑張りは見事だった。自身より大きな選手を相手に、特別なものを見せてくれた。No.1の栄誉を再び受け取るにふさわしい」
ウシクは“史上最高のBサイド”
詳しくはSports Graphic Numberのコラムで詳細に記したが、前回も悩みに悩み抜いた末に井上の1位の昇格を支持した経緯がある。
その際は、3階級をまたにかけて戦い、23戦中9戦が世界王者(未来、過去も含む)という対戦相手の質では井上がわずかに優勢も、直近10戦中9戦を相手の敵地で勝ち抜いたという敵地での実績、クルーザー級統一後にヘビー級も制したという付加価値でウシクがリード。しかし、大舞台で強敵を相手に規格外の勝ち方ができるというアクセントを評価し、井上が逆転したと考えた。
ただ、2人の達人が織り成してきたレジュメの甲乙が極めて付け難いことは言うまでもない。開催地こそ中立地のサウジアラビアながら、DAZNと大型契約を結び直したばかりのジョシュアを相手に圧倒的な”Bサイド”として迎えたリマッチ。ウシクは興行的な“Aサイド”が断然優位なボクシングの常識を覆すような存在であり、今回の戦いぶりもまた実に印象的だった。
中盤まではスキルに勝るウシクが一歩リードするも、ロベルト・ガルシア・トレーナーが新たにコーナーについたジョシュアもボディブローで肉薄。9回、ウシクは明らかにダメージを受けたように見え、勝負の行方は混沌としたかに思えた。
ところが10回、追い詰められたと思われたウシクは、ひと廻り大きな英国人を相手に雄々しく立ち上がる。右フックでダメージを与え、以降も左右のコンビネーションで明白なポイントを奪った。
これが世界中の様々な場所で勝ち続けてきた“史上最高のBサイド”の底力か。戦地となった母国ウクライナの人々の想いが、修羅場でその拳に宿ったのか。
上記のコメントで記した通り、決意を秘めて向かってきたより大柄な元王者を突き放した終盤ラウンドのウシクの勇姿と迫力は、私に再びの1位浮上をサポートさせるに十分なものがあったのである。
今後も順位の変動はありそう
毎回のことだが、異論があるのは百も承知である。フィッシャー編集長が指摘していた通り、直近の5戦中3敗目となったジョシュアは、すでにPFPの上位候補に挙げられるようなボクサーではない。その元王者に苦戦の末に挙げた2勝目を高評価すべきかは意見が分かれるところに違いない。
ここでの順位逆転には、米スポーツ特有の「(最近何をやったのか)What have you done lately」が大きく影響しているのは紛れもない事実だろう。
近未来のさらなる順位変動は十分に考えられる。テレンス・クロフォード(アメリカ)対エロール・スペンス・ジュニア(アメリカ)のウェルター4冠戦が実現すれば、トップ3にまた動きがある可能性も十分。ビッグファイトが続くだけに、ポール・バトラー(イギリス)とのバンタム級4冠戦後の井上のトップ帰還は難しいかもしれない。それでも、スーパーバンタム級でスティーブン・フルトン(アメリカ)、MJ・アフマダリエフ(アメリカ)のいずれかを倒し、4階級制覇を果たせばまた高評価されるはずだ。
統一戦がトレンドとなり、好カードが次々と生み出される世界ボクシング界。その中でも、井上は向こう数年、PFPトップの候補であり続けるに違いない。日本のファンにとっても誇らしく、楽しみな時間が続くことは間違いないのだろう。