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イヌはいつ家畜化されたか

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:アフロ)

筆者はネコ好きだがイヌも嫌いではない。現在、世界で飼われているイヌは約10億匹と言われる(※1)。このイヌが、いつから我々と一緒に暮らし始めたのかについては長く議論になってきた。遺伝子の研究では、約1万8000年前にオオカミからイヌに分かれた、という説がある。また、考古学的な見地からは、旧石器時代後期の約3万5000年前にイヌの家畜化が始まったとする。

前者の説では最後の氷河期の後に、後者の説では最後の氷河期が終わる前に、それぞれオオカミからイヌになった、と考えるわけだ。ベーリング海などの地峡になっていた部分が海没し、移動がしにくくなり、気候も大きく変動した。だから、氷河期の前か後か、というのは重要だ。ただ、後者の説では、イヌがその子孫まで継続的に家畜化されていたかどうかは不明としている。

イヌは前後に短く丸い

オオカミとはっきり違うイヌで最も古いものは、ドイツで発見された約1万5000年前の化石だ。イヌとオオカミの形態学的な違いは、体型の差(イヌが小さい)、頭蓋骨が小さくなることで歯の隙間が狭くなる、頭がずんぐりと前後に丸くなる、鼻が左右に広がるなどがあり、とりわけ下顎の形態変化が大きい。

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これら形態的な変異は、イヌの品種改良で拡大され、品種改良されればされるほど、その犬種の頭蓋骨は前後にどんどん短くなる傾向にある。頭蓋骨を丸くし、顔を平坦にする遺伝子は「SMOC2」で(※3)ヒトでも歯列異常などの場合に発現するようだ。

ようするに「イヌ化」の歴史は、頭蓋骨が前後に細長い形から前後にひしゃげ、丸みを帯びる過程とも言える。ヒトは成人になってもチンパンジーの乳児と似ているから、チンパンジーの幼形が残ったまま成熟したのがヒトだ、というのが「幼形成熟(ネオテニー、neoteny)」説だ(※2)。イヌもまた、オオカミの幼形成熟なのではないか、という考え方もあり(※7)、それによればオオカミの乳児の丸みを帯びた頭蓋骨がそのまま成熟せず、幼形を維持して成熟したのがイヌ、ということになる。

こうした形態的な変化が、イヌ独特の性格形成とどんな関係があるのか興味深いところだ。しかし、これについてはちょっと検索しても出てこなかった。詳しく探すと何か研究があるのかもしれない。

さて、氷河期の前後いずれかにせよ、イヌはやがて我々と一緒に暮らし始める。これまでの遺伝子による研究では、イヌが家畜化されたのは大きく二つの地域においてだった、とする説が根強かった(※4)。この説によれば、イヌの祖先は、中国などの東アジア起源のもの、現在のフランスやドイツなどの西ユーラシア起源のものに大きく分かれる。

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一方、イヌが交雑を繰り返しながらアジアからユーラシア大陸を西へ向かい、ヨーロッパへたどり着いた、という説もある(※5)。これによれば、オオカミが家畜化されたのは東アジアであり、その後、アジア起源のイヌの子孫が西へ広がっていった、ということになる。また、イヌは二度、家畜化が試みられた、という説もある。いずれにせよ、イヌの遺伝子データ研究は数多くなされていて、実際のところ議論百出という状況だ。

イヌの起源は単一か

最近になって、英国の科学雑誌『nature』に、ヨーロッパのイヌは単一起源だ、という説が出された(※6)。この説を出した研究者らは、古代のイヌと現代のイヌとの遺伝的類縁関係を解明するために、ドイツの遺跡で発見された2匹の新石器時代のイヌ(それぞれ約7,000年前、約4,700年前のもの)の骨化石、そして既に研究報告のあるアイルランドのイヌ(約4,800年前のもの)の骨化石の全ゲノム塩基配列の解析を行った。

イヌたちの遺伝子を調べてみると、古代のイヌと現代の主要なヨーロッパ系のイヌに共通祖先がいることがわかり、新石器時代前期から現代まで約7,000年間の遺伝的な連続性が認められたという。また、遺伝子解析によってイヌ科の進化の歴史の節目となった時期の推定も行われ、オオカミとイヌの分岐は約40,000年前だった、という推論も出された。

この推論によれば、氷河期が終わる前にイヌの家畜化が行われたことになる。研究者が古代のイヌの遺伝子を調べたところ、これまでの分析結果と異なり、古代のイヌは現代のペットとして飼われているイヌを含めたヨーロッパ起源のイヌと非常によく似ていたらしい。このことは、古代のイヌが新石器時代を経て現代に至るまで、大きな環境変化を受けず、系統が一貫していることを示唆している。だから、イヌの家畜化が複数回あった説について彼らは否定的だ。

ただ、この研究ではヨーロッパのイヌの起源を調べただけであり、アジア起源のイヌとヨーロッパ起源のイヌの分岐を否定してはいない。研究者らによれば、アジアとヨーロッパそれぞれのイヌが分かれたのは約20,000年前らしい。ただこのアジア起源のイヌは、中央アジアのイヌのようで議論はまとまっていない。

ヨーロッパのイヌの単一起源説を唱えている研究者は、アジア起源のイヌも中央アジア起源だとすれば世界中のイヌが単一起源だった可能性もある、とする。いずれにせよ、イヌはネコよりもかなり前から我々と一緒に暮らしていたわけで、最も古く家畜化された動物としての「栄誉」は、依然としてイヌの頭上に輝いていることになる。

※1:Gompper ME, "The dog-human-wildlife interface: assessing the scope of the problem. In Free-ranging dogs and wildlife conservation (ed. ME Gompper)." Oxford University Press. pp. 9-54. Oxford, UK, 2014

※2:Bolk L, "Origin of racial characteristics in man." Am. J. Phys, Anthropol. 13:1-28, 1929

※3:Thomas W. Marchant, et al., "Dog skull study reveals genetic changes linked to face shape." Current Biology, Vol.27, No.11, 2017

※4:Laurent A. Frantz, et al., "Genomic and archaeological evidence suggest a dual origin of domestic dogs." Science, Vol.352, Issue6290, 2016

※5:Malgorzata Pilot, et al., "On the origin of mongrels: evolutionary history of free-breeding dogs in Eurasia." Proceedings of the Rolyal Society B, Vol.282, Issue1820, 2015

※6:Krishna Veeramah, et al., "A single origin of the modern dog." nature communications, 2017

※7:Gould 1977 ; Wayne 1986 ; Coppinger and Coppinger 2001 ; Drake and Klingenberg 2010 ; Drake 2011)

※:2017/07/20:ネオテニーのパラグラフを追加した。

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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