ただいまパリの一番人気 「クリスチャン・ディオール 夢のクチュリエ」展
モードはフランスが誇る一級の文化。
この展覧会を見れば、誰もがそんな印象を抱くに違いない。
7月5日からパリの芸術装飾美術館(Musee des Arts Decoratifs)で開催されている「CHRISTIAN DIOR, COUTURIER DU REVE (クリスチャン・ディオール 夢のクチュリエ)」が、とにかくすごい。
ルーブル美術館に隣接する、というよりも、かつてのルーブル宮の一部を占める芸術装飾美術館ではこれまでにも高級服飾、宝飾ブランドの展覧会が華々しく繰り広げられてきたが、今回は異例の規模。3000平米もの空間を使って、今年で70周年を祝うブランドの大回顧展が繰り広げられている。
オートクチュールといえば、一般の人々にとっては画像で目にすることはあっても実物を間近にする機会はほとんどないが、この展覧会ではそんな貴重な作品が300点以上。さらに靴、帽子、バッグ、アクセサリー、香水まで、70年間にわたるクリエーションが一堂に展示されている。またクリスチャン・ディオールの生い立ちからメゾンの創設、そして52歳で急死した後を受け継いだイヴ・サンローラン、ジャンフランコ・フェレ、ジャン・ガリアーノら6人の歴代デザイナーによる作品も時代を映す写真とともに紹介されていて、さながら戦後から今日までのモード絵巻を見ているようだ。
会場ではまずクリスチャン・ディオールの写真に迎えられる。
アトリエで竹の鞭を手にした姿。この鞭がオーケストラの指揮棒さながら、試着の時に修正する箇所を指し示していたのだという。
クリスチャン・ディオールが自身のブランドを立ち上げたのは42歳の時。遅咲きの天才と言えるかもしれない。
彼の前半生を少し…
1905年、英仏海峡に面したグランヴィルという町の裕福な家庭に彼は生まれた。「クリスチャン・ディオール博物館」として現在一般公開されている生家は海を臨む高台にある瀟洒なヴィラ。そこで美しいものに囲まれて育った。
外交官になることを期待されていったんはパリのエリート校に進むが、結局は美術画廊を開き、サルバドール・ダリやジャコメッティなど、その時代のコンテンポラリーアートを扱い、アーティストたちとの親交も深かった。実家の破産、そして世界恐慌のあおりを受けて画廊は閉鎖を余儀なくされ、その後はもともと素養があったファッションデッサンをクチュールメゾンや雑誌に寄せた。第二次世界大戦が勃発すると1年間従軍。またレジスタンスだった妹がゲシュタポによって投獄されるなど苦難の時を経て、終戦の後「繊維王」マルセル・ブサックの引き立てで、自身のブランドを立ち上げることになる。
その最初のコレクションが1947年2月に発表された。
胸の膨らみ、キュッとひきしまったウエストという女性らしいラインを強調し、そこから花冠のように豊かに広がるスカート。1着の服に使える布の量が制限された戦中の意識がまだ抜けない時代、これは画期的なものだった。アメリカのファッション誌『ハーパスバザー』の編集長が感動とともに「NEW LOOK」と表現し、ファッション史のアイコン的存在となった作品は、展覧会の両翼をつなぐ位置に象徴的に展示されている。
フランスの王朝が栄華を極めた18世紀の美の系譜を受け継ぎ、時代の最先端をいったディオールのクリエーションは、時のセレブリティたちを虜にしてきた。そんな歴史を彩るドレスの数々は、今なお新鮮で、少しも輝きを失っていない。
めくるめくようなオートクチュールドレスの数々ははため息が出るほど素晴らしい。ガラスに顔がつきそうなくらいかぶりつきで
「私は何と言ってもこれが好き」「マニフィーク!」
と、そんな声が至るところで聞かれる。
この展覧会ではセノグラフィー、つまり展示方法や会場の設営もアーティスティックで、コーナーごとにハッとさせられる。歩をすすめるにつれてどんどんボルテージが上がってゆく展開は贅沢この上ない。
幸福な幼少期の生家の記憶に重なり、彼のクリエーションの源となった「庭園」をテーマにしたコーナーでは、
また、白いカテドラルの中にいるような、敬虔な気持ちを誘う「アトリエ」のコーナーでは
など、彼の象徴的な言葉が掲げられているのも印象深い。
世界中の数多の女性の憧れを集めたようなこの展覧会。時間と体力に余裕のあるときに、思う存分夢の世界を満喫するつもりで訪れたい。
会期は2018年1月7日まで。