MofMというブランドが作った「ミナカミシティ」Tシャツ ブランド展開編
man of moods(MofM)というファッションブランドがある。モード系のドメスティックブランドである。
もともとMofMは、東京の代官山を拠点に活動していたのだが、ブランド設立10周年の2013年に、本拠地を群馬県のみなかみ町へと移した。言っては何だが、超田舎である。
このブランドが作ったTシャツのなかに、「MINAKAMI CITY」というロゴが前面にデザインされたものがある。
デザインはそれだけである。いいかえよう。「見えている」デザインはそれだけである。しかし、これがこれであるからこそカッコイイ。筆者も手に入れた。
このTシャツに関連させて言いたいことは山ほどあるのだが、今回は二つの記事を書きたいと思う。一つは、ブランドコンセプトとは何なのかであり、もう一つは、結局のところ地域活性化とは何なのか、である。
この記事では前者、ブランドコンセプトとは何なのかについて取り上げたい。
デザイナーは何をつくっているのか。あるいは、このTシャツとはなんなのか。
「Tシャツだ」とか「服だ」と答えた人は、デザインというものを理解していない。デザイナーがつくったのは、このTシャツに込めたメッセージ、ないしはコンセプトをあらわすものである。ゆえにTシャツには、絵とか文字とかが刻まれる。でなければ、何も表示されない。いずれも、それがコンセプトにとって重要だからである。
コンセプトとは、簡単にいえば価値のまとまりである。まとまっていなければ、価値があってもコンセプトにはならない。そしてコンセプトは、それが認識されてはじめて認められるコンセプトとなる。
認識と認知とは異なる。認知とは、知ることである。認識とは、わかることである。ブランドがブランドとして確立されるには、そのブランドのコンセプトが、単に知られるだけでなく、「わかる」ものとして示されなければならない。そして「わかる」ようにするために行われるのが、デザインである。デザインとは、コンセプトをみえるようにするための働きかけである。デザイナーのつくっているものは、コンセプトをあらわすものである。
MofMのデザイナー、福山正和氏は、元はプロのスノーボーダーである。世界中の山の中でも、豪雪地帯である水上にある谷川岳は、福山氏にとって最高の山なのだという。ボーダーとして山を楽しみながら、デザイナーとして服を手掛ける。そのような生を追求したいと思い、福山氏はみなかみ町に拠点を移した。
「ミナカミシティ」は、福山氏の生そのものである。それゆえ、「ミナカミシティ」Tシャツは、生きざまがコンセプトとしてあらわされている。それを身につける人は、生きざまに共感して、身につけるのである。
シャネルの創業者、ココ・シャネルは、自らのデザイナーとしての仕事について、このように述べている。「私は流行をつくっていない。スタイルをつくっている。」あるいはこうだ。「下品な服装は服ばかりが目につき、上品な服装は女を引き立たせるものだ。」
ファッションにおけるブランドは、生きるということそのものに食い込んだときにはじめて真の意味でのブランドたりうる。すなわち、身につけるものはその人のコンセプトと合致していなければ身につけられない。あるいは、その人の目指すところのコンセプトのために、ブランドは身につけられる。だから、「ミナカミシティ」Tシャツは、このデザインがいいのである。
ブランドにはブランドの約束というものがあるのだ。ブランドの約束とは、ブランドが顧客に対して保証する価値のことである。龍の巻に書いたように、それを体現するために、福山氏は水上に移った。ブランドは、ブランドを手にする顧客を裏切らないことが重要なのである。そしてこの原則から外れたブランドは、顧客から見放される。好意はひるがえって、憎悪の対象となる。
したがってブランドとは、価格が高いことではない。約束するものがあるならば、高い安いは関係ない。何を約束するかを定めることが、最初に求められるのである。それはブレない。ゆえに価格競争には陥らない。結果として、ときに高いだけである。
マーケティングの父、フィリップ・コトラーによれば、ブランド化において考えるべきプロセスは以下のようになる。
1. 約束することは何か
2. そのために提供するものは何か
3. 顧客の求めるものといかに結びつけるか
4. コンセプトをいかに内部共有するか
5. 顧客へいかにメッセージを届けるか
自らのブランドが約束するものを定めなければいけない。それを表出しなければいけない。表出し続け、顧客を裏切らないように努めなければいけない。信用されることから始め、信頼されるようにならなければいけない。ブランドとは、そういうものである。
参考記事
MofMというブランドが作った「ミナカミシティ」Tシャツ 龍の巻