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新型コロナの重症化を89%防いだ ファイザーの新型コロナ飲み薬 パクスロビドはどんな薬?

忽那賢志感染症専門医
(提供:PantherMedia/イメージマート)

11月5日、ファイザーより新型コロナに対する飲み薬の抗ウイルス薬であるパクスロビドが重症化を89%防いだ、と発表しました。

このパクスロビドとはどういった薬なのでしょうか。

新規抗ウイルス薬と既存の抗HIV薬を組み合わせた薬剤

このパクスロビドは新しい抗ウイルス薬(PF-07321332)と、既存の抗HIV薬であるリトナビルとを組み合わせた合剤です。

「なんでHIVの薬が・・・コロナと関係ないやろ・・・」と思われるかもしれませんが、感染症医的には「リトナビルブースト、キターーーー!萌えーーーーー!!」という感じです。

このリトナビルは、プロテアーゼ阻害薬という種類の抗ウイルス薬と併用することで、プロテアーゼ阻害薬の血中濃度を高く維持する効果があり、やや厨二心をくすぐる「リトナビルブースト」という名称がついています。

感染症医にとっての「リトナビルブースト」は、世間一般の「界王拳10倍」に相当するとお考えいただいて問題ありません。

抗HIV効果そのものよりも、このブースト効果を期待して使用されることが多く、このリトナビルとロピナビルという抗HIV薬との合剤である「カレトラ」は一時期HIVの治療の中心を担っていました。

そして、カレトラは新型コロナにも有効性があるのではないかと一時期新型コロナにも使用されていたことがあります(現在は有効性は否定されています)。

このパクスロビドでも、リトナビルはPF-07321332の血中濃度を高く維持するために用いられています。

新型コロナウイルスの細胞への侵入と複製(国立研究開発法人理化学研究所「SPring-8で新型コロナウイルスと闘う」より)
新型コロナウイルスの細胞への侵入と複製(国立研究開発法人理化学研究所「SPring-8で新型コロナウイルスと闘う」より)

一方、PF-07321332という抗ウイルス薬は、コロナウイルスの複製に必要な酵素である3CLプロテアーゼの活性を阻害することでウイルスの増殖を抑えます。

新型コロナウイルスは、ヒトの細胞の中に侵入して自分を複製します。

この過程で、複数のタンパク質が一度に繋がって作られますが、これを切り分けて別々のタンパク質にしているのが3CLプロテアーゼです。

3CLプロテアーゼを阻害することで、繋がっているタンパク質が切り分けられず、ウイルスの複製がストップします。

中国の武漢市から広がったオリジナルの新型コロナウイルスだけでなく、様々な変異株にも抗ウイルス効果を有するとのことです。

このPF-07321332とリトナビルとの合剤であるパクスロビドにおける健康な人を対象にした安全性を検証した第1相試験では、特に大きな懸念となる副作用は報告されず、第2/3相試験が開始されていました。

発症3日以内に内服し重症化を89%防いだ

今回発表された第2/3相試験およびその中間解析結果の概要は以下の通りです。

・2021年9月29日までに1219名の成人の新型コロナ患者が登録

・少なくとも1つ以上の重症化リスクを持つ、発症から5日以内の軽症から中等症の患者が対象

・発症3日以内にパクスロビドを投与された患者のうち登録後28日目までに入院した患者は0.8%(3/389人が入院し、死亡はなし)であったのに対し、プラセボ(偽薬)を投与された患者のうち、入院または死亡した患者は7.0%(27/385人が入院し、7人がその後死亡)であり、パクスロビドは入院または死亡のリスクを89%減少させた。

・発症5日以内に治療を開始された患者でも同様の傾向がみられた。

・有害事象は、パクスロビド(19%)とプラセボ(21%)で同等であり、そのほとんどが軽度のものであった。重篤な有害事象や有害事象による試験薬の中止もプラセボの方が多かった。

まだ詳細なデータは発表されていませんが、この結果からはパクスロビドは非常に効果の高い経口抗ウイルス薬であると考えられます。

また副作用についても大きな問題はなさそうであることも安心材料です。

この中間解析の結果を受けて、この研究は追加の登録が中止となり、今後アメリカなどで緊急承認申請が行われることになります。

すでにMerck社の経口抗ウイルス薬であるモルヌピラビルイギリスで緊急承認され、日本でも早ければ年内に緊急承認となる見込みです。

経口抗ウイルス薬の選択肢が増えることは、治療が必要な人に行き渡らせるためにも、そして将来的に現れるかもしれない耐性ウイルスへの備えとしても重要と考えられます。

飲み薬での新型コロナ治療薬の意義は非常に大きいと言えます。

現在は重症化リスクのある酸素投与を必要としない軽症・中等症患者には抗体カクテル療法(カシリビマブ/イムデミマブ)と、ソトロビマブのモノクローナル抗体が使用できるようになりましたが、どちらも点滴での投与となっています。

第5波では入院患者だけでなく外来患者にも、ホテル療養者や自宅療養者にもこのモノクローナル抗体の治療が行えるようになり、重症化を防ぐことができた事例が増えたことは間違いありませんが、点滴での治療は医療へのアクセスの点ではややハードルがあることは否めません。

飲み薬であれば、医療者にとっても点滴準備などが不要となり、診断時に速やかに処方することができるようになります。

第5波では、ワクチン接種が進み致死率が大きく低下しましたが、モルヌピラビルやパクスロビドが承認されれば、新型コロナ診療はよりシンプルになり、大きな進展となることが期待されます。

Merck社のモルヌピラビルと同様、今回のパクスロビドの第2/3相試験も重症化リスクの高い人が対象であることから、緊急承認される場合も対象患者はこの条件に該当する患者となることが見込まれます。

残念ながら抗インフルエンザ薬のタミフルのように「新型コロナと診断されたら誰も彼もすぐに処方してもらえる」ということにはすぐにはなりません。

しかし、パクスロビドはワクチン接種者を含む重症化リスクのない新型コロナ患者を対象とした臨床研究も行われており、薬価の問題はありますが持病のない若い方でも良好な成績が得られれば今後対象が広がる可能性はあります。

また、家庭内での濃厚接触者を対象とした臨床研究も進められており、抗体カクテル療法と同様の発症予防効果が認められれば、より容易に暴露後予防を行うことが可能となります(あくまで予防の最善の方法はワクチンですが)。

今回のパクスロビドの発表は、そのような治療や予防がそう遠くない未来に行えるようになるかもしれない、という希望をも抱かせてくれるものではないかと思います。

感染症専門医

感染症専門医。国立国際医療研究センターを経て、2021年7月より大阪大学医学部 感染制御学 教授。大阪大学医学部附属病院 感染制御部 部長。感染症全般を専門とするが、特に新興感染症や新型コロナウイルス感染症に関連した臨床・研究に携わっている。YouTubeチャンネル「くつ王サイダー」配信中。 ※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。本ブログに関する問い合わせ先:kutsuna@hp-infect.med.osaka-u.ac.jp

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