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人の心を良心に踏みとどまらせるのは、結局のところ「愛」だと思う。

渥美志保映画ライター
(写真:アフロ)

今回は今週末公開の『スノーデン』のオリバー・ストーン監督のインタビューをお届けします。

オリバー・ストーン監督と言えば、40代の映画ファンにはとっては、ベトナム戦争映画ブームを巻き起こした『プラトーン』や、トム・クルーズの『7月4日に生まれて』、アメリカの”守銭奴”の代名詞、ゴードン・ゲッコーを描く『ウォール街』など、常に気炎を吐きまくっている人。新作はタイトル通り、あのスノーデン事件を映画化した作品です~。

スノーデン事件に関しては、以前『シチズン・フォー』というドキュメンタリーがありましたが、こちらは「人間エドワード・スノーデン」が告発するまでの葛藤を描いたドラマ。普通の良心をもった普通の人なんだな~と思えると同時に、日本の「今そこにある危機」にも言及されていて、さらにびっくりします!この映画を見たら、絶対にPCのカメラにシール貼るはず!(私も貼ってしまいました……)ということで、まずはこちらを!

スノーデン事件を報道で知ったとき、どんなことを感じましたか?

ニュースで聞いたとき、1市民として国民としては賛辞を贈りましたが、その時は映画にしたいという気持ちは一切ありませんでした。というのも私は「映画作家はジャーナリストになってはいけない、ニュースを追ってはいけない」と考えているからです。時間をかけて映画を作っている間に、ニュースは刻々と変わってしまうものですから。

にもかかわらず、映画化することになったきっかけは?

告発から6か月後の2014年の1月に、モスクワの彼の人権弁護士の方に招かれ、スノーデンに会う機会を持ちました。滞在2日、弁護士さんのオフィスに彼がやってきて2~3時間話を聞き、翌日も同じように話を聞きました。語り口は非常に穏やかな人です。

当時(事件の裏側を描いたドキュメンタリー)『シチズン・フォー』はまだ公開されていませんでした。もちろん彼のニュースは情報として共有されてはいて、ヨーロッパでは「本人の話を聞きたい」という関心は高かったのですが、残念ながらアメリカではそうではなかった。注目を集めていたのはスノーデン本人だけだったんです。多くの最低なマスコミは、彼を煽情的に“叩く”ことに終始していたし、一般大衆も彼が告発した問題にさほど関心を持っていない様子でした。彼は彼なりに、自分が伝えるべきことを継続して訴えていきたいと考えていました。

ジョセフ・ゴードン・レヴィットがそっくりさんみたいに似てる。
ジョセフ・ゴードン・レヴィットがそっくりさんみたいに似てる。

『シチズン・フォー』がすでに作られているのに、同じテーマで撮ろうと思った理由を教えてください。

『シチズン・フォー』は、コンピューターに関する用語なども多く、何が起こっているのわかりにくく、理解が追い付かない人もいると思います。ですからみなさんにわかりやすいドラマの形で映画化しようと考えました。NSAとは何か、そこで行われている仕事はどんなものなのか、それを経験した若者が、なぜ幻滅していったのか。

何度か会ううちに、「彼は自分の経験を正直に話してくれている」と感じられたし、そこまで分かち合ってくれたことは稀有なことです。それで「彼の視点からの真実」をゆがめることなく、彼の信頼に対して責任をもって答えようと考えました。もちろん信じるか信じないかは皆さん次第、「NSAバージョンの真実」を信じたいなら、それでもかまわないと思います。

スノーデン事件の顛末で個人的に驚いたのは、彼の恋人リンゼイさんが事件後に彼を追ってモスクワに渡ったことです。この映画でも、彼女との関係は大きなウェイトを占めている気がします。

リンゼイの存在は、おっしゃる通り、ドキュメンタリーではほとんど触れられていません。僕も同感で、スノーデンと長い時間を過ごすうちに気づいたことは、彼が人間性を保てた大きな理由は彼女がいたから、彼女なくしてあの告発はなかったのではないかということ。それほどまでにリンゼイは大きな存在だったと思います。スノーデンは自身の現実のほとんどを彼女に話してはいませんでしたが、結果的に彼女がロシアまで行ったことは、ちょっと古風かもしれませんが、それこそ「愛」だったのだと思います。アメリカでこの映画が公開された時、そうした視点がまったく理解してもらえなかったのは非常に残念でした。

恋人のリンゼイが可愛い~
恋人のリンゼイが可愛い~

監督は『プラトーン』などの作品で、生々しい映画を描かないハリウッド映画へのアンチテーゼを示してきたと思うのですが、この映画で描かれる戦争はコントロールルームで起きていて、生々しさとは無縁です。そうした事態のグロテスクさや恐ろしさに、何か感じるところはありますか?

ハリウッドにも『西部戦線異状なし』など生々しい戦争映画もありますが、そう言っていただけるのは嬉しいです。これまでのキャリアで『プラトーン』や『サルバドル』のような作品を作ってきましたが――今のこうした事態には、生々しい戦争が懐かしくなるほどです。

サイバー戦争は、戦争の形を全く変えてしまったと思います。映画の中でも「日本の通信システムや物的インフラを乗っ取り、同盟国でなくなったら止めることができる」と言っていますけれど、これはアメリカが日本に戦争行為を仕掛けているのに等しい。「同じことを、メキシコやブラジル、ヨーロッパの各国にもしている」と、スノーデンは言っていました。

こうしたことを始めたのはアメリカなのですが、今では個人のハッカーだってそうした攻撃を仕掛けられるわけで、サイバーは本当の意味で殺戮兵器になったと思います。しかもどこから始まったか、誰がやったかわからない。それこそアメリカの大統領選で話題になったロシアからのハッカー攻撃だって、真偽を含めた情報が錯綜していますよね。

スノーデン事件が起こった当時のオバマ政権を、どんなふうにとらえていますか?

2006年のオバマ政権誕生で、情報監視に関する問題が改革されるかと思いきや、実際は逆だった、そうした政策が拡大され、ミサイルも自在に展開するようになったことを、映画でも描いています。実際にオバマ政権は、7つのイスラム国家を空爆し、多くの内部告発者も迫害してます。オバマ元大統領は、演説は上手いけれど信用できません。非常に危険な外交政策を残したまま、トランプ政権に移行してしまったと思います。

そうした監視が強化されることを、多くの人が「安全のためには仕方ない」と受け入れてしまうのはなぜなんでしょうか?

「安全のためには監視が必要だ」という「嘘」を信じさせられているからだと思います。

例えば2001年の同時多発テロについても、FBI、NSA、CIAはそれぞれに情報を把握していたのに共有されなかったし、上に伝わってはいかなかった。私も従軍経験があるのでわかりますが、特に大きな組織ではこうしたことは頻繁に起こることです。

アメリカでは9.11以降、「安全」に対して以前の20倍もの予算が割かれ、政府機関はどんどん増えどんどん大きくなっていますが、それにより「安全」になったかと言えば、そうは思えません。

さらに彼らが行っているのは、全国民をだれかれ構わず監視する「マス・サイベイランス(監視対象を絞らない)」で、映画を見ていただければわかると思いますが、むしろ我々の安全を毀損するものです。スノーデンが必要だと主張し、私も同意するのは監視対象を限定する「ターゲット・サベイランス」です。

60~70年代のヨーロッパを見てもわかるように、怪しい人物だけ監視して、それ以外は警察など地域の人々の安全のためにある組織がフォローすることで、テロは抑えることができると思います。「テロとの戦い」を宣言し自国の軍を他国に送って戦争をしても、逆にテロリストを増やすだけです。

そもそも「高価な安全」VS「プライバシー」という議論こそが間違っているんじゃないかと思うんです。プライバシーというものは、もし自分がテロリストでなく関わり合いもなければ、普通に保護されるべきものだと思います。

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オリバー・ストーン

1946年ニューヨーク生まれ。1960年代後半にベトナム戦争で従軍。除隊後、ニューヨーク大学で映画製作を学び、'74年に監督デビュー。ベトナム戦争を題材にした衝撃作『プラトーン』(86)では、作品賞、監督賞を含むアカデミー賞4部門を受賞、『7月4日に生まれて』(89)で2度目のアカデミー賞監督賞を受賞。ジョン・F・ケネディ大統領暗殺の真相に迫った『JFK』(91)では同・8部門の候補になった。その他の作品に『ウォール街』『ニクソン』『ナチュラル・ボーン・キラーズ』など、多く問題作、衝撃作を手掛ける。

『スノーデン』

公開中

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映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターへ。映画、ドラマ、書籍を中心にカルチャー、社会全般のインタビュー、ライティング、コラムなどを手がける。mi-molle、ELLE Japon、Ginger、コスモポリタン日本版、現代ビジネス、デイリー新潮、女性の広場など、紙媒体、web媒体に幅広く執筆。特に韓国の映画、ドラマに多く取材し、釜山国際映画祭には20年以上足を運ぶ。韓国ドラマのポッドキャスト『ハマる韓ドラ』、著書に『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』。お仕事の依頼は、フェイスブックまでご連絡下さい。

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