「Twitterのボット、5%未満の根拠示せ」マスク氏の質問は的外れ? そのわけとは
「Twitterのボット、5%未満の根拠示せ」。その質問はそもそも的外れだ――。
10年以上にわたって研究を続ける専門家が、そんな指摘をしている。
質問をしているのは、ツイッター買収に合意したテスラCEOのイーロン・マスク氏だ。
ツイッターは、ユーザーのアカウントのうち、ボットなどの不正アカウントの割合は「5%未満」と発表している。これに対し、マスク氏は同社の説明が不十分だとして、買収手続きを棚上げにした。
システムが操るボットの不正アカウントは、フェイクニュースを拡散し、世論操作をしかける。ウクライナ侵攻をめぐるロシアの情報戦でも、ボットによるフェイクニュース拡散が指摘されている。
ボット対策は、マスク氏がツイッター買収にあたって掲げてきた柱でもある。
では、人間とボットの見分け方とは? 専門家はこう述べている。「それは簡単ではない」。そのわけとは?
そして皮肉なことに、「5%」について説明を求めるマスク氏は、一方で、「5%」についての説明義務を負う立場にも立たされていた。
●ボット数の推定
米インディアナ大学教授のフィリッポ・メンツァー氏と、同大博士課程の楊凱程氏は5月23日、アカデミックメディア「ザ・カンバセーション」に掲載した記事で、そう指摘している。
メンツァー氏は、ソーシャルメディア研究の専門家として、10年以上もボットなどの不正アカウントの問題を研究。ボット診断ソフトとして広く知られる「ボット・オー・メーター」の提供も行っている。
その知見をもとに、マスク氏が主張するツイッターの「表現の自由」の問題点が、実態とは異なる、との指摘もしてきた。
※参照:「イーロン・リスク」がTwitterの「表現の自由」を損なう、これだけの理由(05/13/2022 新聞紙学的)
「ツイッターのボットの数の推計」とは、同社が4月28日に発表した2022年第1四半期の決算の中で、フェイクアカウント、スパムアカウントの推計値を、広告収益につながる月間アクティブユーザー(mDAU)の「5%未満」としていたことをめぐる騒動を指す。
この「5%未満」という推計値は、同社が2013年に上場した時から変わっていない。
ツイッターの440億ドル(約5兆7000億円)での買収に合意していたイーロン・マスク氏が5月13日、これにかみつき、「5%未満」の詳細が明らかにされるまでは、「買収を一時的に保留する」とツイートで表明する。
2日後の15日、米分析会社「スパークトロ」と「フォロワーウォンク」が共同で4万4,000件のツイッターアカウントを調査し、偽・スパムアカウントは19.42%、ツイッターの公表値の約4倍に上るとの調査結果を公表する。
翌16日、ツイッターCEOのパラグ・アグラワル氏は15本の連続ツイートで、1日あたり50万件を超すスパムアカウントを一時停止している、などと説明をしたが、マスク氏は「うんこ」の絵文字を返信するという対応だった。
●ボットかどうか
メンツァー氏らは、上述の記事の中で、ボットの実態と「進化」について、そう述べている。ボットの運用を請け負うビジネスも存在する。ツイッター側もボット対策は行っているが、それ潜り抜ける様々な手法があるのだという。
米ニューヨーク・タイムズは2018年1月、フェイクアカウントの実態をまとめた調査報道で、仲介業者にテストアカウントへのフォロワー購入を依頼したところ、フォロワー2万5,000人で225ドルを支払い、その多くがボットの疑いのあるものだった、としている。
ツイッターによるボット排除への、回避策の一つが、複数のアカウントで複数のハンドル名(@マークのついたアカウント名)を次々に使い回していく、という手法だ。これによって、ボットとして特定しにくくしているようだ。
メンツァー氏らの調査では、722のアカウントで181のハンドル名を使い回し、最大で33回のハンドル名変更をしているケースもあった、という。
このほか、自動投稿したツイートの自動削除を行うボットも確認されているという。ツイッターでは1アカウントの1日あたりの投稿数に、2,400件の上限を設けている(30分あたり50件)。この上限の回避を狙った機能と見られ、投稿と削除を繰り返すことで、1日あたり2万6,000件を超すツイートを行っていたボットアカウントもあったという。
さらに米ワシントン・ポストの報道によれば、人間が運用するアカウントで、一部の投稿にボットを使う「サイボーグ」アカウントがあることもわかっている。
●ボットは何をしてきたのか?
自動応答プログラムとしてのボットは、人工知能研究の初期からあり、地震速報など、様々な用途で使われてきた。
ただ、世界的な注目を集めてきたフェイクニュースの問題には、ボットの存在が常につきまとっていた。
2016年米大統領選へのロシアによる介入問題をめぐり、ツイッターは米連邦議会にフェイクアカウントなどのデータを報告している。
それによると、同年9月から11月にかけて、米大統領選について投稿していたロシア関連のボットの数は5万258件。当時のアカウント総数の0.016%に相当するという。
また、米大統領選介入を手がけた「トロール(荒らし)工場」といわれるロシア・サンクトペテルブルクの業者「インターネット・リサーチ・エージェンシー」関連の3,841件のアカウントが、17万5,993件のツイートを投稿していた。これは大統領選関連の全ツイートの約8.4%に相当するという。
※参照:なぜフェイクニュースはリアルニュースよりも早く広まるのか(03/11/2018 新聞紙学的)
※参照:ソーシャル有名人「ジェナ」はロシアからの“腹話術”(11/04/2017 新聞紙学的)
また、英オックスフォード大学教授のフィリップ・ハワード氏は、やはり同年の米大統領選で、1日50回以上、調査期間中の9日間で450回以上ツイートしていたアカウントをボットと見なして調査した。
すると、日中の時間帯では、大統領選関連ハッシュタグのあるツイートの20~25%がボットによるもの、と認定された。ツイート数の多かった上位20アカウントでは、それぞれ1日平均1,300件、9日間で計23万4,000件を投稿。上位100アカウントでは、1日平均500件、計45万件で大統領選関連の2%を占めていた。
※参照:「ボット」が民主主義に忍び込む:オックスフォード大ハワード教授に聞く(10/28/2017 新聞紙学的)
※参照:虚偽と報じても、さらに広まる…トランプ氏のツイートを、メディアはどう扱うべきか(12/04/2016 新聞紙学的)
また、ロシアによるウクライナ侵攻をめぐっても、ボットを使ったフェイクニュースの拡散が確認されている。
※参照:ウクライナ侵攻「見えない情報戦」でロシアが勝っている? その理由とは(05/23/2022 新聞紙学的)
このほか、暗号資産(仮想通貨)詐欺に大規模なボットネットワークが使われるケースもあるという。
●決着しない議論
実際にボットはどれぐらいあるのか。
メンツァー氏らインディアナ大学と南カリフォルニア大学の研究チームは2017年に発表した調査で、アクティブなツイッターアカウントの9%から15%の間、との推計を示している。
だが、外部の研究者は、ツイッターが持つIPアドレスや電話番号などの情報にアクセスできないため、正確な特定は困難だとメンツァー氏らは指摘する。
ツイッターも、実際の割合が「5%未満」を上回る可能性についても認めている。その一方、ボット特定に必要なIPアドレスや電話番号などの個人情報については、外部には公開できない、としている。
つまり、どこまでいっても、この議論は決着しそうにない。
メンツァー氏らはその点を踏まえて、ボットの数ではなく、それが社会に与える害悪について、しっかり把握し、対策を立てるべきだと訴えている。
だが、そもそもの議論を投げかけたマスク氏はどうなのか。この議論が決着しないことは、初めから織り込み済みなのかもしれない。
ハイテク株の急落の中で、ツイッターの株価も買収合意時(4月25日)の51.70ドルから5月27日には40.17ドルと、20%を超す下落に見舞われている。
マスク氏は1株54.20ドルで買収合意している。株価下落に応じた買収金額の値下げ交渉には、前向きなようだ。
そしてもう一つ、「5%」という数字は、マスク氏と縁がある。
米証券取引委員会(SEC)は5月27日、マスク氏によるツイッター株取得の開示時期について調査を始めたことを明らかにし、マスク氏に宛てた書簡を公開している。
この調査で問題となっているのは、投資家が企業の株式の5%超を取得した際には、10日以内に報告する義務が課せられているという点だ。マスク氏は、その義務を果たしていなかった、として説明を求められている。
「5%未満」についての説明を求めてツイッターを揺さぶり、SECからは「5%超」についての説明で、揺さぶりをかけられているわけだ。
(※2022年5月30日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)