『みなしごハッチ』で、ハッチはママを探すけど、パパは探さない。そこにはナットクの理由があった!
こんにちは、空想科学研究所の柳田理科雄です。
マンガやアニメ、特撮番組などを、空想科学の視点から、楽しく考察しています。
さて、今回の研究レポートは……。
筆者が子どもの頃、『昆虫物語 みなしごハッチ』というアニメをやっていた。
それは「ミツバチの子どもが母親の女王バチを探して旅をする」という内容で、ハチにしてはあまりに人間的な行動に、子ども心にも驚いたが、見ているうちにすっかりハマってしまった。
ハッチは嵐に打たれても、川に流されても、カマキリに襲われてもくじけない。
母親に会いたいから。
そんなハッチのいじらしさに心を打たれ、筆者はとうとう最終回(第91回)まで毎週見続けてしまったのである。純粋な子どもでしたなー。
だが、いま考えると気になる問題がある。
ハチが母親を探して旅をするのはそういう物語だからよいとして、ハッチはなぜママだけを探して、パパを探さないのだろうか?
◆ハッチの生い立ち
ハッチが女王バチのママと離ればなれになったのは、スズメバチに巣を襲撃されたからだ。
凶暴なスズメバチの大軍は、ミツバチたちを手当たり次第に殺戮し、貯えの蜜を飲み散らし、卵を貪り食う。
女王は「子どもたちよ、一人でもいい。生き残ってミツバチの国を建て直しておくれ」と呼びかけながら、巣を捨てて逃げざるを得なかった。
このときハッチは、まだ卵だった。
迫りくるスズメバチの脅威を前に、その命は風前の灯……。と思われたが、女王の悲痛な叫びを天が聞き届けたのかもしれない。
巣からこぼれ落ちた一つの卵が、シマコハナバチのおばさんに拾われたのだ。
その卵はやがて孵化して、ミツバチの男の子が誕生。
その子は「ハッチ」と名づけられ、その後まだ見ぬ母親を探す旅に出るのだが、ちょっと待ったぁ!
ミツバチの子が、なぜミツバチの姿で生まれるの!?
ハチは、完全変態する昆虫だ。
卵→幼虫→蛹→成虫と、各段階で姿を変えながら成長する。
ハッチもハチである以上、最初からハチの姿で生まれるのではなく、ご飯粒を大きくしたような形の幼虫、すなわちハチノコとして生まれていただきたいが……。
◆なぜ父親を探さないのか?
細かいところに引っかかっている場合ではない。
『みなしごハッチ』で筆者がアタマを悩ませるのは、ハチの性別問題である。
たとえば、ミツバチの巣を襲撃したスズメバチ。
彼らは明らかにオスであった。
いや、本人たちがそう言っているわけではないし、人や昆虫を外見で判断してはいけない。
だが、腕組みをして「女王さえ捕まえておけば、あとは楽だぜ。ビヤーッハッハッ!」などと呵々大笑するスズメバチはやっぱりオスではなかろうか……。
ミツバチやスズメバチは社会性昆虫と呼ばれ、巣のなかでの役割に応じて、違う姿に産み分けられる。
春、女王バチは数匹のオスバチを連れて巣を離れ、空中で交尾する。
そして巣に戻り、最盛期には1日に2千個もの卵を産むという。
そのとき、女王バチは体内にためた精子で受精させた卵と、受精させなかった卵を産み分ける。
それらの卵は、次のような運命をたどる。
・受精した卵→メスになる。そのなかでロイヤルゼリーを与えられた幼虫は女王バチに、与えられなかった幼虫は働きバチになる。
・受精しなかった卵→オスになる。
なんと、精子という「オスの要素」があればメスになり、なければオスになる。
それがハチという生物なのだ。
そして、ここから重要な事実が明らかになる。
ハッチはオスだから、受精しなかった卵から産まれたわけだ。
つまり、ハッチはオスの精子なしで産まれた。
当然、ハッチに父親はいない!
いや~、長年の疑問が氷解しましたなあ。
ハッチが全編を通じてママばかり慕っていたのは、ハチである以上、当たり前だったのだ。
母親だけを探す旅は、オスバチとしてまことに正しい道であった……!
◆気になるハッチの運命
こうしてハッチは、科学的にも納得のいく旅路の果てに、妹のアーヤと出会い、彼女に案内されて建設中のママのお城に到着する。
そこでも反乱が起こったり、ママがスズメバチに連れ去られたり……とひと悶着あったが、ハッチの大活躍で、反乱は失敗、ママも無事に戻ってくる。
ついにハッチにも、幸せな日々が訪れた。
親子水入らずで、ママに思いっ切り甘えるハッチとアーヤ……。
あれ、待てよ。
前述のとおり、ハッチにパパはいない。
でも、受精した卵から産まれたアーヤには、パパがいるはずだ。
そのパパはいったいどこへ……?
実は、ミツバチのオスはまったく働かないため、食べ物が乏しくなる秋には、メスである働きバチたちによって、巣から追い出されるという。
その結果、最後は野たれ死に……。
だが、野たれ死にするほうがまだ幸せかもしれない。
春、女王バチと巣を飛び立ったオスのうち、ふたたび巣に戻ってくるのは、交尾に失敗した者たちだ。
アーヤの父親は、交尾に成功したはずだから戻ってこない。
では、どこへ行ったのか。
調べたところ、交尾に成功したオスは、交尾器がもげて女王バチの体内に残り、すぐさま死んでしまうという!
ぐわわ~、オトコとしては、そんな死に方だけは絶対にしたくない!
ママとしても、パパの最期の様子を娘に伝えるわけにはまいりませんな。
問題は、ハッチのその後である。
男子と生まれたからには、ハッチも他のオスたちと同じ道をたどるはずだ。
すなわち、交尾器がもげて悶絶死するか、交尾に失敗して巣からおん出されるか。
ああ、ハッチを待つ運命やいかに……!?
うーむ。『みなしごハッチ』はやはり、涙なくして語れない物語であったか。