新型コロナウイルスとの戦い真っただ中 正恩氏が「危険分子」を呼び戻した理由とは
北朝鮮外務省は14日、ロシアなど8カ国に駐在する大使を任命した、とホームページ上で発表した。その中で注目されたのが、金光燮・駐オーストリア大使。金王朝の親族でありながらも疎外され、今回、実に27年ぶりの帰還となった。昨年12月の段階でもう一人、金王朝の血を引き「危険分子」として遠ざけられていた金平日・駐チェコ大使も帰任しており、二人がセットのような形で北朝鮮に戻る運びとなった。
北朝鮮では最近、金正恩朝鮮労働党委員長の叔母で、張成沢氏(金委員長によって国家転覆陰謀行為で処刑)の妻・金慶喜氏が公の場に姿を現した。建国の父・金日成国家主席(金委員長の祖父)の血を引きながらも問題を抱えていた人物の露出で、北朝鮮ウォッチャーの間で話題になった。金委員長には、異母兄・金正男氏や張成沢氏のような「対抗勢力」はもはや存在せず、権力基盤が盤石になっていることを内外にアピールする狙いがあるのではないか。
◇「危険分子」の海外生活にピリオド
金光燮氏は、金日成氏と2番目の妻・金聖愛氏との間の娘・金慶真氏の夫。金慶真氏は、金委員長の父・金正日総書記からみれば異母妹となる。
1970年代、金正日氏が金日成氏の後継者として浮上すると、金正日氏は金聖愛氏側の家族を「権力継承の妨げになる枝葉」「危険分子」として排除した。金慶真氏の夫である金光燮氏もその対象となり、本国から遠ざけられた。1993年4月に駐オーストリア大使に就任して以来、北朝鮮に帰任したことがない。
オーストリアは北朝鮮の外貨や金の取引の拠点とされる。一部に金光燮氏が資金管理を任されていたとの報道があるが、指導部に近い人物は「金光燮大使にはその権限は与えられていない。大使としての表向きの仕事しか任されていなかった」と指摘する。
これに先立つ例が、金慶真氏の兄で、金正日氏の異母弟・金平日氏だ。金平日氏は金正日氏との後継者争いに敗れ、1988年以後、ハンガリー、ブルガリア、フィンランド、ポーランド、チェコの大使職を転々としていた。
ところが、その金平日氏も昨年12月、突然帰任し、30年以上の欧州生活にピリオドを打っていた。
▽金正恩体制の盤石さアピール/国内で監視も
金平日氏を巡っては、2017年に金正男氏が暗殺された後、亡命政府の樹立を目指す脱北者団体が、その首班として迎え入れようとした例もある。北朝鮮では住民の多くが今も、建国の父である金日成氏を慕い、その血統を重視するからだ。
金委員長が、事実上「国外流刑」の状態にしておいた金平日と金光燮の両氏の帰還を許可したのはなぜか。その理由についてはさまざまな分析がある。それを総合すると次のようになる。
▽金正恩体制は強固であり、2人が戻ってきても、もはや脅威にはなりえない
▽この先、亡命して反対勢力にならないよう、国内で監視しておく
▽実務に長けた人物を大使に据えて外交活動を活発化させる
もう一つ注目されたのが、金慶喜氏が夫の処刑以来初めて公の場に姿を現したことだ。公表された写真を見ると、平壌・三池淵管弦楽団劇場で、金慶喜氏が金委員長やその妹・金与正党第1副部長らと並んで席に座っていた。出席者リストにも、金慶喜氏の名前があえて記されていた。
最高指導者の直系は北朝鮮では「白頭血統」と呼ばれる。金慶喜氏は金日成氏の娘であり、「白頭血統」を持つ。金委員長としては金慶喜氏をあえて露出する形を取ることで、金与正氏も含めた「白頭血統」の結束を誇示したのではないか。
◇遠ざかる米朝対話の機運
後任の駐オーストリア大使には崔強一・外務省北米局副局長が任命された。北朝鮮屈指の「米国通」で、かつて北京で開かれていた核問題をめぐる6カ国協議にも参加していた。米朝首脳会談の準備の際、上司にあたる崔善姫氏(現・第1外務次官)を補佐する形で主要な実務を担っていた。
北朝鮮外交をめぐっては、今年1月ごろ、外相が米国通の李容浩氏から、対韓国政策の責任者を務めた軍人出身の李善権氏に交代している。加えて、党国際部長として外交を統括してきた李洙ヨン氏も退任。今回、実務者である崔強一氏が外務省を離れて欧州勤務をすることになったことから「対米交渉のラインはさらに縮小され、北朝鮮が、当分の間、米国に関与する意思がないことを示している」との観測が出ている。金委員長が昨年末、党全員会議で、米国との交渉を「長期戦」になるとしただけに、北朝鮮が対米交渉のラインを再整備した可能性もある。
ただ、オーストリアには国際原子力機関(IAEA)などの国際機関が集まっており、ニューヨーク・チャンネル(国連代表部を通じた連絡ルート)のような形で関係国との意思疎通を図るための布石との見方もある。
そもそも北朝鮮が8カ国の大使交代を一度に公開したこと自体が異例である。新型コロナウイルス感染症対策のために多くの国が閉鎖状態に入っているなかでも、自国には「感染者は一人も出ていない」と主張し、通常通りの外交活動をしていることを強調する意図もあるとみられる。