「防災の日」に考える堤防とダムの限界。あふれさせる治水と土地利用の変更が急務
昨年の台風第19号では140箇所で堤防決壊
これまでの治水の基本は堤防だった。堤防によって増えた水を川から溢れさせることなく河口まで流す。水を溢れさせないためには、同時に川の水位を低くする必要があり、主に4つの整備方法が行われた。
1)ある場所で水を貯める→ダム・遊水地など
2)川の幅を広げる →河川拡張工事
3)川の底を掘る →浚渫工事
4)水を別の場所に誘導 →放水路など
しかし、近年の豪雨でたびたび堤防は決壊もしくは越水している。
【用語】「決壊」と「越水」の違い
決壊……堤防やダムなどが切れて崩れること
越水……増水した水が堤防やダムなどの高さを超えてあふれ出すこと
「令和2年7月豪雨」の発災から、まもなく2か月になる。豪雨は九州、中部、東北地方など広範な地域で、多くの人命や家屋への被害のほか、ライフライン、地域の産業等にも甚大な被害をもたらした。このとき全国120か所で決壊、越水が発生したとされる(内閣府災害対策本部)。
昨年の「令和元年東日本台風(台風第19号)」では、関東、甲信、東北地方などで記録的な大雨となったが、堤防決壊は140か所で発生した(国土交通省「台風19号による被災状況と今後の対応について」)。その場所が冒頭の図である。
河川整備だけでは洪水は防げない
九州で猛烈な雨が降っていた7月6日、国は従来の治水政策を見直す方針を打ち出した。従来の堤防やダムによる河川整備だけでは洪水は防げないとして、貯水池の整備や避難体制の強化など、流域の自治体や住民と連携して取り組む「流域治水」へと舵を切った。
流域治水が提唱されたのはいまから50年前のこと。提唱者である高橋裕東大名誉教授(肩書きは現在)が出版した『国土の変貌と水害』(岩波新書、1971年)の要旨は次のようなものだ。
戦後、治水事業が進んだにもかかわらず、洪水が減らないのは、土地利用のあり方に問題があるからだ。堤防やダムの整備によって、中小規模の洪水を川から氾濫させずに河口まで流すことには成功した。しかし、水は川の中に押し込められ、一気に河口まで流れるようになり、中下流部では洪水の規模が大きくなった。また、都市部の地価上昇に伴い、宅地には不適とされてきた川沿いの低湿地で宅地造成が進み、新興住宅地を襲う水害は全国に広がった。
河川は、上流から中流、下流、河口、沿岸部まで流域全体を一体で考えなくてはならず、堤防やダムなどの構造物だけに頼る治水政策を転換し、雨水貯留や浸透技術なども組み合わせた社会システムとして流域治水をしなければならない。
高橋名誉教授は、2015年、日本のノーベル賞とも言われる「日本国際賞」を受賞したが、このときの会見でこう語っている。
「日本は臨海部に大都市や工業地帯が密集している。気候変動によって大型の雨台風が増え、海面上昇も続く。50年、100年先の日本の臨海部をどうするか、大方針を決めるべきだ」
八ッ場ダム以上に水を貯めた遊水地
従来のやり方だけで、増え続ける豪雨に対応しようとするのは、技術面、コスト面で難しい。流域治水とは、河川だけではなく、流域全体に視野を広げた治水対策だ。
「令和元年東日本台風(台風第19号)」では、新設された八ッ場ダムへの礼讃がSNSで拡散された。だが、流域全体で見ると1つの施設だけが効力を発揮し、利根川の決壊を防いだとは言えない。森林の状況、そのほかの施設、土地利用の状況など、流域内をどのように水が流れ、どこで緩和されたのかという総合的な視点が不可欠だ。
利根川流域では、八ッ場ダム以上に渡良瀬遊水地が水を貯めた。渡良瀬遊水地の貯水容量は東京ドーム140杯分に当たる約1億7000万立方メートルだが、この台風では過去最大となる約1億6000万立方メートルを貯めた。自然の緩衝材としての湿地は、自然界のスポンジのような働きで降った雨を吸収し、表面に広く水をため、河川の氾濫を抑える働きがある。
「令和元年東日本台風(台風第19号)」の際、那珂川(栃木県から茨城県を流れ太平洋に注ぐ)では堤防の決壊や越水が相次いだ。
そこで治水の方針を変える。従来の方法で堤防をかさ上げすれば、より多くの水を河道で流せるが、川の水位が高くなるほど、決壊したときのインパクトは大きい。毎年想定外の雨が降るなかで、決壊しない堤防を造るのは難しい。
そこで堤防だけに頼らず、越水を前提にしながら流域全体で洪水を受け止める。
流域の遊水施設として有望なのが、前述の遊水地や霞堤だ。
霞堤とは開口部から洪水をあふれさせる遊水効果と、上流で氾濫した水を川に戻す効果を持つ。これを住宅地のない箇所や氾濫原を中心に設置する予定だ。
流域で降った雨を川に流し込まない対策も講じる。水田に一時的に降雨をためる「田んぼダム」や、雨水を地中に浸透させる施設の整備などだ。
滋賀県の流域治水条例は「ためる」「そなえる」「とどめる」
流域治水には先例がある。滋賀県が2014年に定めた「滋賀県流域治水の推進に関する条例」だ。基本的な考え方は、「住民が川を身近に感じ、水があふれたとしても流域全体の備えで被害を最小限にとどめ、命を守る」というものだ。
具体的な施策は、従来型の「ながす」に、「ためる」「そなえる」「とどめる」を加えた4つに整理されている
1)河川整備などで川を安全にながす……河川整備を計画的・効果的に進める。
2)降った雨をためる……ため池、田んぼ、学校のビオトープ、各家庭での雨水活用などで雨を貯める。
3)地域づくりでそなえる……「地先の安全マップ」(大雨が降った場合に想定される最大の浸水深を表した図)を活用し、避難体制の検討やまちづくりを行う。
4)被害を最小限にとどめる……逃げ遅れても命が守れるよう避難空間を確保する。
「想定外の土地利用」からの脱却
もう1つ考えなくてはならないことがある。
豪雨災害の原因は、気候変動による温暖化がもたらした「想定外の雨」とされることが多い。日本では自然災害につながる1日当たりの降水量が100ミリ以上の大雨の降る日が増えている。だから、それは事実であるが、同時に「想定外の土地利用」が被害をより大きくしている。
日本の堤防は江戸時代に造られた。新田開発のために堤防を造って、複雑な分岐を見せていた川をまっすぐな一本の流れに整理した。そして、川が乱れる扇状地とアシヨシが茂る湿地帯が耕作地に変わった。これによって農地は拡大したが、氾濫原のまちは水害リスクを抱え込んだ。
戦後、そうした状況を改善するため、堤防の強化とダムの整備が行われた。これは一定の効果を示し、災害による死者数は減少した。
しかし、都市部の地価上昇に伴い、宅地には不適とされてきた川沿いの低湿地や土砂災害の発生しやすい場所でも宅地造成が進み、新興住宅地を襲う水害は全国に広がった。
また、被災地でよく目にするのは、大きな被害を受けた場所で、すぐに新たな建設がはじまることだ。「令和元年東日本台風(台風第19号)」の1か月後、河川が決壊した現場で個人住宅の建設が始まった。盛り土を行った様子もなかった。被害を受けた工場などが移転して地価が下がった一帯で、宅地開発が進むこともある。
しかし、ハザードマップが浸透すると、こうした無茶な開発はできなくなるだろう。
たとえば、危険なエリアに大規模マンションが計画されているとして、周辺住民がハザードマップを示しながら開発に反対するケースがある。
8月28日からはじまった不動産取引時の水害リスク説明は、土地利用の変更のスタートを意味するので、以下の記事もあわせて読んで欲しい。
Yahoo!ニュース「8月28日から不動産取引の「重要事項説明」に「水害リスク」が加わる理由」
浸水リスクの高い土地の保険料が上がる
さらに大手損害保険会社の火災保険料(水害を含む)は、来年1月から、自治体のハザードマップによる水害リスクに応じた保険料になる。
浸水リスクが低いと保険料は安くなり、高ければ保険料が上がる。ハザードマップだけでなく、損保が算定する保険料の動向からも、地域の水害リスクは明らかになる。
大手損害保険会社の保険金支払額は増えている。
「平成30年7月豪雨」の発生した2018年度は約1兆6千億円の支払い、「令和元年東日本台風(台風第19号)」の発生した2019年度の支払いは約1兆円となる見通しだ。
損保会社は、大規模災害に備えた準備金を積み立てている。しかし、毎年のように大規模災害が続けば準備金が減るため、準備金を増やすために保険料の値上げで対応する。各社は19年10月に全国平均で6~7%値上げしたが、21年1月にも5%を超える値上げをする見通しで、19年度の災害を反映させた場合、21年以降もさらなる値上げが予想される。
気候変動によって激しくなる豪雨に適応するには、水害リスクの高い場所に住まないか、豪雨のたびに迅速に避難するしかない。2年後には、土砂災害特別警戒区域における、新規の施設建設が原則禁止となる。
住む場所をすぐに変更するのは難しいが、災害後の復旧のあり方を考えたり、長期的なまちづくりを変更する必要がある。