ギクシャクする日韓関係の中、韓国総理が見せた日本政府に対する「大きな配慮」
日韓関係が重い。東京五輪に合わせた文在寅大統領の訪日をめぐる鍔迫り合いが続く中、韓国では駐韓日本公使の韓国記者に対する失言が報じられ、一部で熱気が高まっている。
そんな中、昨晩、各国首脳が集まる会談で韓国ナンバー2の金富謙(キム・ブギョム)国務総理が公然と日本をアシストしたことは余り知られていない。
●APEC首脳会談で菅首相と日本に言及
今日の会議を準備されたジャシンダ・アーダーン首相、ありがとうございます。
少し前に発言された菅義偉総理、「東京2020オリンピック」の成功的な開催を心から祈願します(16日のAPEC首脳会談における韓国・金富謙国務総理の発言を抜粋)。
16日晩、「APEC(アジア太平洋経済協力)」非公式首脳会談がオンラインで行われた。今年11月の本会議を控え、ニュージーランドのジャシンダ・アーダーン首相の呼びかけで開かれたものだ。
オンライン、さらに非公式とはいえ、会談はバイデン米大統領や習近平国家主席などが出席する格式を備えたもので、会談後には声明文も採択された。
実はこの会談で日本政府には一つの狙いがあった。「東京五輪の成功を各国首脳が願う」という文言を声明文に含めることだ。
菅首相はAPEC首脳会談での演説で、東京五輪について以下のように述べている。外務省HPが公開している発言概要を引用する。
最後に、来週に迫った東京オリンピック・パラリンピック競技大会について、万全な感染対策を講じ、安全・安心な大会を実現する強い決意を述べました。
また、「スポーツの力」を通じて未来を担う子供や若者にも夢と感動を伝えるとともに、世界が新型コロナウイルスという大きな困難に直面する今だからこそ団結し、人類の努力と叡智によって難局を乗り越えていけることを世界に向けて発信していきたいと強調しました。
しかし、採択された声明文『APEC首脳声明「新型コロナウイルスの克服と経済回復の加速」』にはついに、東京五輪についての言及は入らなかった。
そもそも東京五輪については、日本で未だ新型コロナが猛威を振るう中、各国首脳が開幕式への出席を見送るなど、否定的な印象があるのが現実だ。上記の菅首相の発言もどこか空回りした感がある。
だが、こんな日本にとって不利な状況の中、韓国の金富謙(キム・ブギョム)総理は敢えて冒頭の発言を行った。
通常、こうした会議では開催前に声明文が決まっている。東京五輪に関する内容が無いことを見越した上での、踏み込んだ発言と受け止められた。
背景が気になり、事情に詳しい韓国政府関係者に確認してみると「外交慣例上、あのような発言の場では主催国以外の国を名指しで言及することはない。今回の金富謙総理の発言は果敢なものとして受け止めてよいだろう」という答えが返ってきた。異例である、ということだ。
●遠い日韓関係'正常化'、公使の「不適切発言」も
韓国のナンバー2である金富謙総理のこんな配慮の裏には、日韓関係を改善したい韓国政府の強い思惑がある。
文在寅大統領は東京五輪に合わせた訪日の意志を早くから明らかにし、菅首相との日韓首脳会談も求めてきた。
こんな韓国政府の立場は「朝鮮半島の平和体制転換へのテコとするため」と説明されがちだが、筆者は単純に、日韓関係自体を正常化させる事の重要さにやっと気づいたものと受け止めている。
しかし日本側は「会って話すことは可能」だが、韓国側が求める「韓国への輸出規制強化の解除」に難色を示しているとされる。文在寅大統領の’手土産’が足りない、という立場だ。
具体的には、19年7月に日本側が輸出規制強化に踏み切るきっかけとなった、前年10月の徴用工裁判において、韓国政府が原告の日本企業側の賠償金を肩代わりするなどの「譲歩」を示すべきとするものだ。「日本は一銭も出さない」という原則の貫徹だ。
だが文大統領がここまでの譲歩に応じるとは思えない。昨晩、日本のTBSが『「GSOMIAの正常化」と引き換えで日韓が交渉中』と伝えたが、この条件を日本が飲むとは思えない。
いずれせよ、こうした’鍔迫り合い’は韓国内でも逐一報じられており、文大統領の訪日に対して韓国世論は否定的な方向に傾いている。
さらに16日晩、韓国のテレビ局『JTBC』が20時のメインニュースで「15日に駐韓日本大使館の‘高位関係者’と昼食会合を持った際、外交的にとても不適切な発言を行った」と大きく報じた。
発言の内容は「(日韓首脳会談を求める)文在寅大統領はマスターベーションを行っている」というものだったとJTBCは伝えた。外交において、独り相撲を行っているという表現が行き過ぎた形で現れたものだろう。
JTBCはまた、「本来はオフレコ前提(対話内容は公開しない前提)での会合だったが、内容が常識的でないと見て報道を決めた」と説明している。
駐韓日本大使館も17日早朝、相星孝一大使が上記発言を行った相馬弘尚総括公使に対し「厳重注意した」と発表している。同日、韓国外交部でも相星大使を呼び出し厳重に抗議するなど、新たな懸案となっている。
ネット上でも批判の声が高まっており、中には「文大統領はこんな国(日本)に行く必要はない」という強い反応も散見される。
見てきたように、状況は簡単ではない。
しかしAPEC会談における金富謙総理の発言からも明らかなように、韓国政府は日本との関係改善を強く望み実際に行動している。菅政権にとって、賢明な判断が求められる局面だろう。