ベランダなど高所からの幼児の転落を減らす〜再現実験が必要だ!
この秋も、子どもがベランダ等の高所から転落して死亡するケースが続いている。2022年11月5日に公開した「また起きた!『ベランダ等高所からの子どもの転落死』〜今後、どう取り組むべきか」という記事にも書いたが、従来の予防策は、「子どもから目を離さない」、「ベランダに足がかりになるものを置かない」など、保護者への啓発が主なものであった。しかしその予防効果はほとんどなく、ベランダからの転落は起こり続けている。
同じ11月5日の記事で、私が理事長を務めるNPO法人 Safe Kids Japanが行った「ベランダ等高所からの子どもの転落を減らすプロジェクト」の一部を紹介したが、今回は、実際に死亡事故が発生したベランダの壁と同じものを製作し、その壁に子どもが登れるかどうかの実験の結果を紹介したい。
一般に、死亡事故が起こると警察が現場検証を行い、調書としてまとめられる。調書には膨大な捜査情報が収載され、その中には同じような事故を防ぐための貴重な情報も含まれているが、それらの情報を一般の国民が知る機会はない。今回検討した転落死では、建物を建てた事業者が判明し、その事業者の協力が得られたことから、事故現場と同じ壁を作って検討することができた。
実際に起こった転落死事故について、報道等で公開された情報
この事故について、報道等によりわかっている情報は以下のとおりである。
・発生日時:2020年6月27日 午後8時頃
・発生場所:神奈川県山北町子育て世帯向け住宅「サンライズやまきた」6階のベランダ
山北町のホームページには、「子育て世帯の方々に快適で便利な住宅を提供するため、山北駅北側に中堅所得者向けの定住促進住宅として平成25年度に『サンライズやまきた』を建設しました。この住宅は、国の地域優良賃貸住宅制度により整備されたもので、子育て世帯の暮らしやすさにこだわったデザインや住宅性能、町営ならではのゆとりのある良質な住宅環境を創出しています。」と書かれている。
また、転落が発生したベランダについては、「お部屋の南側には大きな窓があり、広々としたバルコニーがあります。このバルコニーからは町立こども園、町役場、健康福祉センター(子育て支援センター)や山北駅を見ることができます。サンライズやまきたは、御殿場線沿いに建設されているため、布団などの洗濯物はバルコニー内で済ませていただくため、バルコニーの奥行きは170センチと広々とした造りになっています。」と記されている(太字は筆者による)。
・設計、工事監理、建設業務:やまきた定住促進パートナーズ株式会社
・発生状況:当時4歳の女児が、ベランダ壁を乗り越えて転落した。ベランダには踏み台になるようなものはなかった。(2020年6月29日 日本テレビ 「news every」より)
ベランダ壁の製作
上述したとおり、この住宅を建設した事業者が判明したため、担当者に本プロジェクト・チームのミーティングに参加してもらった。担当者もこの事故の原因を知りたいと考えており、予防策について一緒に検討したいと言っていた。担当者は、「この建物については、法的にはもちろん、施工上も問題はなかったが、実際に転落死事故が起きたということは、何かできることがあったのかもしれない」とも話していた。この事業者からは、ベランダ壁に関する詳細な情報(寸法、材質、塗料、吹き付け方法等)を知らせてもらい、プロジェクト・チームのメンバーが実際に現地に行って吹き付けの状況を確認し、それらの情報を協力企業に伝え、正確に再現してもらった。なお、この製作および実験は、公益財団法人 三菱財団の助成を受けて行った。
ベランダに関する詳細情報
・ベランダ壁の高さ 125cm
・ベランダ壁の幅 16cm
・床から足がかりとなり得る箇所までの高さ 13cm
・足がかりからベランダ笠木部分までの高さ 112cm
・窓からベランダ壁までの長さ(ベランダの奥行き) 170cm
・ベランダ壁のスリット幅 9.5cm
実験の方法
報道によると、ベランダに踏み台になるようなものはなく、転落の経緯は不明であった。ベランダの手すりは、建築基準法が遵守されている。
この実験機を用いて、京都府S保育園の3歳児、4歳児、5歳児クラスの園児を対象に、壁を乗り越えられるかどうかについて検討するため、実験を行った。壁を乗り越えられるかどうかの制限時間は30秒とし、園児は靴を履いたまま実験に臨んだ。
実験の結果および考察
実験は、京都府S保育園の園児20人が参加した。参加した20名のうち、製作した実験機の壁を乗り越えられたのは、5歳児クラスの3人のみであった。
上の画像でわかるように、子ども達はスリットの下にある高さ13cmの足がかりを使って壁に登っていた。このベランダの壁の高さは125cmであり、建築基準法に定められている110cmよりも15cm高いが、13cmの足がかりを使えば壁の高さは実質112cmとなり、それは5歳児クラスの子どもには容易に乗り越えられる高さである。
本実験では、5歳児クラスの子ども3人が乗り越えることに成功したが、多くの子どもは登ることができない結果であった。今回の再現実験で用いたのは、実際の転落現場にあったものと同様、「柵」ではなく「壁」タイプで、しっかり握れる場所がなく、壁の材質もザラザラしていて肌が触れると少し痛みを感じるような材質だったため、子どもにとっては登りにくいものであったと思われる。今回取り組んだ再現実験から、足がかりになるものを作らない重要性だけでなく、手がかりを作らないことによる効果も確認された。
その一方で、20人中3人の子どもが登ることができたという事実は看過できない。同じような構造のベランダは全国各地にあると推測され、足がかりがなくても子どもは乗り越えられるという事実を認識する必要がある。
既存の法令の見直しを
ベランダ等の手すりの高さについては、建築基準法施行令126条1項で「屋上広場又は二階以上の階にあるバルコニーその他これに類するものの周囲には、安全上必要な高さが1.1メートル以上の手すり壁、さく又は金網を設けなければならない。」と定めている。しかし、既存の法令や基準を守るだけでは、子どもの転落をなくすことはできないのは、前回の記事にも書いたとおりである。
法令は国民の生命や財産を守るためにある。既存の法令で子どもの命が守れないのであれば、法令を変える必要がある。今の日本では保護者への「啓発」が盛んに行われているが、その効果はほとんどない。啓発にはあまりコストはかからず、何年も前から同じ情報が提供されているだけで、その結果、同じ事故死が繰り返されている。アメリカでも日本と同じように窓やベランダ等高所からの子どもの転落が起きているが、その対策についてNational Association for Child Window Safety(全米子どもの窓の安全協会)の担当者は、「私たちは過去の経験から、単なる教育プログラムは成功モデルではないと考えています。責任ある法律家が作った責任ある法律だけが、子どもたちを救うことができるのです。」と語っている。
最近、国は、園バスの置き去りに関して、これまでの人力だけに頼らず、園バスにセンサ等の設置を義務付けるという画期的な対策を打ち出した。転落死についても同じ対応をする必要がある。いつも指摘しているように、子どもから目を離していても転落することがない「幼児の高所からの転落予防:安全徹底プラン」を早急に作成しなければならない。
1件でも転落の予防につなげたいと考え、今回は再現実験を行い、転落する危険性を明らかにすることができた。ベランダに足掛かりになるものを置いていなくても、このベランダの構造では子どもは転落するのである。「子育て支援住宅」と銘打っているのであれば、即刻この壁のすき間を埋め、13cmの足掛かりをなくす必要がある。また、建築基準法の所轄官庁である国交省は、警察の詳しいデータを入手して転落の原因を検討し、転落の原因がよくわからない場合は、現場の柵などを再現して、子どもたちが登ることができるどうかの実験を行うべきである。そのような検討を経てはじめて「何が起きたのか」「何を変えれば転落が起きないようにすることができるのか」がわかる。