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近畿財務局職員の三回忌に森友事件の本丸を考える

問題の国有地の前に立つ安倍昭恵首相夫人と籠池夫妻(関係者提供)

実刑判決、収監、そして保釈。籠池氏の闘争宣言

 世間の耳目を集めた森友学園、籠池夫妻補助金詐欺事件。その一審判決から一夜明けた2月20日の昼さがり。大阪拘置所に近いファミレスの一角に籠池泰典前理事長の妻、諄子さんの姿があった。実刑判決を受け、即日、大阪拘置所に収容された夫が保釈されてくるのを待っていた。

「お父さん立派やったわ。人間社会、現世ではいろんな人がいろんな絵を描くから有罪かもしれんけど、私の心の中、神様の世界では無罪やから。『(判決後の)記者会見頼むわ』と言って、10人くらいの事務官に囲まれて拘置所に行ったの。『行ってらっしゃい』と言ったら軽くうなずいてたわ」

拘置所近くのファミレスで“お父さん”の保釈を待つ諄子さん(撮影・相澤冬樹)
拘置所近くのファミレスで“お父さん”の保釈を待つ諄子さん(撮影・相澤冬樹)

 しかし諄子さんには気がかりなことがあった。夫婦そろって検察に逮捕され約300日間勾留されていたから、拘置所内の様子をよく知っているのだ。

「あそこは寒いのよねえ。きのうは冷え込んだでしょ。寒かったやろな。すぐに出てくると思ったから何も差し入れなかったけど、あそこで一夜を明かすんやったらフリースを差し入れたらよかった」

 ところがいくら待っても夫は出てこない。そのうち弁護士から連絡が入り、いったん大阪地裁で認められた保釈を、検察が高裁に抗告して止めたことがわかった。諄子さんは思わずつぶやいた。「また検察の嫌がらせだわ。でもきっと良くなる。前向きに考えるわ」

 翌2月21日の夜8時過ぎ、籠池泰典前理事長は判決から2日ぶりに保釈された。拘置所前で「お帰りなさい」と出迎える諄子さん。籠池氏は集まった報道陣に「3連休明けまで出して頂けないかと思っていました」とおどけた後で表情を引き締めた。「判決はまさに国策捜査の筋書きに沿ったものだと思います。もちろん控訴します。最高裁まで闘います

大阪拘置所から保釈され記者の質問に答える籠池氏(撮影・相澤冬樹)
大阪拘置所から保釈され記者の質問に答える籠池氏(撮影・相澤冬樹)

二審では完全無罪を主張へ

 「ベリーグッド!おいしいわ、ここ」籠池前理事長が声を上げた。横にはむろん諄子さん。保釈から数日後の昼下がり。近所の人に教わった喫茶店で手作りのケーキをほおばった籠池氏の第一声だ。私は尋ねた。「甘いものはお好きですか?」「好きですよ。お酒も飲むけど最近はあまり飲まないからね」

ケーキをほおばり「ベリーグッド!」(撮影・相澤冬樹)
ケーキをほおばり「ベリーグッド!」(撮影・相澤冬樹)

 この店に来たのは控訴審での方針をじっくり聞くためだ。一審は籠池前理事長が懲役5年の実刑。諄子さんは起訴された内容の一部が無罪になり、執行猶予のついた懲役3年の判決だった。夫妻はすでに控訴している。どう闘うのか?籠池氏は明言した。「全面無罪。それでいきます

 元特捜検事の郷原信郎弁護士に相談したところ、「量刑がより軽い補助金適正化法違反にすべき話」として、詐欺に問うべきではないという考えを示されたという。

 しかし籠池氏は一審では起訴内容の一部を認めていた。幼稚園の運営を巡る大阪府などの補助金について、一部に書類を書きかえるなどの不正があったと認めた上で、ほかの部分の無罪を主張していた。だから籠池氏は一審では完全無罪はありえなかった

「これ以上食べると太るわ~」と”お父さん”の勧めを断る諄子さん(撮影・相澤冬樹)
「これ以上食べると太るわ~」と”お父さん”の勧めを断る諄子さん(撮影・相澤冬樹)

 これについて籠池氏は語った。

「(申請に必要な)診断書をいじくった。それは認めるけど、保護者によっては発行日が適切でない診断書を出す方もいる。取り直してもらうのも何だから手を加えたことはある。補助金ですべきこと(教員の配置など)はしていたんですよ。でも弁護士から『診断書を変えるのは罪。そこは認めた方が裁判官の心証がいい』と言われて従った。

 だから判決を聞いて思ったね。甘い!…あ、これはケーキのことじゃないからね。弁護団のことね」

 もっともこれは籠池夫妻の受けとめ方であって、弁護団には弁護団の考え方がある。詳細には明らかにできないが、夫妻との間で様々な行き違いがあった。第三者が一方的に弁護団を非難するのは適切ではない。

籠池夫妻の弁護団は大阪で名うての刑事弁護士である(撮影・相澤冬樹)
籠池夫妻の弁護団は大阪で名うての刑事弁護士である(撮影・相澤冬樹)

検察の控訴は「懲役5年では足りぬ」

 一方、検察も判決を不服として控訴した。一部無罪の諄子さんについて控訴するのは当然予想されたが、起訴された内容のすべてが認められ実刑判決になった籠池氏についても控訴した。これは「懲役5年では足りぬ」と、より重い刑を求める検察の姿勢を示している。

 その検察の控訴申立人は大阪地検の山本真千子次席検事。籠池夫妻を逮捕起訴した時の大阪地検特捜部長だ。そして、財務省の背任・公文書改ざん事件を不起訴にした時の特捜部長でもある。まさに因縁であろう。

大阪地検前ではこんな抗議も行われたのだが…(撮影・相澤冬樹)
大阪地検前ではこんな抗議も行われたのだが…(撮影・相澤冬樹)

近畿財務局職員の三回忌に森友事件の本丸を考える

 籠池夫妻の法廷闘争は第2ラウンドで更に激しさを増しそうだ。しかし、この裁判で何が解明されたというのだろう?

 一審の裁判をずっと傍聴してきて私が感じたのは、「とにかく何が何でも夫妻を有罪にしたい。特に籠池前理事長を実刑にしたい」という検察の強い意向だ。判決はまさにその通りになった。

 森友学園の小学校建設の補助金申請に深く関わった設計業者や建設業者は詐欺の共犯とされたが起訴猶予となり、逮捕も捜索もされなかった籠池夫妻だけが逮捕され、約300日間にわたって拘置所に身柄を勾留された。この点を籠池氏は「口封じのための国策捜査だ」と法廷で訴えた。

小学校の校舎が立つ国有地は8億円も値引きされていた(撮影・相澤冬樹)
小学校の校舎が立つ国有地は8億円も値引きされていた(撮影・相澤冬樹)

 何の口封じか?森友事件の本丸である国有地の不当な値引きだ。小学校の用地として財務省近畿財務局が学園に売った国有地は8億円も値引きされていた。財務省は「地中3メートル以下の深さにあるごみの撤去費用だ」と説明したが、そんなごみが本当に地中の奥深くにある証拠はどこにもない。そしてこの土地に建つ小学校の名誉校長は安倍昭恵氏、つまり安倍首相の妻が就任していた。「そこの経緯をしゃべられたくないから別件で逮捕したのだ」と籠池氏は訴えた。

安倍昭恵首相夫人は繰り返し森友学園を訪れ名誉校長に就任した(関係者提供)
安倍昭恵首相夫人は繰り返し森友学園を訪れ名誉校長に就任した(関係者提供)

 不当な値引きを行った近畿財務局による背任。その土地取引の経緯を記した公文書の改ざんを指示した財務省の佐川宣寿理財局長(当時)ら。安倍昭恵首相夫人の名前は公文書からすべて消された。こうした森友事件の本丸にあたる不正の刑事責任は一切問われていない。裁判にならないから真相は解明されないままだ。

 そして、改ざんを上司に強要された近畿財務局の職員は、精神的に追い詰められて自ら命を絶った。それがおととしの3月7日のこと。今年の3月7日はこの職員の三回忌だった。事件の犠牲者のことを忘れてはならない。

改ざんを強要された財務省近畿財務局の職員は自ら命を絶った(撮影・相澤冬樹)
改ざんを強要された財務省近畿財務局の職員は自ら命を絶った(撮影・相澤冬樹)

国有地値引きと公文書改ざんの真相究明を報道と市民の力で

 籠池夫妻については、安倍首相批判に回って以降、政権に批判的な人々の間で一種もてはやすような空気がある。

安倍首相に切られたと感じて籠池夫妻は安倍氏批判に転じた(撮影・相澤冬樹)
安倍首相に切られたと感じて籠池夫妻は安倍氏批判に転じた(撮影・相澤冬樹)

 一方で、教育勅語の暗唱などかつての教育方針や差別的言動などから「この夫妻のことは容認できない」という人々もいる。

 私はいずれの立場も取らない。私が注目しているのは籠池夫妻への捜査や裁判が本当に公正なものと言えるかどうかだ。そのために裁判を傍聴しているし、夫妻への取材も続けている。夫妻のこれまでの言動が容認できないとしても、不当な捜査、不当な裁判が行われてよいということにはならない。これについては二審でも争われることになるだろう。

安倍昭恵首相夫人と籠池夫妻。両者の出会いから様々なことが動いた(関係者提供)
安倍昭恵首相夫人と籠池夫妻。両者の出会いから様々なことが動いた(関係者提供)

 だが最も大切なことは、国有地の不当な値引きと、土地取引の経緯を記した公文書の改ざんだ。改ざんによって安倍昭恵首相夫人の名前は消えた。そして改ざんを強要された職員が命を絶った。これこそ森友事件の本丸であり、犠牲者が出ているのだ。

 籠池夫妻の詐欺事件は、これら本丸から世間の目をそらす効果があった。だから“国策捜査”を訴える籠池氏の主張にも一理ある。籠池夫妻の裁判は、森友事件の本丸とはまったく無関係だ。

 国有地の値引きと公文書改ざんの真相究明は本来なら検察の役目だが、大阪地検特捜部はすべてを不起訴にしてその役割を放棄した。だからこそ市民が声を上げ続けることが大切だ。さらには報道の出番だろう。私も記者としてこれからも取材にあたる。犠牲になった近畿財務局職員の無念を晴らすためにも。三回忌にあたり決意を新たにした。

【執筆・相澤冬樹】

特捜部がやらないなら報道と市民の力で真相究明しよう(撮影・相澤冬樹)
特捜部がやらないなら報道と市民の力で真相究明しよう(撮影・相澤冬樹)

宮崎生まれ。NHKで記者修業30年余(山口・神戸・東京・徳島・大阪)。森友事件取材中に記者を外され退職。経緯は文春文庫『メディアの闇「安倍官邸vs.NHK」森友取材全真相』。還暦間近なるも修業継続中。「取材は恋愛に似ている」を信条に、Yahoo!ニュースや週刊文春、週刊ポスト、日刊SPA!、日刊ゲンダイなど様々な媒体で執筆。ニュースレター「相澤冬樹のリアル徒然草」配信中→http://fuyu3710.theletter.jp/about

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