衣替えは最速30分!名古屋のシンボル・ナナちゃん人形の舞台裏
人気キャラのコスプレや“映える”演出で注目度が急上昇!
ナナちゃん人形は名古屋駅・名鉄百貨店前に立つ巨大なマネキン人形。ドレスや着物、アニメや映画のキャラクターなど様々な衣装に着替え、さらには鼻息が噴き出すなどのインパクト抜群の演出で、話題を振りまく存在です。
誕生は1973年。名鉄百貨店セブン館(現在は閉館)のオープン2周年を記念して同館エントランス前に設置され、セブン館にちなんで「ナナちゃん」と名づけられました。高さは6・1m。名鉄百貨店のセールなどに合わせて振袖やサンタの衣装、水着などを着てPRする他、交通安全などの啓もう活動にも活用されます。
注目度が高まるきっかけとなったのが2012年の一般企業への広告媒体としての使用解禁。それ以前は名鉄百貨店関連または公共性のある利用に限定されていたところ、一般企業へも門戸を広げました。これによって衣装はより多彩かつインパクト重視のものが増え、また映画やアニメのキャラクターに扮するいわゆる“コスプレ”もバリエーションに加わりました。
これに負けじと“オーナー”である名鉄百貨店がよりインパクトある演出にチャレンジするように。セールの安さに驚いてあごを外す、上半身を傾けておじぎをする、鼻息をブシューッと噴き出す、などなど。
こうしたハデ&過激路線への進出とSNSの浸透がちょうど重なったこともあり、写真や動画がネット上に盛んに投稿・拡散されるように。新作衣装に着替えた時には常時、ナナちゃんの前で写真を撮る人が絶えないほどになりました。
筆者は2007年から、ナナちゃん人形の全衣装を撮影していますが、ここ5~6年は明らかにナナちゃんの写真を撮る人が急増していると感じます。
□「ナナちゃん人形コスプレコレクション2019」(AllAbout名古屋)
衣装製作・着替えの舞台裏に迫るツアーを開催
こんな名古屋のシンボルであるナナちゃん人形をよりディープに知ることができる催しが開催されるというので、早速参加することにしました。名古屋の街歩きを中心に企画している大ナゴヤツアーズの「ナナちゃん衣装替えに密着!名鉄百貨店 ナナちゃんコレクションツアー」です。
平日の午後2時スタートにもかかわらず定員の15名はすぐに一杯に。集合場所はもちろんナナちゃん人形の足元です。まずは衣装の工房見学。タクシーに乗り込んで10分ほど、到着したのは日展というディスプレイなどを手がける企業。ナナちゃんの衣装はここでつくられているのです。
社屋に入ってまず出迎えてくれたのは、何と倉庫の天井から吊り下げられたナナちゃん! しかも上半身だけ! 白い巨大なマネキンを仰ぎ見る光景はかなりシュールですが、そのお顔はまごうことなき見慣れたナナちゃんです。
さらには過去の衣装を保管する部屋へ。衣装ごとにまとめられ、衣装ケースやラックに納められています。
「保管しているのは30着ほど。ナナちゃんの貸し出し期間は通常1週間なので、役目が終わった衣装は広告主に返却するか、ここで保管します。しかし、年間何十着とつくる衣装をずっと残しておくわけにもいかないので、基本的に1年たったら処分します」と日展の武藤義明さん。是非譲ってほしい、という問い合わせもしばしばあるそうですが、残念ながら譲渡が実現したことは過去にないそうです。
一週間の使用料は100万円!知られざるナナちゃん人形豆知識
続いては名鉄百貨店担当者によるクイズ形式のナナちゃん人形豆知識。
〇「ナナちゃん人形の出身地は?」→「2013年までは公式でスイス製とされていたが、新聞社の調査により長野県伊那市の木材会社が製作したことが判明」
〇「ナナちゃん人形の一週間の使用料は?」→「100万円+税。これは通常のマネキンのレンタル代の約100体分。ただし衣装製作費・着せ付け代は別途」
〇「ナナちゃん人形の動作で最も話題になったのは?」→「2016年の鼻息の噴射。毎時7のつく分の10分ごとに行われる噴射は実は手動で、脇に設置した小屋に予備のガスタンク10数本とともにアルバイトが潜んでいた」などなど。
衣装を制作する日展も知られざる裏話を披露。「Tシャツは伸縮性のあるニットを使用。直接着せると体のラインが出てしまうので下にペチコートを着せる」「着物を着せる時は、人間がバスタオルをお腹に巻くのと同様に梱包材を何重にも巻く」「某アニメの人気キャラクターに変身した際は、FRP製プロテクターをつくった上で伸縮性のあるレザー素材でコスチュームを着せた」など、これまたマニア垂涎のレアな話題がてんこ盛りでした。
高さ6mのナナちゃんと同じ目線で見つめ合う!昇降機体験
そして、ツアーの最大の目玉が昇降機の同乗体験。衣装の着せ替えに使う昇降機に載って、地上約6mのナナちゃんの顔の高さまで昇ることができるのです。乗り込んだ昇降機のカゴ部がまっすぐ上に上がっていき、あっという間に天井間際まで。いつも下から見上げていたナナちゃんの顔がすぐ真横に。顔だけで1mほどはあるでしょうか。その存在感からか、間近で見ると想像以上に大きく感じます。
ツアーの参加者はもちろん全員ナナちゃんファン。「他県の友だちが遊びに来た時はよく連れてきています。今日は貴重な裏話が聞けたので、これからは友だちにも聞かせて自慢したいです」とは名古屋在住の20代女性。中にはわざわざ大阪から来ていた女性も。「名古屋に友人がいるので時々来ていて、ナナちゃん人形を知ったのは4年前。“名古屋にはこんなものがあるんだ!”と衝撃を受けました。洋裁のデザインをやっているので大きな衣装をどうやってつくっているだろう?と関心があって、参加しました」。
ガイドを務める名鉄百貨店の保田めぐみさんも“ナナちゃん愛”があふれんばかり。「ナナちゃんは今年48歳になるんですが、毎年お正月は振り袖姿。そろそろいいお相手を、といつも思っているんですが、身長6mのナナちゃんと釣り合いの取れるパートナーがなかなか見つからないんです」など愛情たっぷりの解説は、ツアーを温かな感動をともなうものにしてくれました。
スピーディーな“生”着替え。シンプルな衣装なら30分で着せ替え完了
ツアーは16時でいったん終了。しかし、この後、ナナちゃんの着替え作業が行われるということで、少なくない参加者がそのまま居残り。巨大な衣装をどうやって脱がせ、着せるのか、見学することになりました。ナナちゃん人形の着替えは基本的に火曜日の夕方17時~(不定期)。ツアーが平日の昼に行われたのも、この作業にスケジュールを合わせてのことだったのです。
衣装は前身頃・後ろ身頃・上半身・下半身・腕などのパーツに分かれ、チャックや粘着テープで貼り合わせていく構造。2台の昇降機を駆使した7~8人のスタッフによる作業は非常にスピーディーで、「現状の衣装の取り外しは数分ほど、衣装が複雑でなければ最短で30分程度で着せられ、衣装の構造や小物など付属品の点数などにもよりますが1~3時間で完了します」と日展・武藤さん。あれよあれよという間の変身ショーは一見の価値アリ。ただし、いつ着替えをするかの公式なアナウンスはないため、タイミングを合わせて作業風景をじっくり見学できるのはやはり貴重な体験です。
この日、ナナちゃんが新たに身にまとったのは“山ガール”の衣装。岐阜県高山市・新穂高ロープウェイのゴンドラリニューアルをPRするのが任務です。
「人通りが多い場所にあるし、それ以上にSNSで皆さんが拡散してくれるので話題性が広がりやすい。名古屋でこれほど目立つ広告媒体はナナちゃんをおいて他にありません」と新穂高ロープウエイを運営する奥飛観光開発の藤井かずねさん。名古屋駅エリアの南側にあたるささしまライブが2017年に街開きしたことで人通りが増えたこと、そしてSNSの普及によって、ナナちゃんの広告媒体の価値も近年明らかに高まっているのです。
再開発後の去就は未定。魅力の伝導を地域のシンボルを守る足がかかりに
「名古屋の人たちが大好きなナナちゃんのツアーはずっとやりたいと思っていて、設立以来3年越しでようやく実現しました」と今回のツアーを企画した大ナゴヤツアーズ代表の加藤幹泰さん。参加者からも「いろんなツアーに参加したけど今回は特に充実していた!」という声が聞こえてきました。次回があるかは未定ですが、地域のシンボルへの関心や愛情が深まる、そして名古屋でしかあり得ない非常に魅惑的な機会だったことは間違いありません。
そして、ナナちゃん人形についてファンならずとも気になるのが今後の去就です。所在地である名鉄百貨店を含めた名鉄グループの大規模な駅前再開発が、向こう10年以内のリニア新幹線開通に合わせて計画されているのです。
「たくさんのお問合せをいただいているのですが、再開発の詳細が決まっていないため私たちも現時点ではお答えしようがないんです」と名鉄百貨店・保田さん。“去就は未定”という状況だけに、今回のようなツアーでその魅力を伝えていくことはきわめて有意義だと感じます。
近年は、地域に愛されてきた建築やパブリックアートを古くなったからといって取り壊すのではなく、保全し残していこうという気運が高まっています。これだけ巨大で、しかも単なるオブジェではなく広告媒体として稼働しているマネキン人形はおそらく世界唯一。ナナちゃん人形が、名古屋が誇るオンリーワンのシンボルして、これからも愛され続けて行くことを願ってやみません。地域の魅力を掘り起こすマイクロツーリズムが、ローカルの文化を守っていくきっかけになってほしいものです。
(写真撮影/筆者 ※一部参加者提供)