Yahoo!ニュース

ソウル・釜山両市長選で与党大敗…韓国政治は「再編期」に突入

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
7日、ソウル市長に当選した国民の力の呉世勲(オ・セフン)氏。同党HPより引用。

7日に投開票が行われた、ソウル・釜山(プサン)両市長選挙は、いずれも最大野党・国民の力の圧勝で幕を閉じた。文在寅政権は残る任期中、厳しい舵取りを迫られることになる一方、来年の大統領選に向け与野党共に再編が加速化する見通しだ。

●野党は連敗を「4」でストップ

8日午前3時過ぎに確定した開票結果によると、ソウル市は与党・共に民主党の朴映宣(パク・ヨンソン、61)候補が39.18%の得票、最大野党・国民の力の呉世勲(オ・セフン、60)候補が57.50%の得票だった。その差は18.32%ポイントだった。

釜山市では共に民主党の金栄春(キム・ヨンチュン、59)候補が34.42%の得票、国民の力の朴亨埈(パク・ヒョンジュン、61)候補が62.67%の得票だった。その差は28.25%ポイントだった。

与党指導部は当日まで「1〜3%の接戦」と発言していたが、蓋を開けてみたら、下馬評通り国民の力の大勝だった。これにより同党は、国政選挙での4連敗という下り坂を食い止めることができた。

過去、現与党・共に民主党が勝利した選挙

・2016年4月:第20代国会議員選挙(総選挙)。共に民主党123議席、セヌリ党(現:国民の力)122議席。

・2017年5月:第19代大統領選挙。共に民主党から立候補した文在寅現大統領が当選。

・2018年6月:全国同時地方選挙。共に民主党が得票率51.4%で圧勝。

・2020年4月:第21代国会議員選挙(総選挙)。与党系が議席6割、180議席を獲得。

前回の記事で、筆者は選挙の見どころとして、「与党の負け方」、「若年層の支持の行方」、「3位あらそい」という3つのポイントを提示した。ここからは順に見ていきたい。なお、本稿はソウル市長選の話題が中心になっている点を先にお断りしておきたい。

【参考記事】

明日から事前投票…「文在寅政権の審判」に傾くソウル・プサン両市長選、3つの見どころ

https://news.yahoo.co.jp/byline/seodaegyo/20210401-00230466/

(1)与党大敗の敗因は「青瓦台の傲慢」

事前の世論調査では今回の選挙は「国政」つまり文在寅政権の政治を審判するものだ、という認識が半数を超えていた。

選挙結果はその通りになったが、韓国では「国民は国民の党を支持したのではなく、文政権を審判したものだ」(保守紙『朝鮮日報』8日社説)という見方が強い。

17年5月に発足した文在寅政権は20度以上にわたる不動産値上がり対策に失敗する一方、公示価格を引き上げることで富裕層の税負担を上げ、家を持つ者、持たない者共に不満を募らせていた。

一般的にこの辺の心理は日本では中々理解されないだろう。韓国では今も「家(都市部のマンション)を持つ」というのは中産層のステイタスとなる一方で、富裕層にとって不動産は投機の対象だ。コロナ以前、街のカフェは不動産話に花を咲かせる人々で溢れていた。

だが果たしてそれだけだろうか。8日、筆者が通話したある与党関係者が指摘した「(19年夏の)曺国(チョ・グク)騒動から文政権には傲慢さが見え隠れしていた」という点は重要だ。

当時青瓦台(大統領府)は、民心悪化の兆候をキャッチしていた与党からの「自重」を求める声を聞き入れず、突っ走って行ったというのだ。

この傾向は翌年20年に検察との正面衝突を敢行した強引な「検察改革」へと受け継がれ、さらに今年2月の住宅公社職員による、内部情報を用いた開発予定地への先行投資疑惑がトドメとなった。

こうした青瓦台と与党のギクシャクした関係は、選挙戦にも現れていた。昨年4月の総選挙では各候補が競って文大統領との関係を強調したが、今回の選挙では文大統領は「マイナス」の存在に他ならなかった。

投票日前日の7日、演説する与党の朴映宣候補。若者の街・弘大で行われた集会には数百人が詰めかけた。筆者撮影。
投票日前日の7日、演説する与党の朴映宣候補。若者の街・弘大で行われた集会には数百人が詰めかけた。筆者撮影。

今や文政権批判の代名詞となった言葉に『ネロナムブル』がある。これは「自分がする場合はロマンス、他人がする場合は不倫」という文を省略したもので、「ダブルスタンダード」を批判する際に使われる。

文大統領が就任時から掲げる’公正’を体現する存在と思われた曺国氏が、子どもの大学院入学のために証明書を偽造し、庶民に住宅を供給すべき住宅公社の職員が投機を行っていたという「建前の崩壊」により、有権者は政権に背を向けたのだった。

特に中道層の離脱が大きかった。与党は昨年4月の総選挙で、ソウル48議席のうち41議席を獲得するほど勢いがあったが、今回の選挙では25の区すべてで得票率において最大野党の後塵を拝した。

「保守・進歩(双方とも中身が言葉と合致しているかはさておき)の両陣営による争い」として考えられがちな韓国政治で見えにくいこの層は、「固定的に支持する政党を持たず、選挙のたびに投票先を変える層」と端的に説明できる。

16年末から17年3月にかけて行われ、当時の朴槿惠政権の弾劾を後押しした「ろうそくデモ」は、中道層が積極的に支持したことで全国的なムーブメントとなった。そんな彼らが今回、完全に与党を見限り、最大野党になびいたことで大差での敗北となった。

一方、「与党の負け方」については、大差か接戦かが焦点となっていた。元々、与党所属の両市長によるセクシャルハラスメントという不祥事で行われることになった選挙だ。与党としては、負けるにしても5%ポイント前後という最小限のダメージで選挙を乗り切りたかった。

だが、これはどだい無理な話だった。朴映宣候補の「もう一度チャンスを」という呼びかけもむなしく、結果は大敗だった。別の民主党関係者が8日、筆者に「民心の反発がこれほどまでとは思わなかった」と明かしたように、世論を読み違えていた。

(2)若者層の支持に男女差

二つ目のポイントは「若者層の支持がどこに向かうのか」だった。なお、年代別の投票先については、選挙管理委員会から正式な資料が出ていないため、放送3社によるソウル市の出口調査の結果を参考している。

まず、「18歳・19歳・20代」という一括りを見ると、男性の22.2%が与党・共に民主党に、72.5%が最大野党・国民の力に投票した。女性は44.0%が共に民主党に、40.9%が国民の力に投票した。

次に「30代」を見ると、男性の32.6%が共に民主党に、63.8%が国民の力に投票していた。女性は43.7%が共に民主党に、50.6%が国民の力に投票していた。

ソウル市の出口調査を基にした年代別の投票先。上から18〜20代、30代40代50代60代だ。それぞれ上段が男性、下段が女性、青が与党で赤が最大野党だ。灰色が「その他」となる。公営放送KBSより引用。
ソウル市の出口調査を基にした年代別の投票先。上から18〜20代、30代40代50代60代だ。それぞれ上段が男性、下段が女性、青が与党で赤が最大野党だ。灰色が「その他」となる。公営放送KBSより引用。

このように、若者層の男性は圧倒的に国民の力を支持した。これはこの世代、特に20代男性にとって韓国社会が息苦しく感じられている点と無関係ではない。

ある世論調査を見ると、総体として「韓国社会は男性の方が暮らしやすい」という認識がある中で、20代男性だけが女性よりも男性の方が暮らしづらいと認識している。

背景には、厳しい競争にさらされる若年層にとって、もはや女性は「弱い存在」ではなく「優秀な競争相手」となっている現実がある。そしてこの傾向が「フェミニスト大統領(実際はともかく)」を自認する文在寅政権下で加速しているという認識が、男性の文政権・与党離れを招いている。

【参考記事】

「男性の方が暮らしやすい韓国」の若者が抱く、複雑な“ジェンダー差別観” …世論調査で読む(ニュースタンス)

https://www.thenewstance.com/news/articleView.html?idxno=3021

一方、「20代(男性)にとって当選した呉世勲候補は10年前に市長職を投げ出した元市長ではなく、政治新人のようなものだ」という見立ても一理ある。

これは2018年4月、11年ぶりの南北首脳会談が行われた席で、終始にこやかだった朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)の金正恩委員長に対する好感度が、若者層で相対的に高かったことにもつながる。「やらせてみよう」という選択肢に入るということだ。

こんな20代30代に対し、進歩派は「保守化」と表現するがこの見方は正確ではないだろう。『ハンギョレ』が8日、ある記事の見出しを「保守化」から「進歩からの離脱が加速」と差し替えたように、「保守化」というのはあくまでも進歩派から見た角度でしかないからだ。

若者層もまた、悩んでいると見た方が良い。その証拠に、20代女性の15.1%が与党や最大野党ではない「第三の候補」に投票している。

これは全世代で比べても圧倒的な高さで、5年前の「ろうそくデモ」で退場した保守政党でも、4年間任せてもダメだった進歩政党でもない‘代案’を求めた動きと解釈できる。

なお、40代は49.8%対48.3%と、全年代の中で唯一、与党支持者が最大野党支持者を上回った。

(3)3位争いは残念な結果に

筆者は選挙前に、今回の選挙は韓国社会の今後を占う意味もあると言及した。前述したように、保守・進歩の巨大両党共に水準に満たないという認識の下、韓国社会を前に進める政党の出現そして躍進が期待された。

さらに、与党現役市長のセクシャルハラスメントにより行われた選挙であったが、本来、改革の受け皿となるべき第二野党・正義党もまた代表による所属女性議員へのセクシャルハラスメントにより、候補擁立を断念していたことで、未来を担う新たな芽が出るかに注目が集まっていた。

だがソウル市で3位には、実現不可能なバラマキ公約を乱発する許京寧(ホ・ギョンヨン、71)氏が52,107票(1.07%)を集め3位に入るという残念な結果に終わった。

一方で、女性議党の金珍芽(キム・ジナ、45)候補が33,421票(0.68%)で4位に入った点は注目に値する。同党は昨年4月の総選挙でも比例票20万8000票あまりを集めており、地力を見せた。

同党は8日、金珍芽候補が4位となったことを受け「これは女性議党が結党から一年で得た優秀な成績表だ。もう女性達は選挙広報物のつじつま合わせのために付け加えられる数行の女性政策に満足しない」とし、「与野党が女性有権者の票を得ようと選挙シーズンになってやつと女性の人権に言及する欺瞞行為に、女性はこれ以上期待しない」と発表した。

他に、ベーシック・インカム導入を主張する基本所得党の申智恵(シン・ジヘ、33)候補23,628票(0.48%)で5位になり、前回のソウル市長選で’フェミニスト候補’として4位に入った申智藝(シン・ジイェ、31)候補が18,039票(0.37%)で6位と続いた。

今回の選挙が「文政権の審判」に傾いたことで、他の候補に注目が集まらなかった点は惜しまれる。

女性議党から立候補し、得票数4位となった金珍芽候補(中央)。同党ツイッターより引用。
女性議党から立候補し、得票数4位となった金珍芽候補(中央)。同党ツイッターより引用。

●総評:韓国は政治の季節、丁寧な視点を

8日午前、共に民主党は議員総会を開き、全指導部の辞任を決めた。大敗を受け、同党は抜本的な立て直しを迫られることになる。

来年3月に行われる次期大統領選候補として、代表職を辞して今回の選挙に臨んでいた李洛淵(イ・ナギョン、68)前総理は、選挙結果のダメージによりこのままフェードアウトする可能性すらある。

次期大統領を問う各種世論調査で首位を争うもう一方の雄・李在明(イ・ジェミョン、56)京畿道知事は、党内基盤が弱く文在寅大統領を支持する主流派からも人気がない。

前出の同党関係者は「今後は李在明をどう見て、どう受け止めていくのかに悩むことになる」と明かしている。

与党は当初、5月9日に新代表を選ぶ党大会を予定していたが、5月2日にこれを早め立て直しを急ぐ。また、その後は大統領選の最終候補を選ぶ日程が待ち受けている。これを当初よりも遅らせ11月まで引っ張るのか、どんな候補たちが最終候補を争うのかも含め注目ポイントは多い。

一方の国民の力は勢いに乗るが、8日に退任した金鐘仁(キム・ジョンイン、80)非常対策委員長不在の影響がどう出るかが不透明だ。

金委員長は、李明博・朴槿惠前大統領の逮捕後も膿を出し切れなかったばかりか、黄教安(ファン・ギョアン)前代表を先頭に「右傾化」することで総選挙で大敗した同党を、中道寄りに立て直した。光州でひざまずいて謝罪し、李明博・朴槿惠両者の有罪確定を受け謝罪もした。

8日、退任の挨拶を行う国民の力の金鐘仁委員長。「党の最大の問題は内部分裂と反目だ」と述べ、「党内の権力にだけ欲をかく人々が党内に多い」と最後まで苦言を呈した。同党HPより引用。
8日、退任の挨拶を行う国民の力の金鐘仁委員長。「党の最大の問題は内部分裂と反目だ」と述べ、「党内の権力にだけ欲をかく人々が党内に多い」と最後まで苦言を呈した。同党HPより引用。

そんな‘柱’が去ることで、党内の主導権争いが活発化し、そのた過程でふたたび右傾化する可能性がある。

この点で、『朝鮮日報』の8日社説にある「国民は国民の党を支持したのではなく、文政権を審判したものだ。国民は今、野党を信じて任せられるかという疑いを引っ込めていない」という指摘は重要だ。

ここに今回のソウル市長選で自己犠牲を積極的に行い株を上げた安哲秀(アン・チョルス、59)国民の党代表や、次期大統領人気首位を争う尹錫悦(ユン・ソギョル、60)前検察総長がどう加わっていくのかも焦点となる。

いずれにせよ今回の選挙は、韓国政治のダイナミズムを改めて確認できるものだった。民心は両党どちらかの独走を許さないという点が印象的だった。

これまで韓国政治を担ってきた総議席の95%以上を占める両党ともに、今後は立て直しを余儀なくされるだろう。その一方で、「第三の勢力」を中心とした政治の革新にも拍車がかかるものと見られる。

来年3月9日に控えた次期大統領選挙まで11か月。韓国社会はこれから本格的な政治の季節を迎えることになる。そんな中、文在寅大統領は8日、「国民の叱責を厳重に受け止め、より低い姿勢で国政に臨む」と明かしている。

政権の舵取りや市民の声、各党の動きなど、今後はより丁寧な目で韓国政治を見ていくことが要求される。くれぐれも「文在寅政権はレームダック(死に体)」で全てを説明するような暴論は慎むべきだ。

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

徐台教の最近の記事