「選手の価値を高める」サッカーが示す3年目の成果。皇后杯でちふれASエルフェン埼玉が見せる“七変化”
【熱戦が続く皇后杯】
女子サッカー日本一を決める皇后杯が、11月28日と29日に各地で開幕。12月5日と6日には2回戦が行われ、上位16チームが出揃った。
出場48チームのうち、なでしこリーグ1部と2部の20チームに加え、全国各地で都道府県予選と地域予選を勝ち抜いたクラブチームや高校、大学など28チームが頂点を目指して戦う。
この大会の見どころはなんと言っても、年齢やカテゴリーを超えたチーム同士の真剣勝負が見られることだ。国内リーグ最高峰のなでしこリーグ1部、2部、チャレンジリーグ(3部)、地域リーグで戦う大学や高校やユースチームなど、参加チームは多岐にわたる。過去には高校や大学のチームが、なでしこリーグ1部の強豪を撃破するジャイアントキリングも何度か起きており、「挑戦」を受ける側の地力も問われる。直近の大会では、17年から19年まで、日テレ・東京ヴェルディベレーザが3連覇中だ。
今年も、白熱した攻防が各地で繰り広げられている。
関東大学女子リーグ王者の早稲田大学(東京)は、なでしこリーグ2部のASハリマアルビオン(兵庫)との対戦で、延長戦に持ち込む健闘を見せた(2-1でハリマが勝利)。関東女子サッカーリーグ1部の群馬FCホワイトスター(群馬)は、1部のノジマステラ神奈川相模原(神奈川)に対して接戦を繰り広げた(1-0でノジマが勝利)。
そのほか、1回戦でアンジュヴィオレ広島(広島)とFC今治レディース(愛媛)の「瀬戸内海ダービー」(今治が2-1で勝利)が、2回戦ではベレーザ(東京)対メニーナ(ベレーザの下部組織)による「姉妹対決」(ベレーザが3-1で勝利)が実現したように、組み合わせの妙が楽しめるのも、この大会ならではだ。
「負けたら終わり」のトーナメント戦だからこそ、たとえば同じカテゴリーのチーム同士の対戦では、互いの手の内を知り尽くした中でのハイレベルな駆け引きが期待できる。そうした面で見応えある熱戦となったのが、カンセキスタジアムとちぎで行われた、2回戦のちふれASエルフェン埼玉と日体大FIELDS横浜の一戦だ。
なでしこリーグ2部同士のカードで、両者の今季のリーグ戦績は1勝1敗。どのチームに対してもボールを保持しながら試合を進めてきたエルフェンに対し、日体大は守りながら少ないチャンスを窺う展開だった。だが、互いの手の内がわかった中、この試合では日体大が前線からアグレッシブに守備を仕掛け、エルフェンを苦しめた。
1回戦を戦ってこの試合に臨んだ日体大に対して、エルフェンは初戦の硬さが見られた。今年7月に開場したばかりのカンセキスタジアムは芝生がきれいに生え揃っていたが、パスの精度が生命線となるエルフェンにとって、慣れない芝の感触もハードルになった。そんな中、日体大がコンパクトな陣形と鋭い出足の守備でエルフェンのミスを誘い、前半のうちに3分、15分、23分と決定機を作って流れを掴んだ。しかし、エルフェンは押される時間帯をなんとか凌ぎ、システムを流動的に変えながら形勢逆転を図った。エルフェンの菅澤大我監督は、試合をこう振り返る。
「リーグ戦で2度戦った日体大とは打って変わったサッカーで、こういう感じでくることは予想していませんでした。相手が5バックとか6バックで守ってくることを想定して、そうならないようにどう攻撃していこうかという準備をしていたのですが、プランとは違うゲームになりました」
【チームの底力を示す戦術オプション】
だが、日体大のシュートもわずかに精度を欠き、徐々に盛り返したエルフェンも決定的なシュートには至らない。1点が遠い時間帯が続いたなか、試合が動いたのは終盤の80分だ。エルフェンの左コーナーキックから、MF上辻佑実が送ったグラウンダーのキックに、中央から飛び出したMF長野風花が、ワンタッチで相手DFをかわして左足を振り抜くと、鮮やかなシュートをゴール右上に決めた。これが決勝点となり、1-0でエルフェンが接戦を制した。
ゴールが多い試合は面白い。だが、そうでなくても楽しめる試合はある。この試合は、あらゆる場所でデュエルを仕掛けた日体大のタイトな守備と、エルフェンが示した戦術的なオプションの多彩さが試合を面白くした。試合中、エルフェンは複数回システムを変えている。プランが変わった時の対応は、チームの底力を示すバロメーターとも言える。菅澤監督に聞くと、その数は予想以上だった。
「ゲームの中で、4、5パターンのシステムを使いました。後半の最初は3-1-4-2にして、相手の守備とのマッチアップをずらしたい狙いがありました。特に、相手は中盤と最終ラインまで、守備がスライドをすごく頑張っていたので、(ボールがある)逆サイドの高い位置にボールを集めてアーリークロスを狙いました。そういうシーンは作れていたと思います」
複数のシステムを使い分け、菅澤監督の言葉を借りれば「(変化に対して)オートマチックに対応できる」。それは、エルフェンの強みであり、なでしこリーグ1部を含めた強豪クラブにも負けない独自性だろう。
新しい選手がそのサッカーに慣れるのは大変だが、ベースとなる戦術理解力や、複数のポジションでプレーできるスキルは鍛えられる。そうした取り組みが内容と結果にも表れ、リーグ戦では、18年は昇格圏内の2位に勝ち点「1」差の3位、19年は首位に「2」差まで迫りながら最終的に3位。今季のリーグ戦は11勝3分け2敗で、優勝したスフィーダ世田谷FCと、わずか「1」差で2位になった。また、カップ戦(昨年2位)や皇后杯(昨年ベスト4)でも好成績を残してきた。2位以内の昇格圏や優勝を目指す上で勝負強さがあと一歩足りなかったのは事実だが、目指す方向はブレることはなかった。昨年12月22日の皇后杯準決勝では、リーグ女王だったベレーザを相手にまったく引けを取らない戦いで、皇后杯史上に残る名勝負を披露している。
そして、菅澤監督体制3年目の今季、エルフェンは試合中に使い分けるシステムを「7」まで広げ、文字通り「七変化」であらゆる試合をコントロールすることにチャレンジしてきた。指揮官は3年目のシーズンの成長に、こう胸を張る。
「(3年間の中で)今年のパフォーマンスレベルは一番高かったと思います。自分たちの持ち味が出せなかった試合は1試合ぐらいで、高い次元で安定したプレーを見せてくれました。『ボールを支配して、試合に勝つ』というコンセプトで、残念ながらゴールが入らなかったシーンは多かったのですが、いいポジションをとって技術を発揮しながら相手を押し込む形や、そこからの崩しのアイデアもできていたと思います」
【なでしこチャレンジに5名を輩出】
3年目のもう一つの大きな成果は、個々のレベルアップだ。
チームとしては「1部でも勝てる安定した力をつける」ことが大きなテーマだったが、菅澤監督がもう一つのテーマとして大切にしてきたのが、「選手個人のそれぞれの価値を高めて、評価を上げること」だ。
Jリーグの複数のクラブで育成年代を中心に指導してきた同氏の教え子には、海外も含めて第一線で活躍する選手が数多くいる。「相手の逆を取る面白さ」や、「楽しみながら勝つ」感覚にアプローチする指導に、性別は関係ない。だが、菅澤監督自身が、女子を指導する上で、選手間の解決能力の高さやキャリア構築の考え方など、男子とは異なる新たな発見が多くあったことを、以前明かしていた。そして、女子サッカーならではの強みを伸ばすことが、競技レベルの向上や、選手寿命を伸ばすことにもつながるのではないか、と。
「“上手い”とか“賢い”というキーワードを表に出すことが、女子サッカーでは特に重要なことだと思うし、そこで一石ではなく、二石、三石を投じたいと考えてきました。上手さと賢さがあって、一生懸命戦う“タフさ”は最後にあっていいのではないかと考えています」
12月7日から9日までJFA夢フィールド(千葉県千葉市)で行われるなでしこチャレンジトレーニングキャンプに、エルフェンからはGK浅野菜摘、DF木﨑あおい、DF西澤日菜乃、MF長野風花、FW祐村ひかるの5名が選出された。「なでしこチャレンジ」は、なでしこジャパン(A代表)予備軍とも言えるカテゴリーで、代表入りを目指す実力ある選手たちを発掘・育成・強化するプロジェクトだ。今回選ばれた24名の多くがなでしこリーグ1部のチームから選出されている。2部からは7名が選ばれたが、そのうち5名がエルフェンの選手で、クラブ別では最多。「選手の価値(評価)を高める」という点では、大きな成果だ。
3日間の短い合宿だが、菅澤監督は5人へのエールとして「技術・戦術的に、小さな違いをいくつも見せてくれたらと思っています」と、期待を込めた。
来年秋に開幕する女子プロサッカーリーグ「WEリーグ」に、エルフェンは初年度から参加することが決まっている。シーズンオフには、選手の入れ替わりもあるだろう。だが、リーグ最年長の41歳で得点記録を更新し続けるFW荒川恵理子や、エルフェン一筋で14年目のMF薊理絵のようなレジェンドクラスのベテラン選手から、年代別代表で実績のある若手選手までが強い一体感を感じさせる今のチームは、3年をかけて醸成されたサッカーでプロリーグを盛り上げることができるだろう。
エルフェンは次節、12月12日に1部のセレッソ大阪堺レディース(大阪)と、三木総合防災公園陸上競技場(兵庫県三木市)で対戦する。今季のなでしこリーグ1部で躍進したC大阪堺相手に、「七変化」のサッカーを見せるエルフェンがどう対抗するのか。注目の一戦だ。