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ラスベガス銃乱射事件からトランプ政権の銃規制を考える:「実際の大量破壊兵器」の拡散は防げるか

六辻彰二国際政治学者
ラスベガス銃乱射事件の犠牲者を悼んで掲げられる半旗(2017.10.3)(写真:ロイター/アフロ)

 10月1日、米国ネバダ州ラスベガスでカントリー・ミュージックの演奏が行われていた会場に向けて銃が乱射され、59人が死亡する米国史上最悪の乱射事件となりました。

 警官隊との銃撃戦の末に自殺したスティーブン・パドック容疑者は不動産投資に成功した資産家で、政治的・宗教的な動機があったとは確認されていません。そのため、「イスラーム国」(IS)が犯行声明を出しているものの、米当局はこれに懐疑的です

 その一方で、犯行現場となったホテルや自宅から40丁以上の銃器が押収されていた他、殺傷能力を高めるための改造も行われていたことから、銃器の愛好家だったことは間違いないようです。

 事件を受けてトランプ大統領は「まぎれもない悪の所業」と非難し、国民に結束を呼び掛けました。一方、「銃規制については時がきたら議論する」とも述べ、銃器の取り締まりには慎重な立場です。

 米国の銃規制の問題は、世界全体にとっても小さくない意味をもちます。それは、米国の銃規制の緩さが、米国内で外国人を含む多数の民間人が殺傷される事件の背景となっているだけでなく、銃の国際的な流通を促し、テロや各国での内戦にもかかわってくるからです

政治問題としての銃

 これまでにもしばしば銃による重大犯罪が発生してきた米国では、規制強化を求める声があります。しかし、市民が銃をとって英国の専制支配と戦い、独立を勝ち取った「歴史」だけでなく、開拓時代から狩猟が生活の一部となった「伝統」を背景に、「銃規制」そのものが政治問題となりがちです

 米国のシンクタンク、ピュー・リサーチ・センターによると、米国市民の83パーセントが「暴力が米国の重大な問題」と捉え、68パーセントが「(今回の事件で押収された銃器の中にも含まれている)アサルトライフルなど殺傷力の高いものに関して保有を禁じる」ことを支持していますが、その一方で「銃器の所有が自由にとって不可欠」という意見は民主党支持者では43パーセントですが、共和党支持者では91パーセントを占めます

 この背景のもと、銃の所有を政治に働きかける団体も稀ではありません。特に銃愛好者の団体「全米ライフル協会」(NRA)は、1871年に発足した同国最古の銃団体です。NRAは合衆国憲法の修正第2条にある「市民の武装する権利」を重視し、これに対する規制に反対する政治活動の中心にあります。

 その一人当たりの年会費は40ドルで、これは筆者が会員になっている日本の学会などよりずいぶんお手軽な値段です。しかし、公称で約500万人の会員数を誇り、文化・スポーツ団体として各種の補助金も受けているため、NRAの年間収入は約2億2780万ドル、その他の資産は約1億6300万ドルと推計されます

 日本と異なり米国では、収支さえ明らかなら政治家や政党への献金は基本的に自由で、むしろ自らの主張を政治に反映させようとする「競争」そのものが是認されています。「実現させたい利益や価値があるならレースで勝ち残ればよい」という考え方で、これは政治学で多元主義と呼ばれます。この米国政治において、NRAの人員数と豊富な資金力は、銃規制反対論者の大きな影響力の源となってきたのです。

トランプ大統領のシフト

 大統領選挙に立候補する以前のトランプ氏は、銃規制に関して、全面的とはいえないまでも容認する発言もしていました

 2012年、コネティカット州ニュートンの小学校で20人の子どもを含む26人が死亡する乱射事件が発生。これを受けて銃規制の議論が再燃し、当時のオバマ大統領が銃規制の強化を呼びかけた際、トランプ氏はこれを賞賛しました

 しかし、2015年に大統領選挙に参戦した頃から、その姿勢には変化が生まれました。同年10月の共和党討論会では「銃をしばしば持ち歩いている」と発言した他、政府によって銃の持ち込みが規制される学校や病院が「精神異常者」の標的になっていると述べ、銃の保持によってむしろ安全になると強調。同様の観点から、2015年11月のパリ同時多発テロ事件に関しても、市民が武装していたなら犠牲者が少なかったという主旨の発言をしています。

 このシフトを経て、2016年3月にNRAはトランプ氏を共和党大統領として支持することを発表。大統領選挙を通じて、NRAはトランプ陣営に3000万ドルを提供したと伝えられています。これが機を見るに敏なトランプ氏の資質によるものか、それとも政治家が広く持つ特性なのかはともかく、手堅い支持を優先させた選択だったことは確かといえるでしょう。

トランプ政権による銃規制の反転

 こうして「銃規制反対の守護者」となったトランプ政権は、オバマ政権下で進められた銃規制を反転させる政策を進めてきました

 2016年1月、歴代大統領のなかでも銃規制に積極的だったオバマ氏は、銃の保有そのものに手を付けられないなかで、重大犯罪を減らすための大統領令を発布。そこでは、以下の4点が盛り込まれました。

  1. 銃を購入する者の保有ライセンスはもちろん、ドメスティック・バイオレンスを含む犯罪歴や精神疾患の有無などの確認(バックグラウンド・チェック)の強化
  2. インターネット上での銃の違法な売買やドメスティック・バイオレンスなどの取り締まりを行う既存の組織の予算・人員の拡充
  3. 銃を用いた重大犯罪の予防措置として、精神疾患対策を拡充するとともに、個人のプライバシーに抵触する銃購入者の病歴などの情報を州政府が確認できるようにすること
  4. 引き金に指紋認証を導入するなど、銃の保有者が責任をもって使用できる技術革新を促すこと

 なかでも「バックグラウンド・チェックの強化」は、「購入者の犯罪歴などを知らなかった場合に販売者の責任を問えない」という法律を背景に、小売業者による確認が骨抜きになっている現状を改めるもので、銃規制を実質的に前進させるものといわれました

 しかし、トランプ大統領は2017年2月、オバマ政権時代に導入されたバックグラウンド・チェックを強化する規制を撤廃。オバマ政権時代には精神疾患などの理由から銃保有の規制対象として7万5000人のデータベースが作成される予定でしたが、これも水泡に帰しました。

銃器輸出の拡大

 トランプ政権下での国内での銃規制の反転は、国外での米国製銃器の拡散にも結びついています

 2017年9月19日、ロイター通信は米国政府高官の証言として、トランプ政権が銃器輸出に関する規制を緩和し、輸出拡大に踏み切る方針にあると報じました。これは概ね商務省主導で進められているとみられ、2016年度に国務省が輸出を許可した40億ドル分のうち、32億ドル分は商務省に移るとロイターは報じています。

 冷戦終結後、それまで厳しく統制されていた武器の貿易は大幅に緩和され、なかでも拳銃や自動小銃などの総称である「小型武器」のそれは、基本的に自由化されました。今回、小型武器の輸出が商務省の監督下に移されることは、市場経済の原則からすれば、不思議ではないかもしれません。

「実際の大量破壊兵器」の拡散

 しかし、米国が銃の商業輸出を加速させることは、国境を超えて、世界全体の不安定化につながります。

 1990年代以降、銃器が「商品」としての性格を強めた結果、市場経済の原理にのっとって「需要のあるところに供給が発生する」ことになり、紛争地帯ほど小型武器が集まる傾向を強めてきました。小型武器が簡単に手に入るようになったことは、各地で民兵組織やテロ組織の活動を活発化させる一つの背景となったのです。

 スモール・アームズ・サーベイによると、毎年53万人以上が紛争のなかで生命を落しており、そのなかには6万6000人以上の女性・少女が含まれますが、その多くは「小型武器」による犠牲者とみられます。実際、アフリカや中東の民兵組織やテロ組織が用いているのはほとんど「小型武器」です。

 「核兵器や生物・化学兵器が人を殺傷することは稀で、小型武器こそ数多くの人々を実際に傷つけている大量破壊兵器である」という認識に基づき、2001年から小型武器の国際的な取り引きについて話し合う会議が国連に設立。このなかでヨーロッパ諸国やカナダ、アフリカ諸国が小型武器の国際取り引きそのものを規制することを提案したのに対して、武器の大輸出国である米中ロは規制対象を「違法取り引き」に限定しようとしてきました。

「合法的な」武器輸出への懸念

 しかし、開発途上国では武器の管理がずさんで、なかでも貧困国では給与の乏しい兵士が武器を売り払うことも稀ではありません。また、租税回避地などでテロ組織などに繋がる「合法的な」フロント企業があることも周知の事柄です。つまり、武器取り引きを「合法」と「違法」で明確に線引きすることは実際上不可能なのです

 このような背景のもと、オバマ政権は国内の銃規制と同様に武器移転の規制に関しても積極的な姿勢をみせ、2013年9月には武器移転を規制する武器貿易条約に署名この条約の対象には戦車や攻撃ヘリだけでなく、「小型武器」も含まれます

 しかし、それでも米国の小型武器の輸出額は11億2500万ドル(2014年)を上回り、ダントツの世界一です

 つまり、トランプ政権がこれまで以上に武器輸出を加速させることは、米国の武器メーカーやその株主にとっての利益にはなるでしょうが、他方でただでさえ国際市場で飽和状態の武器の流通量を増やし、それは単価を引き下げることになり、ひいては各地の民兵組織やテロ組織が武器を入手することをさらに容易にするといえます。

責任が人間にあるならば

 米国の銃規制の問題は、一つの国の文化や伝統(そこには市民の武装する権利という観念も含まれる)にとどまらず、世界全体の安全や平和にかかわるものといえます。また、そこには米国自身の安全もかかわってくるはずです。

 しかし、選挙で選出される政治家であるトランプ氏にとっては、国内の有権者、なかでも特定の支持基盤からの評価の方が優先すべき課題であるようです。米国の保守派がいうように「責任は銃にではなく銃を手にする人間にある」ならば、問題ある人間が銃を手にできないようにすることも売り手の責任であるはずです。さらに、誰もが簡単に銃を手にできる状況を改めることは「対テロ戦争」の行方にもかかわってくるはずですが、これに関して「対テロ戦争」を重視するトランプ政権の所見は聞こえてきません。

 このギャップのもと、実際上の大量破壊兵器が米国のみならず世界全体でもほぼ野放しにされる状態は、今後も続くとみられるのです。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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