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古代エジプト人はなぜ「ネコ」を崇拝したのか

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 ネコ人気が依然として続いている。ご当地の名物ネコも各地で入れ替わり立ち替わり出現して飽きない。ネコ好きは多いが、我々ヒトとネコが仲良くなり始めたのはいつなのだろう。その背景を古代エジプト人とネコの関係から考えてみた。

共生から家畜へ

 ネコ科の中でも我々がペットにしているイエネコ(Felis silvestris catus)の祖先である小型のネコは、979種類のイエネコの祖先型であるヤマネコの遺伝子変異を研究することにより大きく5つの源流に分けられることがわかっていて、現在のイエネコは西アジアが起源と考えられている(※1)。

 では、最初にネコが家畜化されたのはいつ頃だったのだろう。約7500年前の地中海キプロス島ではヒトの隣にネコが埋葬されていたが、それだけでは家畜化されていたとはいえない。宗教的な理由などにより、単に一緒に埋葬されただけの野生のヤマネコだった可能性があるからだ。

 また、中国の陝西省(せんせいしょう)で発見された約5300年前のネコやネズミの遺骸を用いて、炭素窒素安定同位体比を使ったタンパク質分析により当時のネコの食性を調べた研究がある。その結果、当時のネコからおそらくネズミ由来と考えられる黍(きび)類のタンパク質が出て、年老いたネコのタンパク質を分析したところ、黍を餌として与えられていた可能性があることもわかった(※2)。

 約5300年前の中国でヒトとネコが共生していたのは確かだが、これもイエネコの家畜化の明らかな証拠とはいえない(※3)。このネコのDNAは野生ネコのものであり、現在のイエネコのものとは近くないからだ。

 家畜(ペット)にされた最初のネコは、これまでわかっている調査研究により約3700年前のエジプトとされ(※4)、さらに千数百年ほどさかのぼるという説もある(※5)。

 古代エジプト人は、穀物をネズミの害などから守るため、ヒトと共生し始めたネコを利用した。また現在でもチーターがやるような狩猟の際の援助者としても役立て始めたようだ。

超自然的能力と太陽神との関係

 古代エジプトではキプロス島のようにヒトとネコを一緒に埋葬することも行っていて、ネコの墓にはお供えものが詰められていた。やがて、ネコは次第にヒトと共生することから家畜化されたペットになり、遺伝的にもイエネコに変わる。

 そして、紀元前2000年前頃からネコを崇拝する気持ちが古代エジプト人の間に芽生え、信仰の対象になっていく(※6)。古代エジプト人にとって、ネコは自然界に宿る神々が具象化したもの、神々との介添え役をする存在になったのだ。

 生産性の高い肥沃なナイルデルタで発達した古代エジプト文明を考える上でも、ネズミを捕るネコの神格化は重要な出来事と考えられる。

 では、なぜ古代エジプト人はネコを崇拝したのだろうか。暗闇でも見える視力、音も立てずに忍び寄る行動などにより、ネコを超自然的な存在として、また日を浴びて昼寝する様子が太陽神と交歓しているように感じた古代エジプト人は、ネコを信仰の対象にしたとされる。

 我々がネコを好きなのは、親子関係を構築できるからという研究もある(※7)。これはイヌなどほかのペットにはないネコの魅力なのかもしれないが、古代エジプト人が崇拝したようなネコの超自然的な能力とキャラクターに惹かれる愛好者も多い。

 一方で、ネコのステルス性やネコの目のように変わると形容される縦長の瞳孔など、神秘性よりも悪魔性を強調され、中世ヨーロッパのようにネコを虐待した歴史もある。神か悪魔か、ヒトとネコの関係は一筋縄ではいかないのかもしれない。

※1:Carlos A. Driscoll, et al., "The Near Eastern Origin of Cat Domestication." Science, Vol.317, 5837, July, 2007

※2:Yaowu Hu, et al., ”Earliest evidence for commensal processes of cat domestication.” PNAS, Vol.111, No.1, 2013

※3:Guy Bar-Oz, et al., "Cats in recent Chinese study on cat domestication are commensal, not domesticated." PNAS, Vol.111(10), 2014

※4:Veerle Linseele, et al., "Evidence for early cat taming in Egypt." Journal of Archaeological Science, Vol.34, Issue12, 2081-2090, 2007

※5:James A. Baldwin, "Notes and Speculations on the Domestication of the Cat in Egypt." Anthropos, 1975

※6:Alleyn Diesel, "Felines and Female Divinities: The Association of Cats with Goddesses, Ancient and Contemporary." Journal of the Study of Religion, Vol.21, No.1, 71-94, 2008

※7:Lauren R. Finka, et al., "Owner personality and the wellbeing of their cats share parallels with the parent-child relationship." PLOS ONE, doi.org/10.1371/journal.pone.0211862, 2019

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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