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「風立ちぬ」はユーミンが構築するシネマ的世界の到達点

清藤秀人映画ライター/コメンテーター
「風立ちぬ」7月20日(土)全国ロードショー

夏の緑の草原を吹き抜ける風の懐かしい肌触り

画面いっぱいに生い茂る、夏の緑の草原を、涼しい風がさぁーっと吹き抜けていく。そよそよ、か、ざわざわ、か。恐らくそれは、熱波に覆い尽くされた平成の日本の夏にはない、懐かしい肌触りに違いない。

そんな夏もあったっけ。。。宮崎駿が2013年に送り出す5年ぶりの監督作品「風立ちぬ」は、なぜかいつも以上に、記憶の彼方に仕舞い込んであった"いつか見た夏の景色"を呼び覚ましてくれる。ドレスアップしたゲストたちが歓談する高原ホテルのレストラン、寝袋にくるまった患者たちが外気に触れる山間のサナトリウム、等々、他にも昭和プチブルのライフスタイルが随所に登場して、懐古的で優雅なひとときが過ぎていく。

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"ひこうき雲"が悲しみを大空の彼方へと解放する

やがて、物語はある着地点に向けて加速していく。伝説的な名機、零戦の設計者として知られる実在の設計技師、堀越二郎の夢実現へのプロセスと、同時代を生きた文学者、堀辰雄の小説「風立ちぬ」に綴られた、限りある時間を愛し合うことで全うしようとする恋人たちの営みが、各々、戦争と死によって無残にも幕を下ろす時。そこにかかる荒井由実の"ひこうき雲"が、映画の持つ悲しみを大空の彼方へと解放していく。死して尚、故人の心は必ずや大空を駆け抜けて行くに違いないという願いにも似た歌詞とメロディが、ただ空を夢見て戦闘機をデザインした青年の切実な思いと、雲に乗ってたゆたうように空をさすらう恋人の魂とを合体させて、エンドロール中も観客を客席に待機させるのだ。

かつて、荒井由実が近所で実際に起きた高校生の飛び降り自殺と小学校の時に体験した友達の死をモチーフにして作曲したという"ひこうき雲"が、40年後、宮崎駿の最新作によって偶然か、必然か、具現化されたという事実。それは、常にリスナーそれぞれの脳裏にリアルな映像を連想させて止まないユーミンのシネマ的な世界が、宿命的に辿り着いた到達点なのかも知れない。

「風立ちぬ」(C)2013 二馬力・GNDHDDTK

映画ライター/コメンテーター

アパレル業界から映画ライターに転身。1987年、オードリー・ヘプバーンにインタビューする機会に恵まれる。著書に「オードリーに学ぶおしゃれ練習帳」(近代映画社・刊)ほか。また、監修として「オードリー・ヘプバーンという生き方」「オードリー・ヘプバーン永遠の言葉120」(共に宝島社・刊)。映画.com、文春オンライン、CINEMORE、MOVIE WALKER PRESS、劇場用パンフレット等にレビューを執筆、Safari オンラインにファッション・コラムを執筆。

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