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これで終わらせるわけにいかない~福祉分野もネット利用。「たんぽぽの家」の挑戦【#コロナとどう暮らす

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
(写真:アフロ)

・コロナ禍が市民団体や福祉団体にも大きな影響を

 新型コロナウイルス感染拡大の影響は、企業、学校、家庭はもちろん、市民団体、福祉団体などにも大きく及んでいる。様々なイベントを開催して、売上げや協賛金などを得たりしていたものが、ほとんど開催の見込みが立たなくなっている。自主開催だけのイベントだけではなく、地域のイベントや観光関連のイベントも次々と中止になり、困っている団体も多い。ある自治体職員は、「福祉施設などでは、入所者の方が既往症を持っていることも多く、今回の新型コロナウイルス感染拡大で活動の多くが制限されてしまっている」と言います。

・奈良の「たんぽぽの家」の挑戦

 奈良市に「たんぽぽの家」というちょっと不思議な施設があります。「市民団体&コミュニティアートセンター&福祉施設」と紹介されているように、一般財団法人たんぽぽの家、社会福祉法人わたぼうしの会、奈良たんぽぽの会の3つの組織で構成されているのです。

 そんな難しいことよりも、訪ねてみると、その活動の幅の広さに驚かされます。1973年に結成された市民団体「奈良たんぽぽの会」から、1976年に財団法人たんぽぽの家が設立され、「障害のある人たちの生きる場づくりから、個を支えあう新しいコミュニティづくりへ」を目標に様々な活動を行っています。地域住民を巻き込んだボランティア活動、イベント、アート活動など、単なる福祉施設という範疇に留まっていません。

・45周年の「わたぼうし音楽祭」

 そんな「たんぽぽの家」の「奈良たんぽぽの会」が、1976年の初開催から毎年夏に45年間続けてきたのが「わたぼうし音楽祭」です。障害のある人たちが書いた詩をメロディーにのせて歌うという音楽祭で、歌詞と曲が毎年募集され、多くの応募があります。

 例年の会場は奈良市の奈良県文化会館で、来場者は約1,000人、総予算は約800万円。予算は、チケット売上げ、プログラム広告収入で半分、残り半分は協賛金や助成金などで賄い、多くのボランティアスタッフが開催を支えてきました。舞台裏で活躍するのは、ボランティアとは言え、日ごろはプロとして活躍する人たち。本格的な舞台設定や進行は、多くの人たちを魅了してきました。

・コロナの影響でインターネット開催を選択

 ところが、45周年という記念すべき今年に新型コロナウイルスの感染拡大が起きました。奈良県文化会館での開催は中止になり、やむを得ずインターネット開催を選択したため、チケット販売ができず、協賛金も期待できなくなったのです。

 「予定通り、8月2日に開催を予定していたのですが、残念ながら無理になってしまいました。しかし、中止にはせず、インターネットでの同日開催を決めました。しかし、問題山積でした。」 一般財団法人たんぽぽの家 エグゼクティブディレクターの酒井靖さんは話す。「コロナの影響で舞台スタッフは大打撃。仕事がなくなり、職替えする人も。しかし、そんな人たちにかぎって応援してくれている。」

・クラウドファンディングは成功

 不足する予算を調達するために、試みたのがクラウドファンディング。7月29日に締め切られたが、目標金額100万円を大きく上回る約178万円を達成しました。

 「多くの皆さんにささえられて、45年という長きにわたり継続してきた『わたぼうし音楽祭』を終わらせる訳にいかない。達成してもしなくても開催することに変わりはない、できることをできる範囲でする。」酒井さんは、そのように話し、初めての試みになるインターネット配信によるコンサート開催を楽しみたいと言いいます。

・視聴者参加型で実施

 『45周年記念わたぼうし音楽祭』の本番は8月2日(日曜日)。開演14時で2時間半の配信を予定しています。さらに、当日は視聴者の投票で、応募作品の中から「わたぼうし大賞」が選ばれます。この視聴者参加型の配信は、インターネット放送局「ケアラーズジャパン」と、YouTube「わたぼうしチャンネル」で行われます。

・市民活動、コミュニティ活動、福祉活動でも大きな力

 新型コロナウイルスは、様々な社会の仕組みを変化させてつつある。市民活動やコミュニティ活動は、人と人との連携で成り立ってきました。ところが、その人と人とが会うことが難しくなるという状況は、そのまま活動を停滞させてしまうことになります。そして、この困難な状況は、当分の間、続きそうです。インターネットの利用は、企業のリモート勤務や教育機関の遠隔授業などばかりが注目されていますが、市民活動、コミュニティ活動、福祉活動でも大きな力として利用できるのです。

・「できることをできる範囲でする」の意味

 酒井さんの「できることをできる範囲でする」という言葉は、現状を維持して、変化を受け入れないという意味ではありません。以前と異なって新しい道具が使えるようになっているのではあれば、積極的に使って、挑戦していくことが、重要になっています。市民団体、福祉団体が、コンサートを生中継し、日本は当然、全世界からでも視聴でき、視聴者も参加できる放送をするなんて、技術面や資金面からとうてい無理なことだと、ほんの少し前まで思ったでしょう。また、可能になった最近でも、こんな状況に直面しなければ、無理な理由ばかりを並べていたかもしれません。しかし、「できる範囲」が実は大きく変化していることを、今回、多くの人が気づいた。その一つであるようです。

 さて、8月2日、どれくらいの人がコンサートに参加するでしょうか。リアルの会場開催での約1,000名を越すでしょうか。地域の市民活動、コミュニティ活動、福祉活動の一つの挑戦、実験がもうすぐ始まります。

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神戸国際大学経済学部教授

1964年生。上智大学卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、京都府の公設試の在り方検討委員会委員、東京都北区産業活性化ビジョン策定委員会委員、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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