「競技でも一流、社会でも一流」を目指す。FCふじざくらが創出する、女子サッカー選手の新たな価値
来年9月に開幕する女子プロサッカーリーグ「WEリーグ」に参加を希望するチームの申請期限が7月末に迫った。審査を経て、参加チームは秋ごろに発表される予定だ。
現在、ピラミッドの頂点に当たるなでしこリーグは、仕事とサッカーを両立するアマチュア選手が大多数を占めている。同リーグはアマチュアリーグとして存続するため、実力のある選手はアマチュアのままプレーするか、プロになるか選択肢が広がる。
プロになれば、仕事をせずにサッカーに集中できる。コンディション調整や試合前後のケアに充てられる時間も長くなるだろう。一方、プロは個人事業主であるため、社員契約で仕事をしている選手がプロになる場合は、プロ引退後の保証はなくなる可能性が高い。
選手引退後のセカンドキャリアについては、男女、あるいは競技に限らず、多くのアスリートがSNSなどを通じて発信している。それだけ不安を抱えている選手が多いということだろう。
【7部リーグからの挑戦】
いずれはWEリーグへの参入を視野に入れながら、選手の「引退後」を考えて戦略的にクラブを運営しているチームがある。山梨県鳴沢村を活動拠点とする、FCふじざくらだ。
ふじざくらは2018年11月に創設され、なでしこリーグから数えて7部にあたる山梨県2部リーグからスタートした。初代監督を務めるのは、東京電力女子サッカー部マリーゼ(2011年に休部)や、現なでしこリーグ1部のノジマステラ神奈川相模原で指揮を執った菅野将晃監督だ。ノジマステラでは監督兼GMとしてクラブ創設から5年で1部へと導いた経験を持つ。1年目の昨季は、セレクションで選ばれた選手10名による厳しい船出となったが、山梨県2部を圧倒的な強さで優勝し、チャレンジリーグ入替戦予選大会を勝ち抜いて一気になでしこリーグ3部にあたるチャレンジリーグ参入のチャンスを得た。入替戦で敗れたものの、1年目のチームとは思えないほどの勢いを示した。
その勢いは、同チームの“発信力”と緊密に結びついているように思える。
フジザクラのピンクと、水色の富士山というシンプルなエンブレム。そして、他のチームと一線を画すのは、そのチームコンセプトだ。
「世界で通用するプレイングワーカーを育てるチームになる。プレイングワーカーは競技でも一流、社会でも一流であれ」
「スパイクを脱いでも稼げるチーム」
親会社である富士観光開発株式会社を筆頭に、スポンサー数はなんと195社に上る。選手は富士観光開発の社員として、ゴルフ場やスキー場、テーマパークや温泉・宿泊施設、営業関連などで仕事をしている。勤務時間は6時間半から7時間と、ほぼフルタイムに近いが、ここに「プレイングワーカー」という言葉の真意がある。
GM補佐の五十嵐雅彦氏はこう語る。
「社会的スキルを学んだり、責任を伴った仕事をこなす上で、業務時間は最低6時間以上必要だと考えています。ピッチで結果を出すのは当たり前ですが、仕事でも結果を出す意識を持てると、それがサッカーにも還元されますし、社会で戦える武器をたくさん持っていれば選手を引退した後に困らないと思いますから。会社としては(サッカーの)トレーニングをする2時間も『仕事』と考えていて、仕事への向き合い方を通じて、他の社員にファンになってもらうことも大切だと考えています」
「サッカーをするために仕事をする」のではなく、仕事で結果を出すことでサッカーのパフォーマンスも高めることができる。同時に、選手としての経験を社会的価値の高いものとして、会社に還元していくという考え方だ。
また、一段と目を引くのがこのポスターだ。「私たちは、負けない。」というインパクトのある言葉、選手の躍動感に満ちた表情や動き。デザインにも確かなこだわりがうかがえる。女子サッカーに興味がない層にも訴えかけるため、数々の受賞歴がある著名なコピーライターに依頼をするなど、ビジュアル面やメッセージの伝え方にもこだわり、投資をしている。
こうした取り組みの成果は、数字にも表れている。昨年11月に行われたチャレンジリーグ入替戦で「来場者500人プロジェクト」を実施。チラシやポスターを配り、SNSでも積極的に宣伝した結果、公式記録で561人、実際には700人を超えるお客さんが集まったそうだ。今季は目玉となる試合において、1500人が目標で、いずれは1部のチームに劣らない集客を目指す。その先に見据えるのは、女子アスリートの価値を高め、新たなプロ選手像を提示することだ。五十嵐さんは言葉に力を込めた。
「今の価値基準を、上のカテゴリーでも継続できるクラブを目指しています。そして、いずれはWEリーグで新しいプロ選手像を提案したいと考えています」
【選手とチームを育てる「菅野イズム」】
今季、ふじざくらは6部にあたる山梨県1部リーグで戦う。チャレンジリーグ入替戦が行われるかどうかはWEリーグの成り行き次第で、まだわからない。だが、「2025年までになでしこリーグ1部昇格を目指す」という目標は当初から変わっていない。
昨夏に、ノジマステラからMF田中里穂、今年1月にAC長野パルセイロ・レディースから期限付き移籍したGK風間優華ら、1部でのプレー経験がある選手が加わった。そして、今季は新たに5名、大学の新卒選手が新戦力として加わった。昨年の経緯については菅野監督インタビュー記事で詳しく取り上げる。
菅野監督は、練習中は厳しいが、オフザピッチは和やかで、愛娘を見守る父親のように選手たちと接する表情は、以前と変わらず優しかった。
トレーニングは、選手が勤務する宿泊施設の横にある人工芝のグラウンドで夕方5時ごろから行われる。この日はあいにくの雨だったが、晴れていれば雄大な富士山が見える。鳴沢村は夏でも涼しく、この日は7月中旬にもかかわらずスタッフはベンチコートを着ていた。冬はマイナス10度まで下がるそうだ。
ふじざくらのサッカーのコンセプトは、攻守に連動し、「観る人も、ピッチの選手も、楽しいサッカー」。ベースとなるのは豊富な運動量である。それはノジマステラで指導していた頃から変わらない菅野監督の指導法で、特に走りの練習はハードだ。
だが、菅野監督が走りのトレーニングに力を入れる最大の目的は、「ケガ予防」だという。実際、女子サッカー選手は前十字靭帯を損傷する選手が少なくないが、ノジマステラでは7年間でわずか1人だったそうだ。
「サッカー選手としてケガをしない体を作るためにいろいろな動きを取り入れたり、走りのトレーニングを続けてきました。去年の最初の頃は、選手たちの運動能力やパフォーマンスがすごく低かったんです。中には1年近くブランクがある選手もいたので、そのままやったらケガをするし、走れないといいサッカーはできないので、走力のベースを上げることから始めました。技術的な面では、単純に『止めて、蹴る』ことを徹底してベースを上げてきました」
また、外部からの特別コーチとして、メンタルコーチにJリーグのV・ファーレン長崎などでメンタルアドバイザーを務めた辻秀一氏、スプリント/フィジカルコーチとして元JR東日本ランニングチームコーチの山路和紀氏が名を連ねており、月に1〜2回の指導を受けているという。
ふじざくらはコロナ禍が明けて練習を再開してから、すでにトレーニングマッチを4試合こなしている。相手はいずれも2部やチャレンジリーグ(3部)などのカテゴリーが上のチームで、戦える手応えも得たという。指導者同士の人脈を生かして格上のチームに胸を借りられる強みがある。また、「プレイングワーカー」というコンセプトは、菅野監督が大切にしてきた「プレイヤーズファースト」の精神とも合致する。
「自分は現場の責任者なのでプレーの質を高めなければいけない立場ですが、選手がワーカーとしての質を高めることは、サッカーにもリンクしています。たとえば仕事で何を企画して発信するか、そういう主体性がサッカーにも生かされて、相乗効果が生まれる。それがこのクラブの大きな特徴だと思います。フロントも現場も、パワーとポテンシャルが高い人たちが集まっていて、新しいものを作る想像力が豊かです。去年は、自分もメンタルコーチの辻先生から多くのことを学ばせてもらいました」
7月4日に行われた皇后杯の県予選では、山梨大学に5-0と快勝し、幸先の良いシーズンのスタートを切った。2年目のふじざくらの飛躍が楽しみだ。
【プレイングワーカーを体現する背番号7】
チーム創設メンバーであり、ふじざくらのキャプテンを務めるDF工藤麻未は、チームを象徴する“顔”の一人である(ポスターでは中央一番上)。菅野監督の下、ノジマステラで4年間プレーし、出場機会は多くなかったが、フォワードとして持ち前のスピードを生かした疾走感あふれるプレーと生来の明るいキャラクターでサポーターから愛された。菅野監督は、ふじざくらでの工藤の成長に目を細める。
「彼女はプレーヤーとしてもワーカーとしても成長していて、みんなの手本になるような向き合い方をしています。キャプテンとして何かを要求するというよりは背中で見せてくれているし、チームの雰囲気を明るくしてくれます」
14年にノジマステラの練習に参加した際、工藤は入団できなければ「サッカーをやめるつもりだった」という。だが、ふじざくらに加入し、「試合に出られることがこんなに幸せなんだ、と感じました。だからこそ、もっとやりたいという欲が出てきて、あと5年はやろうと思いました」と、サッカーに対する思いは変化した。
そう思えたのは、プレイングワーカーとしてのやりがいを感じられたことも大きいのだろう。日中は富士観光開発の宿泊施設のフロントで仕事をしており、コロナ禍で施設が休業中はクラブのフロント業務も手伝っていた。以前に比べると勤務時間が長くなった分、自由な時間は少なくなったが、「サッカーでも仕事でも、少ない時間で何を吸収しなければいけないかをすごく考えるようになりました」と、工藤は充実した表情を見せる。仕事ではチームの取り組みに関連した新しい企画も積極的に発案しているようだ。内容を聞いてみると、タブレットを使って生き生きとした語り口で説明してくれた。
「今はTwitterの“キカク部”というアカウントで、1カ月に2、3企画を作って発信しているんですよ。選手でプロジェクトチームを5つぐらい作って、メンタルトレーニングとか、地域サッカー教室のメニューを考えたり。今月は七夕の企画を考えました。毎月、目標を決めて進捗具合を会議で報告しあったり、試合後のインタビューを選手間でやっています」
昨年は、菅野監督が力を入れる走りの練習の狙いを新しい選手たちに伝えるなど、つなぎ役も果たした。ふじざくらのサッカーの魅力について、工藤は「走り負けないこと」だと胸を張る。
昨季は人生初のボランチにも挑戦し、途中からはサイドバックにコンバートされた。持ち前のスピードを生かしながら、今季は1対1の守備でさらなる成長を目標に掲げる。格上チームとの練習試合を通じて、自身の伸びしろを見つけることにも前向きだ。
また、限られた時間の中で、毎朝のお弁当作りを欠かさず続けている。豊富な食材を使い、栄養バランスも考えながら彩り豊かに盛り付けられたお弁当を、日々、「#ASA弁」というハッシュタグと共にTwitterで発信している。
「発信し続けることで、パートナー企業がフォローしてくださったり、食材を提供してくださるというお話をいただけるようになりました。個人でも協力してくださるパートナーを探すなどして、自分自身の価値を上げたいなと思っています」
プレイングワーカーとしての主体性は、プレー面だけでなく、興味の幅を広げることや、自身の考えを言語化する力を育む上でも相乗効果を生み出しているのだろう。工藤は、今後のキャリア設計をどのようにイメージしているのだろうか。
「私はここで、次に何をするかをある程度固めてから引退したいと思っています。仕事のスキルや人脈も含めた社会人としての土台を固めておきたいですね。逆に、それができた!と思えるまではやめられないかなと。自分は感覚派のプレーヤーですが、考えながら味方を使ってプレーできる選手の方が長生きできると思うので、今までのスタイルも大事にしつつ、年相応に人を使えるプレーも磨いていきます。キャプテンらしいことはしていないですよ。いじられキャラですし、お調子者ですから(笑)」
工藤のサッカー人生は今年で21年目を迎えた。数年前にスタジアムで見た、疾走感あふれるアタッカーがどんな風に進化しているのか、今季はぜひ試合を見に行きたいと思う。
菅野将晃監督インタビュー記事に続く。