ジャーボンテイ・デービス対ライアン・ガルシア戦はなぜ興行的に大成功を収めたのか
4月22日 ラスベガス T―モバイルアリーナ
ライト級12回戦(136パウンドの契約ウェイト)
ジャーボンテイ・デービス(アメリカ/28歳/29戦全勝(27KO))
7回1分44秒KO
ライアン・ガルシア(アメリカ/24歳/23勝(19KO)1敗)
試合後も話題沸騰の希有なメガファイト
試合が挙行されてからもう約2週間が経つが、2023年上半期最大の一戦となったデービス対ガルシア戦に関する話題は止まることがなく続いている。そんな流れを見て、ビッグファイトが実現することの喜びに改めて気づいたファンは多いのではないか。
一応振り返っておくと、試合自体は大方の予想通りの内容、結果だった。開始直後こそサイズに勝るガルシアが慎重なデービスからポイントを奪うも、やや注意力を欠いたところでデービスが得意とするカウンターパンチ一閃。2、7回に2度のダウンを奪い、デービスはかねてから評価されてきた力量を改めて印象付けた。
いわゆる“クラシック(歴史に残る試合)”とはならなかったが、それでもボクシング界の範疇を超えた人気、影響力を誇る2人が激突したことの意味は大きかった。筆者は諸事情で今戦の現地取材は叶わなかったが、20842人の大観衆が集まった当日のアリーナは素晴らしい雰囲気になったと評判高い。
知名度のある選手を下したデービスは、リングマガジンのパウンド・フォー・パウンド・ランキングでもついに10位にランクイン(ガルシアのレジュメも少々微妙なことから、依然として反対意見も多かったが)。また、ガルシアの方は、初黒星直後に過去3戦のパートナーだったジョー・グーセン・トレーナーと袂をわかったことも大きなニュースになった。
それ以外にも、最後はボディでダウンしたガルシアが“まだ立てたのに試合を諦めた”という見方も様々な形で論議を呼ぶなど、デービス対ガルシア戦の余波は続いている。ポジティブな題材ばかりではなかったとしても、新陳代謝の激しい米スポーツ界で、ビッグファイトの話題がこれだけ後を引いていることは、今回の試合がどれだけ大きなイベントだったかを示している。
数ある試合後のトピックの中でも、最大のニュースとなっているのはデービス対ガルシアが興行的にも大成功を収めたことに他ならない。
好カードを組めば、ファンは反応することを改めて証明
Showtimeが番組制作し、Showtime、DAZNの両方でPPV販売された一戦。価格は84.99ドルと高額(DAZNの加入者は割安)だったにもかかわらず、購買数はなんと120万件を記録した。
近年はメガスター不在と違法試聴の拡大ゆえに、フロイド・メイウェザー(アメリカ)、マニー・パッキャオ(フィリピン)の全盛期のようにPPV売り上げで100万件を突破するのは難しくなったと言われて久しい。最近ではメキシカンスターと白人王者の統一戦という構図だったサウル・カネロ・アルバレス(メキシコ)対ケイレブ・プラント(アメリカ)、ESPNとFOXがプロモーションに総力を上げたタイソン・フューリー(英国)対デオンテイ・ワイルダー(アメリカ)再戦でも購買数80万件程度で止まった。そんな背景から、デービス対ガルシア戦も売り上げは50〜75万件あたりというのが一般的な見方だった。
ところが、そういった大方の予想を遥かに超える大ヒットを記録。2018年9月のカネロ対ゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン)再戦の110万件をも凌駕する数字となり、PPVによる興行収入だけで1億ドル以上を叩き出したのだからテレビ局、関係者は笑いが止まらないはずだ。
デービスは黒人層、ガルシアはメキシカンを中心としたラテン系という、ボクシングでは重要な2つのファンベースがポジティブな意味で真っ向から対立。この両者が最高のケミストリーを奏でたということだろう。それと同時に、誰もが楽しみにできる好カードを組めば、ファンは反応するという昔からの真理がここで改めて証明されたという捉え方もできる。
昨年は強豪同士のマッチアップがなかなか実現せず、ファンを落胆させた。これまでの業界の流れを考えれば、デービス対ガルシア戦の成功がより明るい未来への扉を開く、という考え方は楽観的過ぎるのかもしれない。
プロモーター、テレビ局の違いによる難しさは依然として存在し、今回のガルシアのようにBサイド扱いを承諾する人気ボクサーは多くはない。敗戦後のガルシアが“まだ続行できるのに諦めた”、“アミア・カーンのように過大評価だった”といったような批判にも晒されているのを見て、リスクの大きさを感じるプロモーター、マネージャーはいるに違いない。
しかしーーー。魑魅魍魎の集うボクシングビジネスが劇的に変わることはないとしても、それでもここでファン、関係者が久々にこの業界のポジティブな部分を直視できたことには重要な意味がある。
デービス対ガルシア戦の後を受けて、5月20日にはデビン・ヘイニー(アメリカ)対ワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)、6月10日にはジョシュ・テイラー(英国)対テオフィモ・ロペス(アメリカ)、そして7月25日には井上尚弥(大橋)対スティーブン・フルトン (アメリカ)といった多くの好カードのゴングが鳴ろうとしている。
それに続いて、エロール・スペンス Jr.(アメリカ)対テレンス・クロフォード(アメリカ)、ドミトリー・ビボル(ロシア)対アルトゥール・ベテルビエフ(ロシア)、カネロ対デビッド・ベナビデス(アメリカ)といった上質なマッチアップが次々と実現していけば・・・・・・。
1つの試合、興行がボクシングを“救う”ことはないが、デービス対ガルシア戦がいい意味でのきっかけになればいい。スター選手、その周囲の人間がリスクを恐れず、ポジティブな部分に目を向け、近未来に好カードが1つでも多く成立していくことを改めて願いたいところだ。