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「おどる落語『らくだ』」、斬新な演出とコミカルな振付の背後から伝わってくるメッセージは?

中本千晶演劇ジャーナリスト
死んだ「らくだ」が客席にも登場!? ※記事内写真 撮影:HARU

 4月28日、三鷹市芸術文化センターにてCHAiroiPLIN(チャイロイプリン)「おどる落語『らくだ』」を観劇した。スズキ拓朗による斬新な演出やコミカルな振付もさることながら、落語の「らくだ」を換骨奪胎し現代社会のリアルに斬り込む展開に唸らされた。

 これに先駆けて4月12日に、「踊る設計図『らくだ』」にて落語の「らくだ」を予習。桂宮治師匠の「らくだ」を聴いた。落語「らくだ」は、巨漢の悪人「らくだ」の死体の不気味さと「らくだ」を取り巻く人たちの右往左往、そして、気の弱い屑屋の豹変ぶり、らくだの「兄貴分」との関係の逆転が見どころ聴きどころだ。長い噺だが、宮治師匠の語りと一挙一動に引き込まれっぱなしだった。これがいったいチャイロイプリンによってどう料理されるのかが、俄然楽しみになった。

 そして迎えた「おどる落語『らくだ』」である。劇場に着いた途端、いつもと違う入り口を誘導されて戸惑った。普段は舞台として使っているところを今回は客席とし、客席として使っているスペースを舞台として使うという斬新な趣向である。本来は客席からは見ることができない、幕の裏側の「火の用心」の文字が新鮮だ。

 元の落語と違い、舞台は動物園という設定。死体として登場するのは本物の「らくだ」だ。「らくだ」の兄貴分がクマの熊五郎、屑屋はネコの久六、そして「らくだ」が住んでいた長屋の大家がトラ、長屋の住人がクジャクやタコである。おしゃべりのオウムや警備員のキリンも登場する。

スナックのママのクジャク(木原実優)・警備員のキリン(スズキ拓朗)
スナックのママのクジャク(木原実優)・警備員のキリン(スズキ拓朗)

 幕開きからしばらくは、いつもと違って広々とした「舞台」を縦横無尽に使った演出や可愛い動物たち、チャイロイプリン独特のコミカルな振付を楽しんでいた。

 だが、物語が進むにつれ、やがてこの作品の真髄はそれだけではないことに気づいたのである。このお話、現代社会の「らくだ」の話であることに…(以下、ネタバレと筆者の解釈となります)。

タコのタコ焼き屋(江口力斗)は「らくだ」の棺桶の提供をお願いされるが…
タコのタコ焼き屋(江口力斗)は「らくだ」の棺桶の提供をお願いされるが…

 「らくだ」の死体の引き取りを頼まれたネコの久六は、「らくだ」のように身寄りのない人が孤独死した場合、その死体がどのように扱われるかを淡々と、しかし詳細に語って聞かせる。

 よくよく見ると、事件を吹聴してまわるオウム、財産を溜め込んでいるがめついトラなど、動物園の面々は現代人の典型的キャラクターのようである。そして彼らは「らくだ」の死に対して冷たく、無関心だ。

いつも健気なネコの久六(エリザベス・マリー)
いつも健気なネコの久六(エリザベス・マリー)

 ただ一匹、喪主となって「らくだ」の葬式ぐらい出してやろうと主張するのがクマの熊五郎なのだが、何とこの熊五郎、自分の檻からどうしても出られないという引きこもりである。

 「らくだ」は熊五郎の檻の中でフグを食べ、毒にあたって死んでしまったという設定なのだが、死に際の「らくだ」と熊五郎とのやりとりの中で「らくだ」の知られざる過去が明かされる。何と、若き日の「らくだ」はダンサー!? カンカンノウの名手だったのだ。だが、足を怪我して踊り手としての道を断たれてしまった。「らくだ」が荒れ始めたのはそれからである。そして「らくだ」は熊五郎に言ってのける。「俺は人に迷惑をかけるプロなのだ」と。

クマの熊五郎(清水ゆり)は檻に引きこもっていた。左:らくだ(オクイシュージ)・右:???(よし乃)
クマの熊五郎(清水ゆり)は檻に引きこもっていた。左:らくだ(オクイシュージ)・右:???(よし乃)

 熊五郎と久六は、死んだ「らくだ」にもう一度、カンカンノウを踊らせてやることにする。その姿に仰天した他の動物たちも集まってきて「らくだ」の葬儀は無事に決行されることとなる。

 物語は引きこもりの熊五郎が檻の外に出る決心をしたところで幕となる。ラストシーンで外界の光の中に一歩一歩踏み出していく熊五郎の姿は感動的だった。その姿を見て「人生とは人に迷惑をかけ続けることなのかもしれないな」と、それが互いに許し合える世の中であって欲しいものだとしみじみ思ったのだった。

 そして幕が降りたとき、もとの落語の「らくだ」にある屈託のない人情の世界が懐かしくなってしまった。つまりこの舞台、コミカルな振付や斬新な演出の背後に、現代社会の人間関係に対する鋭い問題提起が含まれていたのである。いやはや見事な換骨奪胎がアッパレであった。

「らくだ」(オクイ・右)は動物園の嫌われ者だった。後ろ左から、大家のトラ(中野英樹)・警備員のキリン(スズキ)・スナックのママのクジャク(木原)・タコのタコ焼き屋(江口)・ネコの久六(エリザベス)
「らくだ」(オクイ・右)は動物園の嫌われ者だった。後ろ左から、大家のトラ(中野英樹)・警備員のキリン(スズキ)・スナックのママのクジャク(木原)・タコのタコ焼き屋(江口)・ネコの久六(エリザベス)

演劇ジャーナリスト

日本の舞台芸術を広い視野でとらえていきたい。ここでは元気と勇気をくれる舞台から、刺激的なスパイスのような作品まで、さまざまな舞台の魅力をお伝えしていきます。専門である宝塚歌劇については重点的に取り上げます。 ※公演評は観劇後の方にも楽しんで読んでもらえるよう書いているので、ネタバレを含む場合があります。

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