「撮影前は食べて体に丸みを付けました(笑)」本間日陽がNGT48卒業前に写真集に残したかったもの
この春にNGT48を卒業する本間日陽が、アイドルとして最後の写真集『陽射し色』を発売した。本人が希望した香川でオールロケ。9年間、センターも務めてグループを引っ張ってきた中での心情を振り返ったエッセイも掲載されている。「タイムカプセルのような気持ちで制作した」というこの1冊への想い、アイドル活動で見出したものや女優への夢まで語ってもらった。
10代でグラビアに挑戦して救われました
――グラビアはもともと、やりたいことのひとつだったんですか?
本間 高2になる頃に初めて挑戦しました。きっかけは「同期に負けたくない。自分をもっと多くの人に知ってもらいたい」という想いが強かったんです。最初はスタッフさんに「本間さんはまだ水着グラビアはやらない」と言われていました。それで雑誌からお話があったのをお断りしたと聞いて、何だか悔しくて。
――上昇志向があったんですね。
本間 水着グラビアをやっているメンバーに比べて、NGT48のファン以外の方に知ってもらえる機会を逃しているような気持ちになりました。私も絶対に早くやったほうがいいと思って、そこから挑戦させてもらいました。
――自信もあったんですか?
本間 劇場でパフォーマンスを観てもらって「写真より動いているほうがかわいいね」と言われることも多くて、むしろ撮影には苦手意識がありました。でも、グラビアを始めたら、生写真やグッズ撮影とは全然違うテンポ感や空気感が新鮮で、私にフィットしました。自分で気づかなかった魅力をカメラマンさんや編集の方に誉めていただくことも増えて、撮影のお仕事が好きになったんです。10代でグラビアに挑戦する選択をして、得た自信は少なからずあって。私はグラビアに救われたと思っています。
――自分で気づかなかったヴィジュアル的な魅力とは、どんなことですか?
本間 グラビアを始めてから周りの方によく言われるのは、目の力がすごく強いと。レンズを通して目で人をキャッチできるのは、かなり自信になりました。
「デートなう」の気分になってもらいたくて
――出来上がった『陽射し色』を自分で見て、どう思いましたか?
本間 写真をデータでチェックして、納得いく形で最終決定をしていましたけど、実際に本になったら想像以上に良くて、すごく嬉しかったです。「こういう本にしたい」という理想通りになりました。
――どういう写真集にしたいと思っていたんですか?
本間 グループを卒業するタイミングで出す機会をいただいたので、3年前に出した1st写真集とどう差別化するかが、自分の中で課題でした。ページをめくると、一緒に香川を巡っている気分になってもらうことは、かなり意識しています。
――いわゆるデート感があるように?
本間 そうです。「彼女とデートなう」みたいな雰囲気で、隣りにいる人の目線で撮られていたり。1stより、私の素の姿や笑顔のカットがかなり多いと思います。
コロナ禍が明けたら行きたい場所だったんです
――香川でオールロケをしたことも、本間さんの希望だったとか。
本間 グループに加入して、北から南までいろいろなところに行かせていただきましたけど、四国はなかなか機会がなくて。気になっていたら四国で行きたい場所がどんどんできたので、そこを中心にロケーションを組んでいただきました。
――四国水族館とかネットで調べていたんですか?
本間 そうですね。コロナ禍が明けたらこんな場所に行ってみたいとか、パワースポットを巡りたい願望が強くなっていたのを、この写真集で叶えられました。
――ロケ地以外にも、自分の希望を反映させたことはありますか?
本間 ほとんどそうです。衣装も全部イメージを伝えさせてもらいました。プールでの水着は、たまたまインスタグラムで見た写真をスタイリストさんに「これ、かわいくないですか?」と言ったら、入手してもらえてラッキーでした。あと、本の大きさにもこだわりました。
――写真集としては小さいB5判ですね。
本間 アイドルラストなので、写真が大きいほうがいいかなとも思ったんですけど、エッセイに込めた想いもあって。手に取りやすいサイズにしました。それと、1st写真集も同じ大きさで右綴じだったんです。KADOKAWAさんで出版される写真集は通常左綴じなんですけど、2冊並べたときにしっくりくるように揃えました。
絞るより三食取って体重を増やす方向で
――撮影は昨年5月だったそうですが、事前に体作りとか準備はしたんですか?
本間 10代の頃はとにかく絞って細身に見せたい気持ちが強かったんですけど、20代になってからは、女性らしい丸みを見せられたらいいなと思うようになりました。今回も絞るより、むしろちょっと食べて体重を増やす方向で考えました。
――写真集の撮影前に食べるようにしたという話は、初めて聞きました(笑)。
本間 食べることは今も昔も大好きで、自分にとって一番重要ですけど、ストレスを食で解消することはなくなりました。だからなのか、10代と20代で体質が変わったのか、気がついたら絞れてしまっていて。写真集は露出もありますし、もうちょっと丸いほうがいいかなと。
――食事のとき、おかずを一品増やしたり?
本間 3食しっかり取るようにしました。忙しいと抜かしてしまうこともあったので。でも、デザートは大好きで、撮影があってもなくても、ごはんの終わりに必ず食べています(笑)。
――運動はしませんでした?
本間 マシンピラティスに1年くらいハマっています。ステージパフォーマンスのために始めたんですけど、今回の撮影前にも行きました。
――撮影中に印象的だった出来事は?
本間 ワンちゃんと写ったカットは、オフショットのつもりでした。偶然出会って「かわいいですね。一緒に撮っていいですか?」という。その写真が使われて、お気に入りの1枚になりました。あと、水族館でペンギンと撮った写真は、飼育員さんがエサを撒いてくれたら、いっぱい集まって(笑)。いろいろな方のご協力があって実現したカットです。
卒業のタイミングに迷いはありませんでした
――NGT48を卒業することは昨年10月に発表されましたが、この写真集を撮った頃はもう決めていたんですか?
本間 はい。昨年の春に1年後に卒業しようと、自分の中で決めたタイミングでした。
――悩んだ末の決断でしたか? あるいはスパッと?
本間 もともとグループに加入したとき、20歳で卒業しようと思っていたんです。それまでに48グループで選抜に入れるようになって、次に自分がやりたいことに活かせるパワーを持つのが目標でした。でも、実際に20歳を迎えたとき、もう少しNGT48で自分ができること、やらなくてはいけないことがあるように感じて。グループ内での目標を1コ1コ達成していく中で、卒業がだんだん現実味を帯びてきて、1年前に「このタイミングかな」と思えるときが来た感じです。迷いはありませんでした。
選抜総選挙で13位は夢のようでした
――9年間のアイドル人生で、最高潮と感じたのはどの辺りですか?
本間 (2017年の)選抜総選挙で初めてランクインしたときですね。私はNGT48のメジャーデビューシングルでカップリング曲のセンターをやらせていただいたり、他のメンバーに比べたら、見てもらえる場所があったかもしれません。だけど、私はグループのセンターが加入時からの目標で、もっと前に行きたいけど行き切れない。どうしたら飛び抜けた存在になれるだろうと、ずっと考えていたんです。なので、13位にランクインは夢みたいな出来事でした。AKB48さんの選抜に入れて、テレビで観ていた憧れの先輩たちと活動できたのは、宝物のような時間でした。
――飛び抜けるために、努力していたこともありました?
本間 グラビアを始めてから、自分を応援してくださる方がちょっとずつ増えているのを感じていました。いい流れを掴めたきっかけとして、やっぱりグラビアが大きかったと思います。
自分の力で目標を叶えた手応えがなくて
――一方で、写真集のエッセイに「何のために頑張っているのだろう」と思っていたとの話も書かれていますが、苦しかったこともありました?
本間 総選挙にランクインしてから、シングルのセンターに選ばれたり、チームのキャプテンを任せてもらったり。振り返れば、18歳でそこまでしているメンバーは前例があまりなかったと思います。当時はただがむしゃらに理想を追い求めていて、気づきませんでした。
――2018年の3rdシングル『春はどこから来るのか?』が初センターでした。
本間 今思えば相当頑張っていましたし、NGT48を引っ張る存在になれましたけど、さらに先を目指していたんです。48グループを代表するメンバーになれない悔しさがあって、どうしたらもっと全国区になれるのか、ずっと悩んでいました。グループで大変なことがあった後、ソロコンサートとか急にいろいろ実現したのも、かなり複雑でした。本当はここにいるはずのメンバーがいない。自分の実力が評価されて選ばれたわけではないのかなと。
――繰り上げでそうなったような感覚?
本間 そうです。目標が叶ったことを素直に喜べない。自分の力で掴んだ手応えがない。そのモヤモヤをどこにぶつけていいか、わかりませんでした。かつ、NGT48をもっと良くしたい、大きくしたいと思っていた分、自分の立場でどうアプローチしていくべきかも、すごく悩みました。
後輩が育って自分の理想も取り戻せました
――そこは結局、どう折り合いをつけたんですか?
本間 後輩が育ってきたことがすごく大きいです。自分がセンターに立っていたときは、疲れてしまったんです。引っ張っていく実力も自信もなく、グループで飛び抜けられた実感もないまま、絶対的センターみたいな立ち位置を任せていただいて。気持ちのちぐはぐさを整理できていませんでした。
――そういうところは見せないようにしていたんでしょうけど。
本間 でも、久しぶりのシングルを出すタイミングで後輩がセンターに立ってくれて、脇でサポートしていく道を見つけられました。肩の荷が降りましたし、自分がそこまで背負い込む必要はなかったとわかったんです。私がセンターで頑張らないといけない気持ちがあったのが、自分でなくても真ん中に立つメンバーの重みは変わらないと実感できて。
――視野が広くなったわけですね。
本間 センターを目指して頑張るポジション、センターに立ったときの重み、それを経て別の場所から見たセンター。いろいろな立ち位置を経験させてもらって、自分のアイドル像をもう一度、見つめ直す機会にもなりました。15歳でNGT48に入ったときの初心。こんなアイドルになって、その先はこんな芸能人生を歩みたいという理想を取り戻せた気がします。
弟のように難病を持った方の励みになろうと
――エッセイでは、プラダーウィリ症候群という指定難病を抱える弟さんのことにも触れられていました。
本間 弟のことを書いたのは初めてです。最初はこのエッセイのために本を出したかったんです。私はいわゆるきょうだい児ということになりますが、アイドル活動を通じて、自分だけではないんだという意識が強くなりました。都道府県を越えて、本当にいろいろな方が会いに来てくださるんです。その中には、弟と同じように指定難病を持った方もいらっしゃって。私を見て「毎日元気をもらっているよ。仕事を頑張れているよ」と言ってくださいました。私自身、弟が障害を持って生まれてきたことによって、小さい頃から我慢したり、辛い想いもしてきました。「何でこんなことになるんだろう?」という。
――「もっと普通がよかった」と書かれていました。
本間 そんな気持ちを抱えながら芸能活動を始めて、自分が障害を持つ方やご家族に対して、少しでも励みになったり、エールを送れることに気づけました。アイドルという職業の価値もわかって、弟のことを本に書きたい想いが生まれたんです。NGT48を卒業する前に、たくさんの方に手に取ってもらいたいのはもちろん、自分が芸能を続けていく中で何をしたいのかわからなくなったとき、読み返して初心に返れる1冊にできたと思います。
クラシックバレエが女優を目指した原点です
――卒業発表のコメントでは「夢を叶える準備がやっと整いました」とありました。NGT48に入る前から女優が夢だったそうですが、目指した原点は何だったんですか?
本間 両親が映画好きで、今でも毎週のように、2人で映画デートをしているんです。それで映画やドラマは私にも身近なものでしたけど、自分が演じたいと思ったきっかけはクラシックバレエです。
――小学1年生から習っていたんですよね。
本間 クラシックバレエは物語なんです。ステージ上で誰かを演じて踊る。当時の私は弟のことや家庭の環境に「どうして自分ばかりこんな想いをしているんだろう?」という気持ちが大きくなっていて。自分でない誰かになりたい願望があったから、ステージで他の人として生きられる経験は救いになりました。雷に打たれたような感覚。そこから、ドラマや映画の画面の向こうで生きてみたい想いが生まれました。
――初演技はドラマ『ひぐらしのなく頃に』の古手梨花役でした。
本間 グループに入って、スタッフさんに「どんな仕事をしてみたい?」と聞かれたとき、真っ先に「ドラマに出たいです!」と言ったんです。48グループに応募したのも『マジすか学園』とかを観ていたのと、人数が多いからジャンルに捉われず、やりたいことをできるチャンスがあると思ったからでした。『ひぐらしのなく頃に』はグループ内のオーディションを勝ち抜いて役を得て、撮影では初めての経験が全部新鮮でしたね。
演技でもっと悩ませてほしいと思いました
――演技はやってみたら難しくて悩んだ、ということはありませんでした?
本間 もちろん大変でしたけど、やりたいことをやっているときの努力は、全然苦になりません。逆に「もっともっと悩ませてほしい」と思うくらい(笑)、撮影中は楽しくて。その後、舞台もやらせていただいて、演技に対する想いはどんどん強くなりましたけど、根底には『ひぐらしのなく頃に』の経験が大きいです。
――これまでの出演作で、特にハードルが高かった役というと?
本間 演じていてすごく苦しかったのは、去年の舞台『夕凪の街 桜の国』です。原爆投下から10年後の広島で生きている役で、被爆の後遺症に悩まされていて。みんなで広島の歴史に理解を深める話もしましたし、上演が8月だったこともあって、自分でインタビュー記事を探して読んだりもしました。あと、舞台の初日が広島で、平和記念公園に足を運んで原爆ドームも見ました。苦しかった中で、役を通して平和への想いが高まって。特別な時間で、自分の大きな財産になったと思います。
――「夢を叶える準備が整った」ということは、演技に自信も付いたわけですね。
本間 そうですね。最初に卒業を考えたときは、すぐ演技の道に進みたいとスタッフさんに言いましたけど、「グループにいながら演技経験を積んで、準備を万全に整えてからでもいいのでは」というお話をいただいて。確かにアイドルのお仕事も好きだし、バッサリやめて急に方向転換するのも違うかなと。まず自分のペースで演技に挑戦する期間にしようと決めてから、たくさんの舞台やドラマに出させてもらって、いろいろ経験できました。
川栄李奈さんのようになることをイメージして
――エッセイには「強くイメージしたほうに、現実は近づく」と繰り返し書かれていました。
本間 言霊ってあるなと、いつも思っています。環境を変えるのはパワーも勇気も要りますけど、イメージをしていたら悪いようにはならないはず。私の座右の銘も「日々是好日」で、「悪い日は1日もない。どんな1日も特別」という意味合いがあって。そのマインドを信じています。
――今は自分が女優として、どうなるイメージをしていますか?
本間 川栄李奈さんのような活躍をしたいです。48グループ出身の女優さんとして憧れていて、朝ドラの『カムカムエヴリバディ』も毎日楽しみでした。グループに入る前から『ごめんね青春!』が大好きで、そこで川栄さんをカッコいいなと観ていて。48グループなら女優になる夢に近づけると思えたので、目標の女優さんの1人です。
――本間さんも朝ドラでヒロインを演じたり、今の『となりのナースエイド』のようにプライム帯で主役を張ることをイメージしていると。
本間 はい。あと、NGT48で地元への想いが強くなりました。入る前は飛び出したかったんですけど、新潟を拠点に活動していくと、地元の良さを再発見できる仕事も多くて。新潟をもっと元気にできる存在になりたいとも思っています。
地元も大事に第二の小林幸子さんも目指します
――地元の村上市のスペシャルアンバサダーも務めていますね。
本間 昨年8月に、新潟出身の小林幸子さんと村上のイベントで共演する機会があったんです。村上市民の皆さんがホールに集まられて、小林幸子さんがステージに登場されると、前から後ろまですべての方がキラキラした笑顔になられていました。それを見たとき、私が一生かけて目指したいのはこれだと、ハッとしたんです。小林さんは歌を通して全国で活躍されながら、地元・新潟も大切に思われていて。1対1でお話しさせていただいて「ファンの方が温かいね。これからも一緒に頑張っていきましょう」と、希望に溢れる言葉を掛けてくださいました。
――小林幸子さんにそんなことを言われたら、感動しかないですよね。
本間 本当にそうです。私はこれから演技をたくさんの方に観ていただいて、ストーリーを通じて人生の救いや支えになるものを届けることが目標ですけど、同時進行で新潟や村上市の皆さんの心を温かくできる存在にもなりたくて。第二の小林幸子さんを狙おうと思っています(笑)。
48グループは理想へのベストな選択でした
――アイドルを9年間やった経験は、今後の人生でも糧になりそうですか?
本間 本当にすごく大きいです。アイドルでなかったら、それもNGT48でなかったら、得られなかった経験がたくさんあります。48グループは人数が多くて、偉大な先輩もたくさんいて。その中で台頭していくのはすごく難しいし、メンバーとして自信をあまり持てませんでした。でも、卒業を前に振り返ると、やりたいことを実現する気持ちを活性化して、理想に近づけてくれたのは、48グループにいたからこそ。自分の性格と合っていて、ベストな選択だったと思います。
――大人数の中で切磋琢磨して、台頭したことが自信に?
本間 なりました。それに、この大きいグループでアイドルになれたから、出会えたファンの方もたくさんいます。その絆はこれからも大切にしていきたいです。
すぐ恋愛に挑戦する気持ちは全然ないです
――最後に卒業するアイドルさんに定番の質問で、恋愛方面の夢もありますか?
本間 来ましたね(笑)。卒業したら、すぐ恋愛に挑戦したい気持ちは全然ないです。
――恋愛は“挑戦”するものですか(笑)。
本間 高校時代はクラスの男子とひと言もしゃべれなかったくらいなので、免疫はめちゃめちゃ薄いです。でも、いつかは家庭を持ちたいという理想はあります。先輩の北原里英さんが結婚されたのを見て、初めて素敵だなと思いました。
――北原さんは結婚式を去年挙げていましたね。ウェディングドレス姿の写真が上がっていました。
本間 ご招待をいただいていたんですけど、ちょうど舞台の千秋楽で行けなくて……。私が息を引き取る直前まで悔やみそうです(笑)。
――もっと直に、表参道で手を繋いでデートしたいとかはないですか?
本間 そういうのはあまりないですね。
マリオカートはヘタですけど運転免許を取れたら
――恋愛以外に、アイドル時代にできなかったことをやりたいとは?
本間 車の免許を取りたいです。アイドル時代も取ったらダメだったわけではないですけど、そんな時間があったら活動に注力したくて。新潟は車社会なので、20歳前後の頃は実家に帰るたびに、おばあちゃんに「免許は取らないの?」と聞かれていました。最近はパッタリ聞かれなくなりましたけど、卒業を機に取ってみたい気持ちはあります。
――高速を飛ばしたいとか?
本間 危ない運転はしたくないです。地元の友だちとドライブをすると、本当に役立たずなので、交代で運転できるようになれたら、ちょっと大人になった実感が湧くと思います。
――教習所に通えば、免許はすぐ取れそうですか?
本間 座学は学生時代に良いほうではありました。運転はマリオカートがめちゃくちゃヘタで、みんなに「ウソでしょう?」と言われるほどですけど(笑)、本当にハンドルを握ったらできると思うんですよね。事故を起こさないように頑張ります!
Profile
本間日陽(ほんま・ひなた)
1999年11月10日生まれ、新潟県出身。2015年にNGT48第1期生オーディションに合格。2018年4月発売の3rdシングル『春はどこから来るのか?』でセンター。女優としてドラマ『ひぐらしのなく頃に』、『夜明けまえの彼女たち』、舞台『サザエさん』、『富士見町アパートメント/海へ』、『夕凪の街 桜の国』などに出演。2024年春にNGT48を卒業。
『NGT48 本間日陽2nd 写真集 陽射し色』