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月額4千円。それでも無関心?~自動車関連税制の見直し

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
(写真:アフロ)

・月額4千円でも無関心?

 「自動車なんか買ったら、金足りませんよ。」最近の若いサラリーマンたちと話すと、車に興味を失った若い人が増加していることを実感するだろう。もちろん、公共交通機関の充実していない地方部ではそうも言っていられない。

 自動車を保有すると、何かと金が掛かる。自動車税と自動車重量税だけで、普通乗用車では月々4千円程度の負担を強いられていることになる。そのほかに半分が税金のガソリン代や、自賠責保険など諸経費、駐車場代などを含めると、月に2万円から3万円程度の出費になる。

 まとめて支払っているので、意外と気が付かないが、毎月4千円と言われると、ちょっと考えるのではないだろうか。さらに販売価格の約半分を占めるガソリン税も負担させられているのだ。こうした負担額は、ドイツの約3倍、イギリスの約2倍と諸外国と比較しても高額だ。

・走行距離に応じた課税?自動車会社は儲け過ぎだから?

 11月27日に、政府与党が自動車関連税制の将来的な見直し中で、走行距離に応じた課税を検討しているという情報が流れ、論議を呼んでいる。特に地方在住者にとっては、都市部に比較して走行距離が長くなるため、「地方いじめ」だという批判をする人も多い。さらに日産自動車のゴーン元会長の問題から、「自動車メーカーはそんなに儲けているのだから、減税なんて必要ない」などという意見も広がっている。しかし、果たしてそんなに単純な話だろか。

・そもそも過重な税制

 自動車関連税制に関しては、長年、見直しの要求が多方面から出ていた事実がある。実際、自動車保有に掛かる課税額は、欧米諸国の2倍から3倍と税負担が重くなっている。

 自動車を購入する時には、消費税に加えて、自動車取得税、さらに毎年、自動車税、車検時にかかる自動車重量税など複数の税を支払わねばならず、これに加えてガソリンには価格の約半分という高率のガソリン税が掛けられている。こうした自動車保有に対する過重な課税は、自動車が贅沢品だった時代の名残もあり、特に地方部のように家族の人数だけ車を所有しなくてはならない状況の中で、重税感が強くなっていた。

 そもそものスタートは、この「過重」課税の解消にあったのである。ところが、物事は単純には進まない。

・軽自動車というガラパゴス

 この過重状態を改善するためには、何らかの減税措置を行う必要がある。税収が増加するならばよいが、減少することは政府としてはなるべく避けたい事態だ。さらに、日本の場合、「軽自動車」という諸外国では見られない特殊な区分を設けたことが、さらに混乱に拍車をかける。つまり、重税感があるのであれば、この「軽自動車」を購入すれば良いのだということになり、「売れる車」である軽自動車を日本メーカーは製造販売してきた。しかし、この軽自動車は世界市場では販売できない仕様であり、いわゆるガラパゴス市場を日本国内だけに形成してしまった。つまり、国内向けには良いが、日本の輸出産業としては寄与度は低い。

・これ以上の国内市場の縮小は

 さて、今回、自動車関連税制の見直し議論が話題になっているのは、この11月に自動車メーカーに加えて、愛知県や岩手県、神奈川県、大分県など12の自治体が、自動車税の抜本的な見直し要望を政府与党に提案したことにある。自治体が共同で提出した「平成31年度税制改正において 自動車諸税の抜本的見直しを求める緊急声明」(注1)では、自動車諸税の軽減は「特に複数保有が常態化し、負担が重くなっている地方の自動車ユーザーの負担軽減、生活の向上が図られ、また、幅広い自動車産業の活性化を図ることは、震災等などからの復興の促進」に貢献するものだとし、さらに「地域経済の持続的な成長」に不可欠だと指摘している。

 自動車メーカーが中心の一般社団法人日本自動車工業会が提出した「平成31年度税制改正に関する要望書」(注2)を後押しする形で、自治体がこうした緊急声明を出したのには、米中の経済対立や中国市場が調整局面を迎えていることなどに加えて、国内の高齢化、人口減少が急速に国内市場を縮小させていることへの危機感がある。そして、これ以上の国内市場の縮小は、各自動車メーカーの国内での研究開発や生産の縮小に繋がる可能性が高く、それらは地域経済に大きく影響を与えることは明らかである。

・自動車メーカーと立地自治体のエゴ?

 この点も単純に「自動車メーカーと自動車産業が立地する自治体のエゴだ」と切り捨てて良いものか、少し冷静な判断が必要だ。現在、自動車関連産業に直接・間接に従事する就業人口は、約500万人を超えている。これは国内の全就業者数の8%超を占める。また、全製造業の製造品出荷額等に占める自動車製造業の割合は約18%と2割近くを占める。そして、なにより自動車の海外輸出金額は16兆円と主要商品別輸出額の23%を占め、産業別では第一の稼ぎ頭なのである。

 さらに、近年、大きな災害が立て続けに日本列島を襲ったが、それによって傷んだ地方経済を立て直すためには、自動車産業の維持は重要な課題なのだ。それだけに、「緊急声明」に名を連ねているのは、東北地方の岩手県、宮城県、中国地方の岡山県、広島県、さらに九州地方の福岡県、大分県など震災や台風などの被災地が含まれている。

・次世代産業が見えぬまま、主力産業である自動車産業には暗雲が

 ここ20年ほど、次世代産業だ、航空宇宙産業だ、医療関連産業だと騒がしくしてきたが、残念ながら、この自動車産業を後継できるような産業を見出すことはできていない。現在でも、自動車産業は日本経済の根幹を支える重要産業であることは確かなのである。現状で、この自動車産業が大きく損なわれることは、そのまま日本経済の危機を意味すると言える。そうした視点からすると、縮小する一方の国内市場で、重税感が強いまま放置することは、その縮小傾向を加速することになるという指摘は傾聴に値するだろう。

 自動車関連産業に従事する500万人の雇用を維持するには、現状の年間販売台数500万台が喫水線だと言われている。1990年代前半には700万台近かった自動車販売台数は、1997年、2014年と二度行われた消費税増税のたびに減少してきた。それだけに、今回も予定されている消費税増税が引き金となり、一層の台数減少を引き起こすのではないかとの懸念が強い。さらに、米中の経済摩擦の影響やアメリカによる自動車の輸入規制の懸念など、日本経済を支える自動車産業の先行きに暗雲が垂れ込めている。

・議論を根底からひっくり返す可能性も

 事態をさらに複雑にしているのは、シェアリング・エコノミーの拡大だ。最大手のトヨタも、今年になって矢継ぎ早にMaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)対策を打ち出し、自動車を個人が保有する時代が終わりを迎えることを予感させる。実際、公益財団法人交通エコロジー・モビリティ財団による2018年3月の調査によると、日本国内のカーシェアリング車両ステーション数は14,941カ所、車両台数は29,208台、会員数は1,320,794人となっている。この8年間で、車両台数は30倍、会員数は10倍に増加するなど、一気に拡がっている。(注3)

 こうしたカー・シェアリングが一般化すれば、個人保有を基本に組み立てられている現在の自動車関連税制が合わなくなる可能性は大きい。特にシェアリングが進むことによって、総台数は減少することが予測されるため、現在の税制のままでは税収が減少することは避けられない。そのために出てきたのが、走行距離によって課税するという一つの案だと考えられる。つまり、自動車の大半が個人所有から、カーシェアリングを運営する法人企業保有に移った場合に、いかに安定した税収を確保するかのアイデアであろう。そうでなくては実現性は極めて低い。

・「このタイミングで」・・・・・日産事件

 ここにきて、さらに自動車関連税制を求める自動車メーカーや自治体にとって、頭を抱える事態が発生した。日産自動車のゴーン元会長の一件である。マスコミでの批判は、ゴーン元会長の高額な所得や経費による住宅や旅行など豪華な生活に向かっている。そのために、「あれほど贅沢をさせても、利益が上がるほど、自動車メーカーは儲かっているのではないか」という批判が起こっているのである。しかし、自動車諸税の負担者は自動車保有者であり、自動車メーカーではない。

・長年の指摘を放置してきた結果

 自動車関連税制の減税に対しては、税収が足りない中、自動車を保有できる富裕層の税負担を軽減するだけで、保有できない生活困窮層にはなんのメリットもないという意見から反対する人もいる。

 しかし、もう一度、最初に戻ってみて欲しい。長年にわたって、過重税制であると改善が求められてきたものを放置してきてしまった点が、今回の混乱を呼んでいるのだ。それをまずは本来のあるべき姿に戻そうというのが、そもそもの話だということだ。

 その上で、カーシェアリングなど状況の変化や、将来的な自動運転化、地方部での公共交通機関の在り方などを見据えた自動車関連税制はどうあるべきかという検討と議論が求められているのである。そこには、地域経済の活性化や雇用の創出など、大都市圏だけではなく地方部の経済にとっての大きな問題に関連している。

・単純な枠にはめずに考え議論する必要性

 自動車関連税制の改正に対しては、賛成、反対のいずれの立場に立つにしても、複雑かつ急激に変化する状況を冷静に見据えた上での議論が求められる。自動車メーカーのエゴ、自動車産業立地自治体のエゴ、自動車保有者のエゴ、あるいは都市部と地方部の対立などという単純な枠に当てはめてしまうと、問題の複雑さやそこに迫っている危機に気が付かないことになりはしないだろうか。

 税制に関しては、意図的に複雑に分かりにくくして、納税者の関心を集めないようにしているのではないかと勘繰らせるほどである。しかし、自家用車保有者は、平均4千円も月々支払っているのである。難しいこと、他人事と放りっぱなしにするのではなく、自分に関係することだと、じっくり考えてみても良いのではないだろうか。

・参考

(注1)「平成31年度税制改正において 自動車諸税の抜本的見直しを求める緊急声明」https://www.pref.aichi.jp/uploaded/attachment/280453.pdf

(注2)「平成31年度税制改正に関する要望書」http://www.jama.or.jp/tax/PDF/20180920.pdf

(注3)公益財団法人交通エコロジー・モビリティ財団 http://www.ecomo.or.jp/

神戸国際大学経済学部教授

1964年生。上智大学卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、京都府の公設試の在り方検討委員会委員、東京都北区産業活性化ビジョン策定委員会委員、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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