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「健さん」と「文太」を胸に総選挙に向かう

田中良紹ジャーナリスト

総選挙が始まる直前に二人のスターがこの世を去った。二人の訃報が伝えられたのは、いずれも今回の選挙の節目の当日である。11月18日、安倍総理が衆議院解散を表明する日に高倉健さんが、選挙公示の前日、日本記者クラブで党首討論会が行われているさなかに菅原文太の死が報じられた。私の中で「健さん」と「文太」が日本の政治と結びついた。

二人は60年代から70年代にかけて東映やくざ映画のスターである。その二人が演じたのは近代化の流れに乗って世渡りする「勝ち組」ではない。近代化で失われていく地縁、血縁を守り通そうとする「負け組」の一人である。それが「勝ち組」の横暴にじっと耐え、最後に意地を貫く。その生き様が全共闘世代の若者たちに熱烈に支持された。

その世代は今や高齢者。日本政治の最大課題である少子高齢化問題の渦中に存在する。そして青春時代に政治の季節を送った世代が政治への興味を失っているとは思えない。日本の政治があらゆる意味で過渡期を迎えている今こそ立ち上がるべきはその世代である。

実は日本の政治はこれまでの見方を変えなければならない転換期にある。それが前回と前々回の投票行動に読み取れる。これまで地方は圧倒的に自民党を支持する保守の牙城、革新勢力は都市部が拠点と思われてきた。また「無党派」は都市部の若者に多いと見られてきた。ところが05年の郵政選挙以来、そうした常識は通用しなくなっている。

小泉総理は自民党内の反対派を切り捨てるため、都市部の若者に迎合する選挙を行って大勝した。風を吹かせて「無党派」を積極的に自民党に引き付けたのである。自民党大勝の結果、小泉構造改革と呼ばれる新自由主義の政策によって、都市と地方の間に格差が生まれ、日本社会は「勝ち組」と「負け組」の二極構造になった。

その反動が09年の選挙に現れる。政権交代を争点とした09年の総選挙の投票率は平均で69.28%と現在の選挙制度が施行されて以来の過去最高を記録するが、その平均をさらに上回ったのはいずれも地方の選挙区である。47都道府県のうち30の道と県が平均を上回り、地方の関心の高さをうかがわせた。それが自民党から民主党への政権交代を実現させたのである。

私はその選挙で、自民党の牙城である福井県を現地取材したが、自民党候補を支援した業界団体は農協しかなかった。民主党がマニフェストにアメリカとの自由貿易協定を盛り込んだからで、他の業界団体はみな自民党への支援を見送った。

そして地方の保守層を動かしていたのは、小沢一郎氏をはじめとする旧自民党議員たちの民主党への合流である。菅、鳩山の二枚看板では民主党に投票する気にはなれないが、小沢氏らがいれば支持できる。それが地方保守層の本音だった。自民党から政権を奪うには自民党支持者を自民党から引きはがさなければならない。その可能性が小沢氏らの合流で生まれていた。

ところがマニフェストになかった消費増税を巡って小沢氏らが民主党を離れ、消費増税を実現する三党合意を巡って行われた2年前の総選挙では、有権者が09年の総選挙と全く異なる投票行動に出た。まず投票率が過去最高から過去最低に落ち込んだ。多くの有権者が選挙に背を向けたのである。

投票率の落ち込みは地方ほど、特に自民党の牙城と見られた地方ほど大きかった。反対に都市部の投票率は下がらなかった。東京都の投票率は09年の総選挙では47都道府県中44位。平均より3ポイント低い66.37%だったが、2年前の総選挙では平均より3ポイント高い62.2%で、47都道府県の上から8番目にランクされた。つまり39の地方道府県が東京都より低い投票率になった。

09年に比べて投票率を最も下落させたのは富山県である。次いで北海道、鹿児島県、青森県、福島県、石川県と続くが、これが何を意味しているか極めて興味深い。自民党に政権が戻った選挙で、自民党が強い地方の有権者ほど積極的に選挙に行かなかったのである。ところが結果は自民党が大勝した。公明党と合せて3分の2を超す勢力を確保する。それが低投票率によって達成されたと考えれば、大量議席も砂上の楼閣に思えてくる。

一方、投票率を年代別にみると、最も投票率が高いのは09年も12年も60代である。次いで50代、40代と続くが、要するに「健さん」と「文太」の映画を熱烈に支持した世代が最も政治に関心を抱いている事が分かる。

政党支持構造を研究している埼玉大学の松本正生教授は、今や60代の有権者こそが「無党派」で、彼らの投票行動が政治を左右すると語っている。地方の高齢者イコール自民党支持の時代は終わった。保守支持層イコール自民党支持の時代も終わった。しかしそのような時代は始まってからまだ10年もたっていない。だからまだ過渡期である。しかし日本の政治構造は間違いなく流動化している。

今回の総選挙の最大の特徴は、解散を仕掛けた安倍政権が選挙に風を吹かせないようにし、投票率を下げさせることを目的にしている事である。創価学会の固い組織票に守られた安倍政権はそれで延命を図ろうとしている。

その構造に風穴を開けられるのは誰か。私は「健さん」と「文太」を熱烈に支持した世代にその可能性があると思う。特に地方に根付いて生きてきた高齢者ほど、グローバリズムに乗せられて「勝ち組」になろうとする風潮に対し、意地を貫き通した「健さん」や「文太」の生きざまを理解できるのではないか。私は「健さん」と「文太」を胸に今回の選挙に向かうつもりでいる。

ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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