SNSは「新聞」か「電話」か、米最高裁の4時間の議論に広がる「地雷」とは?
ソーシャルメディア(SNS)は「新聞」か「電話」か――約4時間にわたるそんな議論が、米主要メディアの注目を集めた。
米最高裁は2月末、大手ソーシャルメディアを規制し、特定のコンテンツの削除などを制限するフロリダとテキサスの州法が、「表現の自由」を保障する憲法に違反するかどうかを巡る裁判の、口頭弁論を開いた。
この裁判が注目を集めたのは、2つの州法には、2021年の米連邦議会議事堂乱入事件を巡るドナルド・トランプ前大統領のソーシャルメディアのアカウント停止と、有害コンテンツ対策の問題が、絡み合っているためだ。
さらにこの問題は、秋の米大統領選に向けた共和・民主両党のせめぎ合いの渦中にある。
その議論の焦点が、ソーシャルメディアは「新聞」か「電話」か、だった。
そしてこの議論にはたくさんの「地雷」が埋まっているという。その「地雷」とは?
●有害コンテンツ対策が焦点
米最高裁のサミュエル・アリート判事(保守派)は2月26日のテキサス州法を巡る口頭弁論で、プラットフォーム側の業界団体「ネットチョイス」の代理人で、ジョージ・ブッシュ(子)政権で訟務長官を務めたポール・クレメント氏にそう述べた。
フロリダとテキサスの州法を巡る議論は合わせて、4時間近くにも及んだ。
議論の俎上にあるのは、ソーシャルメディアによる有害コンテンツ対策(モデレーション)だ。
有害コンテンツやその発信ユーザーのアカウントを削除するなどの対策を行う際の、ソーシャルメディアの権限と責任をどう位置付けるかが焦点となっている。
裁判のきっかけとされるのは、2021年1月6日に、前年の大統領選を巡って数千人が連邦議会議事堂に乱入した事件だ。騒動の中心にいた現職(当時)のドナルド・トランプ大統領に対して、ツイッター(現X)、フェイスブック(現メタ)、ユーチューブなどのソーシャルメディアが相次いでアカウントを停止する措置に出た(※後にいずれも復活)。
※参照:Twitter、Facebookが大統領を黙らせ、ユーザーを不安にさせる理由(01/12/2021 新聞紙学的)
これらの動きはソーシャルメディアによる保守派の言論の抑圧と捉えられ、州政府を共和党が握るフロリダとテキサスで相次ぎ対抗する州法が制定された。
フロリダでは同年5月に成立した州法(ソーシャルメディア検閲阻止法)で、年間収益が1億ドル超か世界のユーザーが1億人以上の大手ソーシャルメディアに対して、選挙候補者のアカウント停止を最大1日25万ドルの罰金付きで禁止し、「検閲、アカウント停止、非表示化(シャドーバン)」の基準の公表などを義務付けた。
テキサスで同年9月に成立した州法では、米国内に5,000万人を超すユーザーがいる大手ソーシャルメディアに対して「ユーザーの視点をもとにした検閲」などを禁じた。
これに対してフェイスブック、ツイッター、グーグルなどが加盟する業界団体「ネットチョイス」と「コンピューター&コミュニケーション産業協会(CCIA)」は、2つの州法が「表現の自由」を保障した憲法修正1条に違反するとして、仮差し止めを申し立てた。
地裁ではフロリダ(同年6月)、テキサス(同年12月)ともに仮差し止めを命じた。
※参照:Facebook,Google,Twitterを訴えるトランプ氏の思惑(07/09/2021 新聞紙学的)
さらにフロリダ州法については、第11巡回区控訴裁判所が2022年5月に「ソーシャルメディアは通信事業者ではない」と地裁判断を支持。だがテキサス州法については、第5巡回区控訴裁判所は同年9月、「プラットフォームは新聞ではない。その検閲は言論ではない」として差し止めを退け、フロリダ州法と判断が分かれた。
テキサス州法についてはプラットフォーム側の緊急救済の申し立てを受け、最高裁は2022年5月、審理継続中の一時差し止めを認めている。
この時は、差し止め支持5人(ジョン・ロバーツ長官[保守派]、ソニア・ソトマヨール判事[リベラル派]、ブレット・カバノー判事[保守派]、エイミー・コーニー・バレット判事[保守派]、ケタンジ・ブラウン・ジャクソン判事[リベラル派])、反対4人(クラレンス・トーマス判事[保守派]、アリート判事、ニール・ゴーサッチ判事[保守派]、エレナ・ケイガン判事[リベラル派])の、保守・リベラルが入り混じった賛否だった。
その判断が改めて問われているのが、上記の口頭弁論だ。
●標的となる通信品位法230条
議論の軸となっているのが、“メディア”としての「新聞」と“通信”としての「電信電話」のたとえだ。
新聞などのメディア(パブリッシャー)は、コンテンツへの編集権を持つが、その内容に対する責任を負う。一方、電信電話会社などの通信や運送(コモンキャリア)は、伝送するコンテンツに介入できないが、その内容に責任も負わない。
※参照:メディアとプラットフォーム──情報の責任の行方(2013/08/31 GQ JAPAN 平和博)
フロリダ州とテキサス州は、ソーシャルメディアを「電信電話」にたとえて、コンテンツへの介入をユーザーの表現の自由の侵害だと主張。ソーシャルメディア側は自らを「新聞」にたとえて、有害コンテンツなどへの対処を自らの表現の自由としての「編集の裁量」だと主張している。
コンテンツへの責任については、プラットフォームを新聞などのメディアと区別している法律条文がある。それが、インターネットの普及初期、1996年に制定された通信品位法230条だ。
同条ではそう規定して、プラットフォームが掲載する外部コンテンツについての責任を限定。有害コンテンツについて削除などを行った場合も、幅広い免責を定めている。
有害コンテンツ対策の土台となる条文だ。
プラットフォーム側の申し立てでは、憲法修正1条(表現の自由)違反と合わせて、連邦法である通信品位法230条が州法に優先(先占)されると主張している(※230条の主張については、フロリダの連邦地裁のみが認めている)。
ただ、この条文も議論を呼んできた。
トランプ氏は大統領在任中の2020年5月、同氏の投稿にツイッターがファクトチェックのラベルを付けたことに反発し、「前代未聞の免責特権」だとして同条の見直しを指示する大統領令を発令していた(後に失効)。一方のバイデン政権も、有害コンテンツ対策が不十分との不満から、同条の見直しを連邦議会に求めている。
※参照:SNS対権力:プラットフォームの「免責」がなぜ問題となるのか(05/30/2020 新聞紙学的)
プラットフォームのコンテンツに対する免責規定は、共和、民主両党から標的とされているのだ。
●リベラル派学者らが「差し止め反対」
「インターネットの発展のほとんどを最高裁で立ち会った」という最古参、1991年就任のクラレンス・トーマス判事(保守派)は上記の口頭弁論で、プラットフォーム側代理人のクレメント氏に、そう述べている。
「電信電話」と「新聞」の立場を、うまく使い分けてはいないか、との指摘だ。
欧州では、違法有害コンテンツ対策を巡って、大手プラットフォームに巨額の制裁金つきで義務などを定めた「デジタルサービス法(DSA)」が制定されている。
アリート判事は、テキサス州法の義務規定が過大だとのソーシャルメディア側の主張について、「EUも全く同じ義務を課しているのでは」と指摘。クレメント氏は、DSAはテキサス州法と違い「合理的に実施可能な規定です」と説明している。
さらに、リベラル派として知られる学者グループが、この裁判ではテキサス州法に関して「差し止め反対」の立場での意見書を提出している。
ハーバード大学教授のローレンス・レッシグ氏や、2023年までバイデン政権で技術・競争政策担当大統領特別補佐官を務めたコロンビア大学教授、ティム・ウー氏らのグループは、「ソーシャルメディア企業は、憲法修正1条の観点では、新聞とは大きく異なる」と指摘する。
レッシグ氏らは、州法の差し止めが認められると、その影響が他のプラットフォーム規制の取り組みにまで波及し、プラットフォームが「政府による規制の対象外」になる、と主張する。
ただし、州法仮差し止め支持の立場で口頭弁論に立ったバイデン政権のエリザベス・プレロガー訟務長官は、「ソーシャルメディアが及ぼすパワーと影響力への懸念があることはもっともだ」としながら、プラットフォームへの政府による規制手段はある、と述べる。
●「たくさんの地雷がある」
バレット判事は、フロリダ州法を巡る議論の中で、そう述べている。
フロリダ州法は、テキサス州法と違ってサービス類型に限定がなく、Gメールやウーバーなど幅広いウェブサービスに適用される可能性が指摘され、議論を複雑にしている。
さらにこの裁判は、米大統領選を控えた共和党と民主党の政治的緊張の狭間にある。それに加えて、問題の根本には、有害なコンテンツを拡散してしまうプラットフォームのアルゴリズムの課題もある。
有毒物質を含む液体洗剤のジェルボールを大量に食べることを競う動画「タイドポッド・チャレンジ」が2018年初めに拡散した。このようなコンテンツを拡散させるアルゴリズムを持つプラットフォームは「230条の免責を受けるべきなのか」とバレット判事は問う。
「(もし問題がサービスの構造そのものにある場合)230条の免責対象とはならず、表現の自由の保護対象となる言論かどうかとは別の話になる」とのプレロガー長官の指摘に、バレット判事は「まったくその通りだ」として、上記の「地雷」発言に至る。
ソーシャルメディアそのものも、根深い問題を抱える。その影響は、同じサービスが普及する日本にも及んでいる。
※参照:「マスク流」フェイクニュース対策の後退がMeta、YouTubeに広がるわけとは?(08/28/2023 新聞紙学的)
米最高裁が抱える「地雷」のインパクトも、日本と無関係ではなさそうだ。
(※2024年3月4日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)