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樹木の時間と人の時間

田中淳夫森林ジャーナリスト
林齢300年以上の人工林。植えた人は、300年後を想像しただろうか。

森林と人間の関係を考えると、必ずぶつかるのが「樹木の時間」と「人の時間」の違いである。

樹木の寿命は、確認されたもので最長5000年を超えている。それに比べて人は、せいぜい100年超。何より人の感覚や変化は秒単位、分単位で起こるが、樹木はたいてい年単位だ。

経済は、生き馬の目を抜く、と表現されるように一瞬のうちに情勢が変わり、人生を翻弄する。しかし森林は、時間をかけなければ成立しない。樹木の生長だけではない。森林は、樹木以外にも草や昆虫、微生物まで数多くの生きものに加え土壌や空気、水……など環境全般を時間をかけて育んでいるのだ。だから樹木の時間の世界と人間社会は、なかなか歩調を合わせるのは難しい。

林業は、まさにこの二つの時間の差に振り回されている。とくに近年は人の時間(なかでも経済の変化)が加速するばかり。だから樹木の時間で動く林業は、常に苦しめられている。

単純な話、戦後の一時期は復興景気と高度経済成長による建築ラッシュもあって木材価格が暴騰していた。そのため人々は競って植林を進めた。木が育てば一攫千金とまでは言わないまでも、十分に利益か出ると考えたからだ。

だが樹木は樹木の時間に従って生長し、ようやく伐期に近づいた頃、材価が暴落してしまった。伐って出したらその経費だけで赤字になる有り様だ。育林にかけた経費も取り戻せないし、とても再造林する気になれない。

おかげで、かつては山持ちというだけでお金持ちのイメージがあったが、いまや山を持っていると金がかかる、世話で苦労する、誰も相続したがらない……という敬遠される状況にある。

今から50年100年先の人間社会の経済状況を予測するのは不可能である。では林業を安定して営むことはそもそも無理なのか。

ところが、100年単位の樹木の時間で林業を捉えてみると、別の側面もある。ほんの数十年前、木材は高値を呼んでいた。現在は儲からないというが、それも時代の一時期にすぎない。樹木が生長する期間の中に高値を呼ぶときと安値に泣くときがあるのだ。平均すれば、そこそこ利益が出ている。言い換えると100年単位で考えれば、林業はプラスとマイナスが均衡して、決して産業にならないわけではない。長いスパンで見る必要があるのだ。なにより木材を欲する人々がいる限り、適切に供給するのは経済の基本だ。

やはり樹木を対象にする産業は、樹木の時間で取り組む覚悟が求められる。

気になるのは、林業に携わっている人も、多くの場合「人の時間」で動いていることだ。木の生長には時間がかかり、自分が植えた木を収穫するのは子供か孫の世代であることを知っているにもかかわらず、目先の利益で動いてしまう。

最近の林業政策や、それに携わる人々は、樹木の時間を無視して人の都合で森林を振り回しているような気がしてならない。

よく口にされる持続的な林業という言葉も、空疎に聞こえる。単にデスク上で数字をいじくり、年間生長量はこれだけだから1年間の伐採量がそれ以下なら持続的……という理屈では、樹木の時間を感じているとは言えないだろう。

植林を担当した者は、将来の生長した木々のつくる森の姿を描かず、伐採業者はこれまで育った年月、あるいは伐採後の土地の行く末も想像しない。とくに請け負いの業者は、今回入札で落とした森を次に受注できるとは限らない。となると、受注した瞬間だけで利益を出さねばならない。とても将来を考える余裕はない。

むしろ、今ある木を伐って、当面の利益を確保した後は山を捨てて(放置して)、もう林業はやらないと考える山主も少なくない。

では国有林や公有林などはどうだろうか。民間よりは長いスパンで考えているだろうか。

残念ながら民間より目先で動いているように感じる。なぜならば所有は国なり自治体という長期間所有し続けるであろう機関であっても、担当者は数年で異動するからだ。林務官僚など、2年から3年で変わるのが普通だ。その短い期間で担当する森林の特性を理解することは不可能だろうし、長期間を見越した森林の扱いに責任が持てるわけがない。

100年かけた森づくりを企画しても、異動後の後任者は自分の思いと同じように扱ってくれるとは限らない。むしろ前任者とは違うことをしたがるものである。そして自分の任期中に成果を出そうと森をいじったものの失敗しても、さっさと異動したら忘れてしまう。

もっと時間を意識することで、人は樹木の時間に合わせていく覚悟を持つべきではないか。人の都合に合わせて森林をいじくり回すのではなく、樹木の時間に人が寄り添うことで豊かな森を生み出せるはずだ。そんな社会こそ、本当に森と人の共生する世界だろう。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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