「お酒」も「老化」原因物質の一つだった? 名古屋大学の研究
老化原因物質には多種多様なものがあるが、お酒のアルコール(エタノール、エチルアルコール)が体内で代謝されて作られるアルデヒドも老化原因物質の一つということがわかった。
お酒を代謝してできるアルデヒドとは
年を取ると認知機能が落ち、筋力が衰え、耳が聞こえにくくなったり視力が低下するなどし、身体の機能や環境への適応力などが落ちて老化する。老化は、活性酸素によって我々の身体が錆びつき、身体を作っている物質の一つ、タンパク質が「酸化」や「糖化」作用により、劣化することなどで起きることが知られている。
その他の老化原因物質には何があるのだろうか。名古屋大学環境医学研究所の研究グループ(※1)は、お酒に含まれるアルコールが体内で代謝されて作られるアルデヒドが老化原因物質の一つではないかという論文をnature系の学術雑誌に発表した(※2)。
今回の研究成果の背景には、同研究グループが2020年に提唱した「AMeD症候群」という原因不明の遺伝病についての研究がある(※3)。この病気は、正常な血液を作れなくなることで精神遅滞、低身長・小頭症などの症状を発症するが、同研究グループはこの病気の原因がアルデヒドの分解酵素に関係した遺伝子変異ではないかとした。
よく知られるように、お酒の中に含まれるアルコールは、胃や小腸などの消化器官からその約90%が肝臓へ送られ、アルコール脱水素酵素(ADH)などによって酸化されて有害有毒なアルデヒド(アセトアルデヒド)に代謝される。アルデヒドは、細胞内のミトコンドリアに存在するアルデヒド脱水素酵素(ALDH)でさらに分解され、無害な酢酸(カルボン酸)に解毒された後、最終的には水や二酸化炭素として体外へ排出される。
アジア人はALDHの酵素活性を持たない遺伝的な多型(変異)を持つ人が多く、お酒が弱く、飲むと顔が赤くなったり、ひどい二日酔いになることが知られている(※4)。有害なアルデヒドを無害な酢酸に分解する機能が弱く、有害なアルデヒドが長く体内に存在するからで、この遺伝子多型は「二日酔い遺伝子」などとも呼ばれている。
一方、アルコールの代謝物であるアルデヒドはアセトアルデヒドだが、我々が生きている間も代謝物としてホルムアルデヒドという発がん性(IARCグループ1)のある有害なアルデヒドを作り出している(※5)。
このホルムアルデヒドは遺伝子の設計図でもあるDNAを損傷させ、がんの発症や糖尿病、神経変性疾患などの原因となり、老化を早めたりするため、生物は自身が作り出したホルムアルデヒドを解毒する機能としてアルデヒド脱水素酵素(ALDH)を持っている。
「二日酔い遺伝子」の人はDNAが損傷しやすいかも
このアルデヒド脱水素酵素(ALDH)にはいくつか種類がある。アルデヒドを分解する酵素はALDH2だが、前述したAMeD症候群という遺伝性の病気では、ALDH2、そしてALDH5という別のアルデヒド脱水素酵素が同時に働かなくなることが原因なのではないかとし、同研究グループは、その原因を解明することでアルデヒドによるDNA損傷やAMeD症候群の病態の解明、お酒による老化のメカニズムなどに迫ったというわけだ。
同研究グループは、まずホルムアルデヒドによってDNAとタンパク質が結合するタイプのDNA損傷(DNA-protein crosslink、DPC)に着目した。ゲノム配列を高速で解読できる次世代シーケンス解析を用いた実験方法を開発し、DNA損傷やその修復について調べたところ、遺伝子のコピー(転写)が活発なDNAの領域で優先的にDNAの修復が行われていることがわかった。
このメカニズムをタンパク質の網羅的な解析により調べたところ、CSBという遺伝子に関係するタンパク質が、DNAの複製(塩基配列のコピー)にたずさわるRNAポリメラーゼというタンパク質に結合していることがわかった。
CSB遺伝子には、紫外線によるDNA損傷の修復にかかわっていることが知られ、CSB遺伝子が変異するとAMeD症候群に似た症状のコケイン症候群を発症する。
同研究グループがCSB遺伝子を働かなくした細胞を用いて実験したところ、前述した遺伝子のコピーが活発に行われている領域でのDNA修復が遅れること、そしてタンパク質の分解酵素(プロテアソーム)も同じ領域でのDNA修復にかかわっていることがわかった。
また、ホルムアルデヒドによるDNA損傷には、DNAの格納庫(ヒストン)と結合してしまうタイプのものもあるのではないかと予想し、実験したところ、このタイプのDNA損傷への影響と、その修復にCSB遺伝子が関与していることがわかった。
さらに、アルデヒドの解毒機能が低い実験用マウス(ALDH2とALDH5の機能を喪失させたAMeD症候群モデルマウス)の血液細胞でDNA損傷が蓄積していること、次世代シーケンス解析の結果と同様に遺伝子のコピーが活発なDNAの領域で優先的にDNAの修復が行われていることを確かめた。これにより、CSB遺伝子の関与と同じようなメカニズムがALDH2とALDH5の機能喪失にもあることがわかった。
同研究グループは、ALDH2、ALDH5、CSB遺伝子、それぞれの実験用モデルマウスの比較により、3つが重複して機能喪失させたマウスで最も重篤な症状が出たことも確認している。
これらの結果から同研究グループは、AMeD症候群とコケイン症候群でみられる症状の原因が、アルデヒドによって損傷したDNAのコピー領域で修復がうまくいかなかったりできなかったりすることと関係しているのではないかと考えている。ALDH2とALDH5に代わり、アルデヒドを除去する化合物を探すことができれば、これらの難病治療の可能性が高まり、アルデヒドによる老化現象の解明などにつながるとしている。
また、日本人を含むアジア人はALDH2の酵素活性を持たない人が多い。そのため、アルデヒドによるDNA損傷が起こりやすくなることで、老化が早まる危険性もある。今回の研究成果により、お酒による老化への影響なども明らかになるかもしれない。
※1:名古屋大学環境医学研究所(所長:林良敬教授)発生遺伝分野(岡泰由講師、中沢由華講師、嶋田繭子技術員、荻朋男教授ら)
※2:Yasuyoshi Oka, et al., "Endogenous aldehyde-induced DNA–protein crosslinks are resolved by transcription-coupled repair" nature cell biology, doi.org/10.1038/s41556-024-01401-2, 10, April, 2024
※3:Yasuyoshi Oka, et al., "Digenic mutations in ALDH2 and ADH5 impair formaldehyde clearance and cause a multisystem disorder, AMeD syndrome" ScienceAdvances, Vol.6, Issue51, 18, December, 2020
※4:Mimy Y. Eng, et al., "ALDH2, ADH1B, and ADH1C Genotypes in Asians: A Literature Review" Alcohol Research & Health, Vol.30(1), 22-27, 2007
※5-1:Georgia-Persephoni Voulgaridou, et al., "DNA damage induced by endogenous aldehydes: Current state of knowledge" Mutation Research/Fundamental and Molecular Mechanisms of Mutagenesis, Vol.711, Issue1-2, 3, June, 2011
※5-2:Hernan Reingruber, Lucas Blas Pontel, "Formaldehyde metabolism and its impact on human health" Current Opinion in Toxicology, Vol.9, 28-34, 2018