社会的「孤独」はなぜ「病気」につながるのか。オキシトシンとの関係を解明。慶應大学の研究
社会的なつながりや人間関係が希薄になる「社会的孤独」が問題になっているが、特に高齢者の心と身体の健康への悪影響については多くの研究がある。慶應大学の研究グループは、実験動物を用いて社会的孤独と心血管疾患との関係を明らかにした。
ロゼト効果とは何か
人間にとって社会的なつながりのない孤独な状態は、心身ともに悪影響をおよぼす。特に、パートナーや友人を亡くすなどし、社会との接点が少なくなりがちな高齢者で国際的に問題視されている(※1)。
例えば、社会的なサポートを受けているか、配偶者がいるか、一人暮らしで食事も一人が多いか、地域のコミュニティに参加しているかといった要素を規準にし、総数約31万人が参加した世界各国の148論文を比較したメタ・アナリシス研究によると、社会的な結びつきがより強い人はそうでないヒトより生存率が約50%も増加したという(※2)。
社会的な孤独と病気の関係についても研究が進められてきた。有名なのは「ロゼト効果(Roset Effect)」で、これは米国ペンシルベニア州にあるイタリア系移民が中心のロゼト(Roseto)という小さな町の住民についての調査研究だ(※3)。
ロゼトの住民の心筋梗塞による死亡率を1955年から10年間で比べてみたところ、この町は周辺の町より異常に死亡率が低いことがわかった。55歳から64歳という心筋梗塞のリスクが高くなる年齢層の男性で、ロゼトの住民では心臓発作がほとんどみられず、65歳以上の死亡率が全米平均が約2%のところ、ロゼトの男性は約1%だったという。
イタリア系移民の多い町だから、食生活もコレステロール値の高いものが多く、喫煙率も飲酒率も高かった。また、ロゼトの男性の多くは、煤煙まみれになりやすい採石場で働いていたため、労働環境は必ずしも良くはない。
では、なぜロゼトの男性の心筋梗塞リスクが低いのか、いろいろ考えられた結果、社会的な結びつきや良好な人間関係による影響と推測された。同じイタリアのある地域から集団で米国へ移民し、結びつきの強い共同体として長くともに町を形成してきたからだ。
また最近の研究では、社会的な孤独が心血管疾患の患者の死亡リスクを高めたり、社会的な孤独が心血管疾患の発症リスクを高めたりすることがわかっている(※4)。
社会的孤独と心血管疾患発症リスクとの関係
このように社会的なつながりが強かったりストレスの少ない環境と健康、特に心血管疾患との関係がわかってきたが、なぜ社会的な孤独が健康へ悪影響をおよぼすのか、そのメカニズムはまだよくわかっていない。
慶應大学の研究グループ(※5)は、社会的な孤独が脳の視床下部でのオキシトシンの分泌を減少させ、肝臓における脂質代謝異常をまねくことで動脈硬化を促進させるメカニズムを発見し、心血管の専門学術誌に発表した(※6)。
視床下部は生命機能の維持、自律神経、各種ホルモンの分泌などを制御する部位で、オキシトシンは「幸福ホルモン」と呼ばれ、愛情や社会性と関係するホルモンだ。また、脂質代謝異常は中性脂肪やコレステロールの異常な増減のことで、同研究グループは中性脂肪、VLDLコレステロールとLDLコレステロール(いわゆる悪玉コレステロール)の増加を調べた。
同研究グループは、同じ環境で育てた兄弟マウスを、孤飼いにした社会的孤独群と4、5匹を一緒にしたコントロール群に分けて12週間飼育し、それぞれについて動脈硬化、脂質代謝、炎症、ストレス反応について分析した。また、オキシトシンに焦点を当て、肝臓や心血管機能への影響を調べた。
その結果、社会的孤独群のマウスは、コントロール群と比較して、脂質代謝異常によりアテローム性動脈硬化を引き起こすことがわかった。また同研究グループは、複雑な脂質代謝異常のメカニズムの中で、今回の実験で肝臓にオキシトシの受容体ができることを発見した。
そして、肝臓の細胞の培養実験を行い、肝臓の細胞だけオキシトシンの受容体を失わせたマウスを独自に作るなどして調べたところ、オキシトシンが肝臓での脂質代謝を制御していることを世界で初めて発見した。
オキシトシンによる肝臓の脂質代謝は、同時に働く二つのメカニズムがあることもわかった。一つは、肝臓のLDLコレステロール(悪玉コレステロール)を腸へ排泄して減少させる機能、もう一つは中性脂肪やLDLコレステロールを分解する分子を制御して動脈硬化になりにくくする機能だ。
つまり、社会的孤独は、オキシトシンの分泌を減少させ、その結果、血液中の中性脂肪やLDLコレステロールを増加させることで動脈硬化になりやすくし、心血管疾患の発症リスクを上げるということになる。
高齢化や新型コロナのパンデミックの影響などもあり、世界中で高齢者の社会的孤独が問題になり、世代を問わず人間関係や社会のあり方も大きく変化している。同研究グループは、特に社会的孤独にあるような人に対し、オキシトシンを経口投与することで動脈硬化を予防する可能性があるのではないかと考えている。
※1:Zhifei Wen, et al., "Factors Associated with Social Isolation in Older Adults: A Systematic Review and Meta-Analysis" Journal of the American Medical Directors Association, Vol.24, Issue3, 322-330, March, 2023
※2-1:Julianne Holt-Lunstad, et al., "Social Relationships and Mortality Risk: A Meta-analytic Review" PLOS ONE, doi.org/10.1371/journal.pmed.1000316, 27, July, 2010
※2-2:Julianne Holt-Lunstad, "Social Connection as a Public Health Issue: The Evidence and a Systemic Framework fro Prioritizing the "Social" in Social Determinants of Health" Annual Review of Public Health, Vol.43, 12, January, 2022
※3:Brenda Egolif, et al., "The Roseto Effect: A 50-Year Comparison of Mortality Rates." American Journal of Public Health, Vol.82, No.8, 1992
※4-1:Long Roisin, et al., "Loneliness, Social Isolation, and Living Alone Associations With Mortality Risk in Individuals Living With Cardiovascular Disease: A Systematic Review, Meta-Analysis, and Meta-Regression" Biopsychosocial Science and Medicine, Vol.85(1), 8-17, January, 2023
※4-2:Osama albasheer, et al., "The impact of social isolation and loneliness on cardiovascular disease risk factors: a systematic review, meta-analysis, and bibliometric investigation" scientific reports, 14, article number:12871, 4, June, 2024
※5:慶應義塾大学医学部内科学教室(循環器)の高聖淵助教(研究当時)、安西淳専任講師、家田真樹教授らのグループ、内科学教室(腎内分泌代謝)の木内謙一郎准教授と林香教授、先端医科学研究所(脳科学)の田中謙二教授、自治医科大学の尾仲達史教授ら
※6:Seien Ko, et al., "Social Bonds Retain Oxytocin-Mediated Brain-Liver Axis to Retard Atherosclerosis" Circulation Research, doi.org/10.1161/CIRCRESAHA.124.324638, 27, November, 2024