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経済対策の「真水」は「対米従属」の姿勢を示す言葉。新自由主義を実践したレーガン大統領が日本に迫った

土居丈朗慶應義塾大学経済学部教授・東京財団政策研究所研究主幹(客員)
「真水」を有名にしたのは、日米首脳会談でのレーガン大統領の発言だった(写真:Fujifotos/アフロ)

自民党総裁選だけでなく、衆院選を意識した野党の公約でも、経済対策は話題になっている。

その際、経済対策の内容を表す1つの独特の言葉がある。それは、「真水」である。

自民党だけでなく、野党も「真水」にこだわっている。

立憲民主党は、独自の補正予算案として、「真水」で30兆円を超える規模にする方針であるという。国民民主党は、「真水」で50兆円規模の補正予算を求める緊急提言をまとめた。

「真水」は、今では大手メディアの報道でも、語義の説明なく「いわゆる、まみず」と報じられるほどである。

今日における「真水」の定義とおぼしきものは、国や地方自治体が、返済を求めず渡し切りで支出する財政支出を指す。ただ、後述するように、この語義は、かつては異なっていた。

では、「真水」は、誰がいつどのように使い始めたのか。

厳密な起源は明らかではない。昭和の後半に、大蔵省関係者や予算編成過程で俗語として「真水」が使われていたことまではわかっている。その当時は、公共事業費に限って「真水」と言っていた。

霞が関や永田町界隈でしか使われていなかった俗語が、今や英語でも“Mamizu”と呼ばれるほどにまで有名になった契機となる出来事があった。

それは、1987年4月30日からワシントンで行われた日米首脳会談でのレーガン大統領の発言だった。

アメリカのレーガン大統領は、イギリスのサッチャー首相と並んで、新自由主義に基づく様々な政策を実行したことでも有名である。

レーガン大統領が、中曽根康弘首相に対して、「真水」を“real money”と言い換えて、日本はもっと「真水」を出せ、と迫ったという。そして、中曽根首相は、できる限り「真水」を出す、とアメリカに約束した。(注1)

これが、一躍「真水」を国際的に有名にした。その後、日本で「真水」論争まで起きた。

アメリカのレーガン大統領が「真水」を出せといい、日本がそれに従ってアメリカをなだめるために出すことにした。「真水」を増やすことは、「対米従属」の姿勢を示すものだったのだ。

新自由主義を実践したレーガン大統領から迫られ「対米従属」の姿勢を示すために用いられた「真水」は、今や、新自由主義を否定し「対米従属」を嫌う人たちによって、もっと増やせともてはやされる言葉になった。

「真水」が有名になった契機を知っていれば、新自由主義を否定し「対米従属」を嫌うなら、「真水」を忌み嫌ってもおかしくないと思うのだが。

レーガン大統領が日本に迫った要求を肯定するならまだしも、新自由主義を否定し「対米従属」を嫌いながら、もっと「真水」を出せ、などと肯定的に言っては、辻褄が合わない。もっと「歴史に学ぶ」必要があろう。

「真水」を求めた背景

では、なぜ、レーガン大統領は、中曽根首相に「真水」を出せ、と迫ったのか。

反・新自由主義流に言えば、日本に「真水」をもっと出させて、アメリカを潤わせるため、という表現になるのかもしれない。

もっと穏当な表現をすれば、1980年代に、アメリカは、対日貿易赤字が拡大していたので、その赤字解消のために日本に内需拡大を迫った、からである。内需拡大のために日本の「真水」を出させれば、アメリカの対日貿易赤字が減る、という論理である。

前掲した日米首脳会談の前から、レーガン政権は、日本に内需拡大を求めており、日本政府の対応を見極めようとしていた。その要求には、財政出動だけでなく、それこそ「新自由主義」的な大胆な規制緩和や日本市場の開放も含んでいた。

アメリカの対日貿易赤字の解消のために、1985年9月のプラザ合意を契機に大幅な円高となった。そして、円高不況となった日本は、その景気対策もかねて、アメリカの求めにも応じて公共事業などを含む総合経済対策を打ち出すこととした。

公共事業を行うにも、色々な財源がある。当年度の税収を充てることもあれば、建設国債を増発することもある。さらには、(当時は郵便貯金や年金積立金が元手となっていた)財政投融資を使って公共事業を行う場合もある。

加えて、予算を計上した当年度はほとんど支出しないが、翌年度以降に公共事業費を支出することを当年度に決めて契約を結ぶという、国庫債務負担行為というものもある。特に、当年度はまったく支出しない国庫債務負担行為を、略して「ゼロ国債」という。

アメリカから求められていた内需拡大策は、1986年7月の衆参同日選挙をはさんで、同年9月に政府が取りまとめた総額3兆6000億円規模の総合経済対策に盛り込まれた。当時としては巨額の経済対策だった。その規模が大きかったこともあって、1986年度補正予算には、一般公共事業(災害復旧を除く公共事業)だけでなく、ゼロ国債で賄うこととした公共事業費も計上した。

まだ霞が関や永田町界隈でしか流通していなかった俗語の「真水」は、当時、一般公共事業を指していた。だから、ゼロ国債で賄う公共事業は、「真水」には含まれなかった。

これを、レーガン政権は見逃さなかった。日本の俗語の情報も得ていたようだ。

アメリカの対日貿易赤字の解消のための大規模な内需拡大策と言いながら、水増ししているのではないか。「真水」部分が少ない、と。

それが背景にあって、前掲したレーガン大統領の「真水」を出せとの発言となったわけである。

アメリカを忖度した「真水」の定義

その後、これに触発された自民党建設族は、ここぞとばかり「真水」の公共事業費をもっと増やせと圧力をかけた。しかし、「真水」の公共事業費を増やすには、財源が必要である。財政再建を重んじる自民党議員からは、そんなに「真水」を増やすような国債発行をこれ以上増やすべきでないと反論が起きた。これが、「真水」論争である。

これはバブル期の出来事だった。そして、バブル崩壊後、アメリカは、クリントン政権になってからも、日本に「真水」を増やすよう求めてきた。ちょうど、日米包括経済協議で、日本の貿易障壁や閉鎖的な取引慣行を是正する規制改革などが議論の俎上に載っていた頃である。

日米包括経済協議は、日米貿易不均衡の是正を目的として、構造改革に焦点が当たった日米構造協議の後継会議体であった。

この頃、日本は、財政投融資を活用した公共事業費を増やして経済対策を取りまとめたのだが、これがアメリカには「水増し」と映った。(注2) これ以降、財政投融資を使った事業を、日本では「真水」にはカウントしないこととした。

「真水」の定義の変遷にも、アメリカの政権からの圧力の影響が反映しているのである。今の「真水」の定義は、日本が勝手にアメリカを忖度した結果なのだが、それをすっかり忘れてしまっている。

財政投融資を活用した事業でも、内需拡大に大いに貢献する。建設国債と財政投融資の違いは、返済原資だけで、事業を行えばその内容は何も変わらないし、行った事業がもたらす経済効果も変わらない。建設国債の返済原資は、受益と無関係に税金で賄うのに対して、財政投融資は、利用料などの受益者負担で返済原資を賄う。

しかし、財政投融資の事業は、「真水」に含めないこととしている。当時のアメリカを忖度したことも忘れて。建設国債で賄われた事業は、「真水」に含んでいるにもかかわらず、である。

ちなみに、前述した「ゼロ国債」で賄った公共事業だが、当年度には支出はないが、翌年度以降にはれっきとした支出となる。予め前年度に「ゼロ国債」とした公共事業費で今年度支出するものは「真水」に含めないのに、付け焼き刃で経済対策をまとめて今年度に税金を元手に公共事業費を追加して出せば、それは「真水」になる。奇妙な定義である。

さらにいえば、今の定義の「真水」の対象となる事業には、GDP(国内総生産)を増やすのには貢献しないものも含まれる。そもそも、家計や企業に直接支給した給付金は、GDPにはカウントされない。ましてや、支給されても貯金に回れば、それもGDPを増やすのには貢献しない。

「真水」の語義もあやふやなのに、増やせ増やせといったところで、国民のためになる有意義な事業に使えるのだろうか。

脚注

(注1) 読売新聞1987年5月9日朝刊7面などに基づく。

(注2) 日本経済新聞1993年4月23日朝刊3面などに基づく。

慶應義塾大学経済学部教授・東京財団政策研究所研究主幹(客員)

1970年生。大阪大学経済学部卒業、東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。慶應義塾大学准教授等を経て2009年4月から現職。主著に『地方債改革の経済学』日本経済新聞出版社(日経・経済図書文化賞とサントリー学芸賞受賞)、『平成の経済政策はどう決められたか』中央公論新社、『入門財政学(第2版)』日本評論社、『入門公共経済学(第2版)』日本評論社。行政改革推進会議議員、全世代型社会保障構築会議構成員、政府税制調査会委員、国税審議会委員(会長代理)、財政制度等審議会委員(部会長代理)、産業構造審議会臨時委員、経済財政諮問会議経済・財政一体改革推進会議WG委員なども兼務。

慶大教授・土居ゼミ「税・社会保障の今さら聞けない基礎知識」

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