【パリ】SDGsを体現するこれからのガストロノミー 「レストラン・ル・ムーリス・アラン・デュカス」
コロナ前の活気が復活
パリにはこのところかつてのような賑わいが戻ってきていて、外国からの観光客の姿も多くなってきました。まずはヨーロッパそしてアメリカ、中東からの方々が目に見えて増えてきた印象です。
もっとも、フランスはコロナ下でも日本からの渡航者の受け入れには寛容で、必要な条件を満たせば、隔離期間なしに行動することができます。けれども、皆さんが 二の足を踏む理由は、日本に再入国する際のわずらわしさにあるのではないかと想像します。
以前のように自由に気軽に行き来ができるようになるのはいつのことか…。その日がすこしでも早く訪れることを願うばかりです。
パラス級ホテルのメインダイニング
9月の新年度が始まってから、さまざまイベントや発表会が開かれていますが、今回の記事では、先日Hôtel Le Meurice(オテル・ル・ムーリス)のメインダイニングRestaurant Le Meurice Alain Ducasse(レストラン・ル・ムーリス・アラン・デュカス)で行われたプレス向けランチの様子をお伝えしたいと思います。
「ル・ムーリス」といえば、1835年創業のパリでも指折りの高級ホテル。格付け 最高位の「パラス」の称号を持つホテルで、国家元首レベルの賓客をもてなす場としても有名です。こちらのメインダイニング は、2016年から アラン・デュカスさんの名前を冠したレストランになっていて、現在ミシュランガイドでは2つ星に ランクされています。
空間のステータスで言えば、パリで1、2を争うラグジュアリー感を味わえるレストランなのではないかと思います。ヴェルサイユ宮殿の平和の間を思わせる内装で、 仰ぎ見るほどの見事な大理石の柱や天井画などに囲まれながら食事ができるという夢のような場所です。
このレストランは、フランス料理界を代表するスターシェフを続々と輩出してきましたが、現在厨房を仕切るのは33歳になったばかりという期待の星、Amaury Bouhours(アモリー・ブウール)さんです。モナコの 三ツ星 レストラン「ルイキャーンズ」で料理人としてのキャリアを本格的にスタートして以来、 アラン・デュカス 氏の薫陶を受け、 2020年春に「レストラン・ル・ムーリス・アラン・デュカス」のトップに抜擢されました。
2020年春といえば、コロナ禍 まっただ中 。パリのレストランは軒並み閉店を余儀なくされ、 長いことまともな営業ができなかったのはご存知の通りです。着任してから 一年余り、存分に力を発揮することができずにいたわけですが、徐々に通常営業となり、今回のこのタイミングで晴れてプレスへのお披露目となったわけです。
お料理そのものも興味津々ですが、 極上のサービス があってこそのパラス。 実際にテーブルで体験した食事をこちらの動画にまとめてありますので、どうぞご覧ください。
コンフィヌモン(外出制限)の期間中、ほぼ全てのレストランが 閉店していたと 言いましたが、実はこのレストランの厨房の火が消えることはありませんでした。 というのも、パラスという敷居の高いレストランであるにもかかわらず、テイクアウト、あるいは配達という形で料理を提供し続けていたのです。
今年2月、コロナ下のパリのレストラン事情を取材するために、実は私はすでにブウールシェフにお会いしていました 。彼は快く厨房にも迎え入れてくれたのですが、そこで私は新しい時代のガストロノミーを実感したものです。
そもそも、アラン・デュカス氏は コロナ以前からすでにSDGs(持続可能な開発目標)を料理の世界でも実現しようと、発信と実践を続けてきていました。彼が統率する数あるレストランのうち、パリの三ツ星のテーブルでいわゆる雑穀といわれるものにスポットライトをあてたかと思うと、セーヌに浮かぶオール電動のレストラン船、しかも自家発電で動く船「Ducasse sur Seine(デュカス・シュール・セーヌ)」を作ったことなどは象徴的です。
2020年2月、まさにコロナ禍が世界を変えてしまう直前に、わたしはその船上でデュカス氏にインタビューをしていたのですが、確信に裏付けられた彼の言葉はゆるぎないものでした。
少なく食べる、より良く食べる
これからのガストロノミーのあり方を問うと、「地球資源に配慮したものになるだろう」とデュカス氏は答え、動物性タンパク質は少なめ、量よりも質を志向した食事が不可欠になると明言していました。
「魚なら漁期を、肉や家禽なら、どこでどんな方法で飼育されたものなのか透明性が確保されていて、食べる人がそれを理解している必要がある。よく考え、よく食べることが個人の健康のためにも、地球にもよいとわたしはしばしば言ってきています」
「すべての人が良質なものを適量食べられるという未来の実現には、人類と地球への配慮が不可欠です。それにはいまスタートをきらなければならない」
こういったデュカス氏の言葉は、「貧困」「飢餓」「健康」「エネルギー」「つくる責任、つかう責任」「気候変動」「海の豊かさ、陸の豊かさを守る」など、SDGsの具体的な問題提起に呼応するものでした。
骨も根っこも使いきるガストロノミー
そして1年後の2021年2月、「レストラン・ル・ムーリス・アラン・デュカス」の厨房を訪ねたとき、ひと目で(なるほど)と納得したものです。
テイクアウトでもパラスの味を、ということで、厨房には通常営業と変わらない食材が届いていました。気心の知れた漁師が釣り上げた魚は、アラまで使い切る工夫がされていたり、見たこともないような根付きの立派なチコリは、なんとパリの栽培家によるものだったりと、目からウロコの連続です。
さらに、パリの菜園で最近よく見かけるようになったホップやもみの木の芽、マスタードの粒を酢漬けしたガラス容器がたくさん並んでいました。つまり、食材の捨てていたような部分までプロの発想と知恵とで活かし切り、駆使することによって、これまで体験したことのないような深みのある味わいを創造しようとしていたのです。
ヴェルサイユ宮殿を想わせるこの上なく贅沢な空間でいただく最先端のガストロノミー。そこには、これからの上質とは何なのか、わたしたちそれぞれが問いかけていくべき問いに対するひとつの方向性が見えるような気がしました。